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メンタルヘルス上の理由による休職について(私見)


半世紀以上前からの『大洋ホエールズ(現横浜DeNAベイスターズ)』ファンである私。子ども時分には、旧川崎球場にも通いました。しかし、最下位争いばかり。選手のみならずファンも、目標を見失いがちでした。とくに『読売(ジャイアンツ)』に勝ち星を献上することが多くありました。それゆえ、他チームファンの方々からは「横浜大洋銀行」とか「読売巨人軍横浜支店」などと揶揄され、つらい思いをいたしました。それだけに、今回の「日本一」で、具体的な目標を自主的・主体的にもつことの大切さを若い選手たちも実感できたことでしょう。CC流でいえば、「変化」「学習」「自律性」「他人との協力関係」「社会的意義」「成長」になりましょうか。自信をつけた選手たちをまぶしく感じます。

さて前回、『目標管理制度』について卑見を弄しました。たしかに、労働者がどんなルールを公正(衡平)と考えるかはさまざまです。しかし、それが担保されない(と感じている)制度では、労働者に仕事へのインセンティブを与えることは困難でしょう。そもそも中小企業は、なるべく昇進に差をつけず、有能な者とそうでない者を含めた全員のインセンティブを保持してきました。したがって、職場の実態に配慮せず、論理性優先で『目標管理制度』を導入しても、うまく行く道理がありません。対象は(無機質な物質でなく)われわれ人間なのですから。それは、労働者のやむを得ぬ病気による休職等の場合での使用者側の対応にもいえることなのです。

1.休職


休職とは、当該労働者に労務提供が不可能または適切でない事由が生じたときに、「使用者の意思表示」によって労働契約を維持したままその労働者を就労させないこと(免除)です。労働者と使用者の合意にもとづいてなされる場合もあります。しかも、それが法律上の根拠ではなく、使用者が定める就業規則や使用者と労働組合が締結する労働協約にあることが特徴です。その主な論点は「復職の可否」、すなわち傷病の治癒の有無になります。

2.傷病(しょうびょう)休職


このうち、労務提供が不能あるいは不適当になった原因が労働者側にある休職(業務以外)として、私傷病を原因とする「傷病休職」があります。休職の多くはこれになります。多くの場合、就業規則で私傷病の種類や勤続年数に基づいた休職期間(3か月、1年等)を設定します。またこの場合、上述のように「使用者からの命令」で休職に入ります。したがって、休職請求権は原則、労働者側にはないとの見解が有力です(就労請求権もありません)。

3.傷病が治癒したとき


その傷病が治癒すれば、当然に復職になります。休職事由が消滅したからです。他方で、休職期間満了時に従前の職務を支障なく行える状態に回復していなくても、「相当期間内に治癒が見込まれ」かつ「適切なより負担の軽い業務が存在する」など一定の場合には、使用者は信義則上(民法1条2項、労働契約法3条4項)当該労働者をより軽度の業務で復職させる義務を負うものと考えられます。

まして職種に限定のない場合には、使用者は当該労働者の事情に応じた最適な業務に配転するとの努力義務があると解されます。労働契約がその性質上、長期的な関係性を有するからです。したがって、裁判所も休職労働者の復職可能性を肯定して、自動退職(労働契約の終了)を簡単には認めていないように見受けられます。要は、復職が可能であれば、解雇や自動退職は法的には許されないということです。

4.病気休職制度の問題点


最大の問題は、休職期間満了時に当該労働者が復職できない場合です。そのとき使用者は当然に解雇できるのか、あるいは退職扱いとするのかということです。このことにつき最高裁は、少なくとも労基法20条の解雇予告期間(30日)を超える期間の休職であることが必要であり(休職の開始。考え方として、30日間は設けておく)、解雇猶予であれば期間満了後の解雇も可能(『石川播磨島重工(現・株式会社IHI)事件』最二小判S57.10.8)と判示しています※。

他方で、下級審裁判例には、勤務内容に限定のない労働者が元の職場に戻れない場合でも、契約の範囲内で他に可能な仕事があれば解雇できない(『東海旅客鉄道事件』大阪地判H11.10.4 )というものがあります。また、「当該従業員の職種に限定がなく、他の軽易な職務であれば従事することができ、当該軽易な職務へ配置転換することが現実的に可能であったり、当初は軽易な職務に就かせれば、程なく従前の職務を通常に行うことができると予測できるといった場合には、復職を認めるのが相当である(東京地判H16.3.26 )」といったものがあります。

※東大の山川隆一教授は、就業規則に「自動退職」とあれば、労基法20条は不要な旨述べますが、いかがなものでしょうか。契約内容は契約当事者の合意によって成立するというものが近代法の大原則のところ、就業規則は労働条件に付き使用者が一方的に決定してしまうとの法的性質を有します。そこに、労働者を納得させるだけの合理性(納得性)がいかほど期待できるのか疑問です。

5.CCによる職場復帰支援―精神的不調の場合―※


他方で、メンタルヘルス治療においては、休養の必要性が唱えられます。また休業中の労働者には、業務に関する連絡は控えることが望ましいとされます。さらに、主治医より職場復帰可能の判断がなされても、すぐに職場復帰を決めてはならないとされます。それゆえ、最終的な復職のタイミングはあせらず総合的に判断をして決定すること、と指摘されます(以上、弊法人『国家資格キャリアコンサルタント養成講習 資料集』59頁)。さらにCCは、職場復帰後の再発防止にも留意する必要があります。

他方で、「労働法は、民法の特別法」との形式論が横行しがちなこの国の在り方を鑑みれば、心配もあります。使用者側からしてする(民法の大原則たる)「契約自由の原則(契約内容に関する自由)」や「解約の自由(民法627条)」の主張と上述の治療最優先との医学上からの要請との間で、大きな矛盾が生じかねないからです。そうであれば、相対的に弱い労働者など、市場原理に駆逐されてしまいかねません。しかし、生産性や競争力の低下という意味では、このことは使用者にとっても大きな課題のはずなのです。

※『日本生産性本部(メンタルヘルス研究所)』が昨年(2023)上場企業169社から得たアンケートでは、直近3年間の「心の病」は増加傾向にあるとのことです。そのうち、「増加傾向」と「横ばい」が45.0%で最多であったとのことでした。比較的対策が講じられやすい上場企業にして、この状況です。中小企業では、どうなのでしょうか。

6.提言


そこで、その解決につき、前回も指摘した「日本的経営」の妙味があると思われるのです。なぜなら、労働関係とは人的関係という特質を有し、また売買のような一回的債権関係ではないからです。そこには、長期にわたる契約関係の存続・継続の保障が内在化しています。したがって、前述信義則上、使用者には労働者の個別的な事情に最大限配慮すべき義務があると私には解されるのです。以て、使用者は労働者から寄せられる信頼や期待に応え、労働者保護の実現を図るのです。あの「情けは人のためならず」のことわざにも通じます。

だからこそ、最高裁も「正社員に有給の病気休暇が与えられているのは正社員が長期にわたり継続して勤務することが期待されることから、病気休暇も有給扱いとすることで生活保障を図って私傷病の療養に専念させ、継続的な雇用を確保するためである。そして、ある程度継続的な勤務が見込まれるのであれば、契約社員であっても、この趣旨は妥当するので、日数に相違を設けることはともかく、有給か無休かの区別を設けることは不合理である(『日本郵便事件』(最一小判2020.10.15)」旨、判示したのではないでしょうか。これは指導的判例(リーディングケース)として注目されます。

それはまた、企業とはそこに長期間コミットし、長時間就労する人々のものであるとの「人本主義・従業員主権モデル」に合致するものと考えられます。それゆえ日本の職場では、「お互い様」とみなが負担を分かち合い、「(休職中の)あいつが戻ってくるまで、俺たちがカバーしてがんばろうぜ!」となるのではないでしょうか。このように日本の労働者にとっての「会社」とは、単に生活の必要上、一時的、部分的に参画する場ではありません。物心両面にわたって安定・安心を得る大切な拠り所(職業人生での大きな要素・単位)です。それゆえ同僚は、大切な友であり仲間なのです。

オイカワ ショウヨウ
横浜市生まれ。法政大学大学院法学研究科博士後期課程単位取得満期退学。
複数の国家資格を有し、『一般社団法人地域連携プラットフォーム』に在籍する傍ら『法政大学ボアソナード記念現代法研究所』研究員を務める。 『府省共通研究開発管理システム(e-Rad)』に登録され、研究者番号を有する研究者でもある。横浜DeNAベイスターズの「日本一」を心から喜ぶ。