
禁断の茶としろくま
ルイボスティーをしろくまに勧めたら、苦虫を百五十一匹くらい噛み潰したような顔をされた。
それから、しろくまは はっと表情を戻し、慌てて笑みをつくった。
「とても美味しゅうごじゃりまする」
どうみてもそんな表情には見えなかったが、ここはあえて追求しないでおいた。
さて。
うちには少なくとも一年間のうち百人はしろくまが訪れる。
うちに同居しているアロエ三世はルイボスティーをこよなく愛すルイボスティー愛好家なので、うちで出る茶は全てルイボスティーなのである。
だから、しろくまにお出しするのも当然ルイボスティーと決まっているわけなのだが、なぜかしろくまはほぼ全員と言っていいほど、それを見ると顔をあからさまに引き攣らせるのだ。
こんなにも美味しい茶をなぜかの方達は嫌うのか。
その理由はどこにあるというのか。
ある時、訪れた、まだ成人前のしろくまに、さりげなく聞いてみた。
すると、しろくまは言った。
「そ、そうでごじゃりまするねぇ、うぬむ、うんぬうむ」
とてもとても言いにくそうに、汗を百五十一滴くらい流し始めたしろくまはどう見ても嘘が苦手そうだ。
悩みに悩んだ挙句、しろくまはその真っ白な毛で覆われた口元を動かした。
「わたしぇたちが住まう国ズンムズンムと、アリンポー国の間で争いが起こったことはごじょんじでしょんか?」
僕は答える。
「ええ。二世紀半ばごろ、アリンポー国の王が身罷られて、今までその王の臣下だった者達が一斉にズンムズンムの方へと移ってしまい・・・二代目アリンポーの王がそれについてひどく腹をたてた」
「しょうでごじゃります」
「ズンムズンムの王は何か汚い手でも使って我々の臣下だった者どもを惑わせたのだ、と二代目アリンポー王が妙な言いがかりをつけてきたんですよね」
そして、それは二国の間での言い争いへと発展し、その言い争いが争いへと発展したのだ。
「お詳しいやうで」
しろくまは目を見開いている。
高校の歴史分野でやりますよ、といってしまうとなんだか格好悪いので、ここは笑みを浮かべて匂わせておく。
「それで、その話とルイボスティーとはどういう関係が?」
「しょうでしたしょうでした」
しろくまはポンと手を打った。その勢いで椅子が壊れてしろくまは腰を打った。
やっぱりもうちょっと強度のあるものにした方がいいかもしれないと、しろくまの差し出す弁償金を手で突き返しながら思った。
話を戻すと。
「なぜ、アリンポーの先代の王が亡くなった時、その臣下たちが即座にズンムズンムへ移ってしまったかが、鍵になりそうですね」
「しょうなのです。実は・・」
その後にしろくまから聞かされた真実に、僕は別の意味で腰を抜かした。
「ルイボスティーを目掛けてズンムズンムへやってきたですって⁉︎」
「ええ。しょの争いが起こる前、ふとしたことでかの茶を口にしたアリンポー国民の一人が、これは美味しいと国中に広めたのでしゅ。アリンポーでは、その当時爆発的にルイボスティーのブームが巻き起こりましゅるた。でも、先のアリンポー王は娯楽を極端に排除する真面目な方で、そのルイボスティーさえも、ことごとく回収し、禁止令を出したのでしゅ。それから国民の不満は静かに膨らみ、爆発する寸前でアリンポー王が身罷られ・・」
ルイボスティーの栽培が盛んだったズンムズンムへ一斉に移ったのだと、しろくまは続けた。
大体の背景は分かったが、自分には理解ができない部分もある。
そんな理由でそうも簡単に自分の主人を変えてしまえるものなのだろうか。
そして、ズンムズンム国民であるしろくまがルイボスティーを飲まないのは結局どうしてなのか。
そういえば本題はそれだったと、しろくまに改めて聞く。
「しょうでした。それで、アリンポー国民が一斉に我が国へ押し寄せたことをよく思わなかったズンムズンム王は、国でのルイボスティーの栽培をやめて、彼らを無理矢理追い出したのでごじゃりましゅ」
それから、ズンムズンム国からルイボスティーは廃れていき、王の圧力によって、国民もルイボスティーを飲まないという暗黙の規制のようなものができてしまって今に至るのだと、しろくまはため息を吐きながら告げた。
「・・では、本当のところ、あなた達がルイボスティーを好ましく思っていないわけではないのですね」
「ええ・・本当は大好物なのでごじゃりましゅ」
しろくまはテーブルに置かれた手付かずのルイボスティーを見つめ、涙ぐんだ。
それがあまりにもかわいそうに見えたので、小声でしろくまにこう伝えた。
「では時々、どこかの遠い遠いカフェにでも行って、かの茶を共にすすろうではありませんか」
こうして、月に一度、遠くの遠くのカフェで、しろくまと僕だけの秘密の茶会が行われることになったのだった。