「勝浦川」その8.平田舟
丈三郎にとってゆきえは妹のようなものだった。
丈三郎とゆきえはタイが死んだ翌年に結婚した。
喜平は妻タイを亡くし、家には女手がなくなってしまった。
姉であるタイを亡くしたゆきえの母が、義兄の喜平と甥っ子である丈三郎をはじめとする息子たちや小さい姪を案じて、丈三郎とゆきえの結婚を提案したのだった。
丈三郎にとってゆきえは叔母の娘だから従妹にあたる。
物心ついたときには既に存在していたから、ゆきえを女としてみたことはなかった。
それは、ゆきえにとっても同じことだった。
ゆきえには二人弟がいたが、かなり年齢が離れていたし男は兵隊に行くことがあるかもしれないし、誰に言われた訳でもないが自分が家の跡を継ぐような気でいたから、まさか従兄の丈三郎に嫁ぐことになるとは思ってもみなかった。だが、小さいころから物静かで優しい丈三郎のことは嫌いではなかった。
程なくしてゆきえは子を宿した。
産まれたのは男の子だった。
その子が一歳を過ぎた或る日、喜平と丈三郎はいつものように早朝暗いうちから山の開墾に出た。ゆきえは家の片づけものをしてからこどもに乳を与え、近所の娘にこどもを託して山に向かった。
少し大きくなった娘が子守りをする。
それは当たり前のことだったし、お互い様だったのだ。
その日、ゆきえの子をおぶっていた娘は友達と勝浦川の河原で遊んでいた。
遊ぶことが優先する年頃の娘だった。
やがて、遊んでいるうちに緩んだおぶり紐をすり抜けてこどもが川に落ちた。
子守りたちはすぐに追いかけたが川は深く流れは速かった。
川から子どもたちが大声で叫ぶのを聞いた村人たちが行ってみると、子どもたちが泣き叫んでいた。
落としたところから川の流れを見定めて村人が川に潜った。
勝浦川の川岸には、いく艘もの平田舟が舫ってあった。
平田舟は、薪や木炭などの物資を運ぶ船底が浅く幅が広い舟だ。
落ちた子は、その平田舟の底に貼りついたようにして見つかった。