転職しました
ひと月くらい前に、勤め先が変わった。職業は相変わらずテニスコーチ。だけど会社を乗り換えた。
転職の理由は単純で、この転職をステップにオーストラリアの永住権を取れるかもしれないから。新しく勤め始めた会社は、僕らのスポンサーになってくれるかもしれないのだ。
「永住権?」「スポンサー?」「なんのこっちゃ」となるのは当たり前なので、僕らの現状とオーストラリアの永住権について簡単に説明する。
僕ら家族は今、オーストラリアの永住権を取得することを目標にしている。永住権を取得すれば、永住ビザを5年毎に更新するだけでオーストラリアにずっと住むことが可能になる。ちなみに永住権は市民権ではない。
市民権を取るということはオーストラリア国民になるということで、ビザの一種である永住権と市民権の間には大きな差がある。特にふたつの国籍を持つことが出来ない日本人にとって市民権を得るということは、日本人であることを辞めてオーストラリア人になるということ。
僕らは日本のパスポートを保持したいので、オーストラリアの市民権を取ることは考えていない。あくまで永住したいだけ。
そんなわけで、僕たちにとって永住権とは喉から手が出るほど欲しいモノ。そんな永住権を取得する手段のひとつが、勤めている会社にスポンサーになってもらうこと。
僕らにはスポンサーをしてくれる会社を見つける以外の方法が残されていないような状況だったので、ふたつ返事で転職を決めた。
で、問題だったのは転職が決まった後。その時に働いていた会社に、他の会社から採用されたから辞めるという報告をした時のこと。
ちなみに、前に働いていた会社にも「スポンサーになってもらえないか?」という質問はしていた。その会社のオーナーはノラリクラリと僕の質問に対してお茶を濁していたが、ひと月くらい尋ねまくった後に「ノー」と言われた。
当然僕は「分かりました。それでは残念ですが、スポンサーになってくれる他の会社を探してみます」と会社のオーナーに伝えた。そしてその時の彼は、驚くほどあっさりと了解した。その後、今の会社での採用が正式に決まったので前の会社のオーナーにその報告をしたが、その時もオーナーは「分かった」と一言つぶやいただけだった。
随分とあっさりしているんだなあ、とも思ったが、飛ぶ鳥跡を濁さずをモットーとしている僕としてはホッとしていた。これならキレイに会社を辞められそうだ、と。
採用が決まった会社との手続きを進めた。その会社からはすぐに始めてほしいと言われた。すべてが順調に進んでいた。
あとは契約書にサインをして送るだけ。そんな時に辞める会社のオーナーからメッセージが届いた。
「やっぱりスポンサーになれるよ、手続きも明日からできるよ」
どうやら彼の気が変わったようだ。
僕が、「はい、じゃあやっぱり転職するのはやめます」なんて言うとでも思ったのだろうか。
ナメ腐りおって。そんな手には引っかかりませんよ。僕を繋ぎ止めておくだけの、付け焼き刃な発言に過ぎないのは分かってるんだよ。
そのオーナーは決して悪い人ではない。クセのある人だけど、何だかんだ思いやりのある良い人だったと今でも思っている。でも、この件に関しては彼にガッカリせざるを得なかった。
会社を辞めるときくらい、波風たてずに辞めさて欲しかったけれど、彼が急に僕のことを止めようとしたことで状況がこじれてしまった。その結果、僕はオーナーからちょっとだけ悪者扱いされながら会社を辞めた。
しかし、彼からすれば必死だったんだとも思う。いきなり僕が辞めることで、レッスンのスケジュールには大きな穴が空いてしまう。経営者からすれば、そんな状況は避けたい。そうならないためにも「スポンサービザを出してみるか」となるのも理解できる。
僕もオーナーも、自分の得になるように動き、今回は僕の方にもろもろのことが上手く動いたというだけ。
それにしたって辞める直前に言っていたことを180度変えるのは反則だよな、とも思う。そして、彼が急に言い始めたことを、僕が信じてついて行くと本気で思っていたのだとしたら、それは甘すぎる考えとしか言いようがない。
「終わり良ければ全て良し」というのはとても的を得ている。だって今回の転職の一件は、終わり方が良くなかったせいで、後味がとても悪かったから。
転職のような人生の節目にこそ、個人の人間性がにじみ出たりするのかもしれない。