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ポン太 虹の橋を渡る          ペットロス症候群にならないために



それは、私に心の準備を促すように、順番通りにやってきた。

まず、くしゃみが出だした。日に何度も。

翌日には鼻水が出始めた。
水滴のように鼻から無色透明な鼻水が滴り落ちてくる。
一日中ティッシュの箱が手放せなかった。

3日目、体がだるくなり、動くことが億劫になる。動きたくないので、ベッドで本を読み始めたが、目が活字を追うだけで頭には何の情報も入ってこない。

動くのだけでなく、考えるのも面倒くさい。
こうなると、日常生活は一旦停止せざるを得ない!


「あー ポン太が僕に『喪に服せ』と言ってるに違いない」

天国のポン太からの声に、素直に従うことにした。

14年間、毎日毎日暮らしを共にした愛犬ポン太は、僕の旅行中に突然亡くなってしまった。

葬儀を終えたあと、その不快な症状はやって来た。
僕は、一切の予定をキャンセルして、何もせず、ポン太のことだけを考えて暮らす時間を取ることにした。

それはそれは、切ない時間だったけれど、僕には必要な時間だったのだ。

「喪の仕事」

「喪」には、大切な役割がある。
時間を掛けてしっかり悲しむことで、区切りを付けていくのだ。

これをしないと、だらだらといつまでも悲しみに暮れることになる。

ポン太は、どれほど残念な思いでこの世を去ったことだろう。
その気持ちを想像するだけで、鼻の奥がツンとして、涙があふれてくる。


留守を守っていてくれた妻が、行きつけの動物病院に車で駆け込んでくれたけど、到着した時、既にポン太の心臓は止まっていたらしい。

先生の診断は心不全だった。ストレスを原因とする急性心不全。
つまり、ポン太は僕がいなくなってしまったのが寂しくて、悲しくて、ストレスが溜まって心臓が止まってしまったというのだ。

妻によれば、ポン太は、横になって肩で息をするようにハアハアしていたという。

14歳の老犬だし、毎月病院通いをしている。薬を飲んでいるから穏やかな日常が送れる。そんな状態だった。ただ、普通に食欲もあり、命を落としてしまうような予兆はなかったという。

けれど、ストレスはポン太の心臓を止めてしまった。

僕は、「ポン太死す」という妻からのLINEを、韓国はソウルのチャムシル・アリーナでのバスケットボールのソウルダービー観戦中に受け取った。


ソウルでのバスケットボール観戦は、一方のチームに私たちの仲間がメンタルコーチとしてついていた大事な試合だった。

試合前には、応援に訪れた私たちの前にわざわざ挨拶をしに来てくれた。

中央の黒い革ジャンを着た方がスポーツメンタルコーチ

試合は、絵に描いたような逆転勝ちだった。

試合序盤、相手の勢いに飲まれたかのように、点差が開いていった。
どうみても、相手の方が強かった。相手エースは屈強で背も高かった。シュートの成功率もダントツだった。

しかし後半、ジリジリと点差を詰めていった我がチームは終了間際に追いつき、わずかに相手を上回って勝利を手にした。

弱い方のチームが、強者を喰ったように見えた試合だった。
メンタルコーチングが作用したのではないかと想像させるに足る善戦だった。
試合は終始相手ペースだったのに、離され過ぎないようについていき、流れを手繰り寄せて連続得点を重ねる。そして終了間際の逆転!


ポン太の訃報は、そんな試合の後半戦に僕に届いた。
「ポン太! 諦めるな! 生きんだ!」

だが、ポン太の命は既に尽きてしまったようだった。
何年も通った主治医のもとで確認された「死」

もちろん、受け入れ難かったし、信じたくなかったけれど、妻からのLINEは、すべてはもう終わってしまっていることを伝えていた。

ソウルへは羽田ではなく成田空港からのLCC便で、キャンセルが効かないディスカウントチケットだった。
そして、今日だけでなく、明日も、明後日も予定が入っていて、人と会う約束もあった。

全てを投げ出して、今すぐ帰国したかったけれど、それは出来ない相談だった。

妻は、僕の帰国を待つ日程で葬儀屋を予約してくれた。(続く)