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「熱中症・健康対策」と「パフォーマンスの維持・向上」対立?一体?

「カラダの水分が不足すると、熱中症はもちろん、パフォーマンスの低下にも繋がります。」

「アスリートにとって水分補給は、熱中症予防だけでなく、パフォーマンスやコンディション低下を防ぐためにとても大切です。」

「スポーツ時の水分補給は、脱水症や熱中症などからアスリートを守るだけではなく、スポーツパフォーマンスの維持にも大きく貢献します。」

 これらはいずれもサイトの上部の文言の引用であるが、どのしゅし、「水分補給は熱中症対策にもパフォーマンスの維持にも役立ちます」「熱中症対策はパフォーマンス維持にもつながります」ということだろう。私も、科学的にそれで間違いないと思う。幅広くいえば「健康維持=パフォーマンス維持」だ。

 しかし、スポーツでの熱中症対策を考えようとすると、こういう見方のフィードバックに出てくることも少なくない。

「熱中症対策、パフォーマンス対策、どちらが優先されるべきか」
「パフォーマンスより熱中症対策を優先すべきではないか」

 つまり、「熱中症対策」「パフォーマンス維持」が別次元のもの、対立概念のものになってしまうのだ。換言すれば「健康対策」「パフォーマンス維持」が二律背反の関係になる。そして、私自身も、ついうっかりこの文脈で「健康・熱中症対策」「パフォーマンス」を使い分けてしまうことがある。

 どうして、「熱中症対策・健康対策」と「パフォーマンス維持」が時には一体の概念として、時には対立概念として、一貫性なく「使い分けられてしまう」のだろうか??そして、そもそも、両者は「対立」「一体」のどちらが正しいのだろうか?

 私は、その基準の1つに、「サステナビリティ」の考えを踏まえたものか否か、があるような気がする。私にとっては、この問題を考える際、野球(特に高校野球)を例にとるのがわかりやすい気がする。

1.両者は対立?一体?野球を例にした考察

 「熱中症対策・健康対策」と「パフォーマンス維持」とを対立的に見る場合、その文脈は「長期的な健康か」「目先の結果か」という文脈に変換されることが多い。その例が高校野球の投手の登板の問題だろう。勝ち抜くためには、強力なエースが勝利という「目先の結果」のために連投をいとわず投げさせられることがよくあった。ここで犠牲になったのは投手の肘の健康や疲労度であり、夏だとこれに「熱中症・暑さ対策」の要素も絡んでくる。高校時代に甲子園で無理をした、結果プロで大成しなくなった、高校卒業後の選手寿命が短くなった、という例がいくつもある。これに派生する議論をまとめれば「目先の結果のためにパフォーマンスが求められ長期的な健康を犠牲にした」ということになり、自然と「パフォーマンス」と「健康」が対立軸になってくる。高校野球で球数制限が導入され、複数の投手を登板させるチームが増えたのもこの考えの延長だろう。高校野球に限らない。WBCは球数制限のおかげで例えば「素晴らしいパフォーマンスで先発が120球投げた」ということはできない。
 古くは、元巨人の江川卓投手の引退のきっかけとなったとされる「肩甲骨の裏の鍼」の問題がある。1987年の引退会見時に、江川氏は「肩甲骨の裏に中国鍼を打った。ここに打つと選手生命が終わりになると言われていたが、優勝するために打ってもらった」と発言した。鍼の真偽は私にはわからないが、少なくとも江川氏のマインドセットには、「健康を犠牲にしてパフォーマンスを採った」のはあったかもしれない。(この詳細は末尾に注記する)

 「熱中症対策・健康対策」と「パフォーマンス維持」が一体になり、さらに長期的に「向上」につながった例としては、現ロッテの佐々木郎希投手が思いつく。高校時代から「怪物」と言われていた佐々木投手は、大船渡高校に在籍していた高校3年の時、連投を避けるために監督から岩手県予選の決勝戦の登板を回避された。結果、同校は決勝戦で敗れ、同校に「なぜ登板させなかった」との抗議の電話が鳴り響くなど半ば社会問題にまでなった。その佐々木投手のロッテ入団後の活躍は目覚ましい。特に2022年は、4月10日には完全試合を達成し、その次の登板でもあわや完全試合というところまで行った。今やNPBで最も注目される投手になったといっていいだろう。それでもなお、体が出来上がっていない理由でロッテの井口監督は慎重な起用を続ける。これが安定した結果を残している面もある。高校時代も含め、佐々木郎希投手は「健康に留意した結果パフォーマンスも維持・向上した」例だろう。

 「健康とパフォーマンスを対立させた」従来の高校野球の多くのチーム、引退直前の江川卓氏になく、「健康とパフォーマンスが一体になった」佐々木郎希投手やその周辺にあるものは何か?私に浮かんだキーワードが「サステナビリティ」だ。前者は短期的視点ばかり重視した考え、後者は長期的視点も重視した考えだろうか。「サステナビリティ」がどこまで優先されるか、その判断基準は、目先の利益の大きさ、名誉の大きさにより左右されてしまうのかもしれない。そして、夏は、この健康の重要な要素として熱中症対策が含まれるのは言うまでもない。

2.SDGsにもヒントあり

 では、「熱中症対策・健康対策とパフォーマンス維持は対立する」「熱中症対策・健康対策とパフォーマンス維持は一体である」どちらが正解なのか?そのヒントは、サステナビリティをうたったSDGsにもあると思う。

関連するSDGsの目標を以下に挙げる。
●熱中症対策・健康対策
3 すべての人に健康と福祉を
13 気候変動に具体的な対策を
●パフォーマンスの維持・向上
8 働きがいも経済成長も

 SDGsが示す合計17の目標は相互関係にあり、17の目標の達成度のうち1つでも低いものがあると、全体の水準はその一番低いものの達成度にとどまる、ということを、SDGsの勉強会で私は何度も学んだ。説明スライドでは「ドベネクの桶」と呼ばれる桶の形によくたとえられる。「リービッヒの最小律」という言い方もある。SDGsにこの理論を適用した場合のわかりやすいイメージ図として、以下のNote記事に出てくるものがある。

 サステナビリティを目指すSDGsの理念、ドベネクの桶の理論に照らし合わせれば、「熱中症対策・健康対策とパフォーマンス維持は一体“でなければならない”」といえる。

 それでもなお、短期的には目先の目標を追わないといけない場合も多い。そして、その目標が重要で、長期的な利益と対立せざるを得ない場合もある。この対策は、イノベーションの側に求められるだろう。SDGsの目標にも「9 産業と技術革新の基盤をつくろう」とある。

3.私なりの現在の仮説

 以上の考察から、私なりにいったんまとめた仮説は、以下の通りだ。
・熱中症対策・健康対策とサステナブルなパフォーマンス維持・向上は一体である。
・イノベーションによりこの関係は強固になる。

 もうひとつ加えると、スポーツの運営・大会の側では、SDGsにうたうサステナビリティの観点を加えることで、気候変動のもと、選手の夢・目標・頑張りをいかに支えていくかが重要になるのではないか。

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(注)江川卓氏の「肩甲骨の裏の鍼」の問題
 以下のサイトなどに経緯が載っている。医学的観点では、江川氏の発言に否定的な見方も多いのも事実である。


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