単体のデザインから世界観に関わるデザインへ【デザイン奮闘記vol.2】
バーチャルSNS「cluster」を展開するスタートアップとして日々加速を試みるクラスター株式会社。
月に1、2回程度、クラスターCEOの加藤直人とデザインエバンジェリストの有馬トモユキ氏がクラスター社のデザインの現在を語り、発信していきます。
題して「デザイン奮闘記」
スタートアップがデザインをどのように考え、実践しているのか。
生の声をお届けします!
単体のデザインだけではなく、世界観に関わるデザインの面白さに気づく──コンテンツの仕事を通して
加藤
デザイン奮闘記第2回始まりました。今回もよろしくお願いします。
次回からはデザインチームのメンバーを呼んで具体的な話を聞きたいと思っていますが、今回はその第1弾ということで有馬さんにフォーカスを当てようと思います。
有馬さんが手がけてきたこれまでの仕事の話や受注とインハウスでデザインすることの違いなど色々な話を聞いてみたいなと。
有馬さんはアニメーションや漫画のデザインの仕事が多いと思っているのですが、まずはこれまで手がけてきた仕事はどのように選んできたかを教えてください。
有馬
そうですね。もともと漫画やアニメーション・ゲームが好きだからというのは大きいです。それはそうだろって感じですけど(笑)
アニメーションや漫画のデザインの仕事をやるようになった明確なきっかけはあって、2012年に「PLUG-IN Championship」というトヨタ・プリウスPHVの広告キャンペーンを手掛けた時の経験が大きいです。
このプロジェクトではキャンペーンサイトやゲームのプレイスルー、ランキングシステムをつくったりと単純なグラフィックデザインだけではなく色々なことを担当させてもらいました。
元々デザインとエンジニアリング、いわゆるグラフィックデザインとインタラクティブメディアをどうにか接続できないかと思っていて、それに本格的に取り組めたのが、このプロジェクトだったんです。
この時の経験から、まずどこから手をつけたらいいのか分からないくらい曖昧なところからデザインを考えていく方が面白いんだなと気づき、そういう仕事を選ぶようになりました。
そして、アニメーションの仕事をやり始めていくとそうしたことを考えられる裁量が大きいことが分かってきて、次第とそちらの仕事を多く手掛けるようになっていきました。
加藤
なるほど。
アニメーションの仕事をやり始めて、具体的にはどういう部分が裁量が大きいと思ったのか、また発見などはあったのでしょうか?
有馬
アニメーションの仕事に関わり始めて最初の方に担当したのが『アルドノア・ゼロ』だったのですが、この作品に関わったことでデザインによって物語の中身を面白くすることに直接貢献できることに気づいたんです。
デザインは外側を飾るラッピングとして見られがちですが、アニメーションの中に出てくる管制室のモニターのデザインひとつにしても実はアニメーションの演技の一部なんですよね。たとえば、この画面が真っ赤になると相当やばいと思わせられるんだろうなとか。
つまりデザイン次第では、物語をより楽しくできる可能性もあるわけです。
また、アニメーションの中だけでなくポスターのデザインにしても、どういうポスターにすると謎が深まったり作品への理解が深まるのかという視点もありえます。
単なるグラフィックデザインではなく、そこにひとつストーリーラインを入れるだけで見る人に期待や感情を伝えることができるんだと気づいたんです。
加藤
そこまでいくと、グラフィックだけじゃなくてもはや設定までつくっていく感じですよね。
なにもツテがないところから、いきなりそういった依頼が舞い込んでくることはなかなかないと思うのですが、その仕事はどういうきっかけだったのでしょうか?
有馬
『アルドノア・ゼロ』はいわゆるロボットアニメで地球と火星の軍隊が戦うお話なんですが、最初は両陣営の旗をつくってほしいというところからスタートしました。
次第にこういうこともやりたいとか、こういうものもつくりたいとか、いろいろと話をしているうちに盛り上がって、手がける範囲が広がっていきました。
漫画『BLACK LAGOON』の作者の広江礼威さんが原作を担当した『Re:CREATORS(レクリエイターズ)』でアニメーション内に登場する巨大ロボットのコックピットのデザインを担当した時のことなのですが、デザインをするにあたって参考にした絵コンテには最低限の演技指導だけ書いてあったことがあって…(笑)
ただ、一通りの絵コンテをもらっていたので、レーダーはあるだろうね、エネルギー表示はあるだろうねとか、妄想で話を広げていってデザインを進めていきました。
コックピットのモニターをつくってください、と文字だけの指示だと演出を想像するしかないのですが、絵コンテがあればどういう情報がどういう演技で含まれているのかを考えてつくることができるんです。そのように妄想を広げていくことでどんどん自分が手がける範囲を広げられることに気づきました。
また、そうしたディテールは一時停止して一字一句じっくり観察する視聴環境を現在の視聴者が持っている、という側面からも重要だと思います。
視聴者からしたら、こういうのがあるといいだろうな、が本当にディテールとしてあると嬉しいじゃないですか。
加藤
一時停止分かります。オタク心をくすぐりますよね。
有馬
ディテールの意味を類推するファンもいますよね。自分もそのタイプですが(笑)
加藤
そういう細かい部分を一時停止してじっくり見た上で、Twitterにアップする人もいますからね。配信が当たり前になった時代ですから、たった一瞬しか映らないからといって誤魔化しが効かなくなってしまったし、逆に言えばそういう一瞬しか映らないところへのこだわりが口コミとなって広がることを見越している、マーケティング思考を持ってデザインする人もいる。
有馬
なのでその当時は、そういう人が少しでも気分が上がるデザインにしたいな、と考えていました。
また、アニメに登場する画面も世の中に実在する近しいシステムを調べて、現実にあっても遜色ないデザインにしています。
加藤
数秒間しか映らないのに、とコスパを気にしてしまいかねない観点ですよね。
有馬
でも、一時停止したら永遠ですからね(笑)
色々な気づきや発見がある空間をつくりたい──現在進行中のclusterのロビーデザインについて
加藤
そうしたアニメの仕事の経験からclusterのデザインで活かせそうとか、こういうことをやっていきたいなと考えていることはありますか?
有馬
今、clusterにログインする人たちが最初に行き着く場所になるであろう「ロビー」のアップデートの検討をしているのですが、やはりロビーはすごく大事な場所になると思っています。
ロビーを考えるにあたってclusterが文化祭的なお祭りをやりたいのか、いろんな人が行き交う人間交差点にしたいのか、その辺りのトーンや文脈を繋げてあげるのが自分の役割だと考えています。
基本的にバーチャル空間は誰かの意図によってつくられたものなので、どういう風に理解してもらうかを考えるのはアニメの仕事で経験してきたことを役立てられるのではないかと思っています。
現在公開されているロビー。アップデートが予定されており、デザインチームによる検討が進められている。
仮想空間の建築をつくるにしても、建築が立派で非日常で、かっこいいものが良いですよねという話はありつつ、同時にclusterらしさを感じられるディテールがあるだけで、clusterをやっててよかったなと思えるものにできるのではないかと考えています。
たとえば、clusterのルーツに関わる要素がロビー内に仕掛けられていて、それを分かる人は全員じゃなくて、100人くらいでもいい。でも、その100人はロビーのその秘密を知っているのは自分だけなのでないかと思った時に、ロビーへの愛着が深まったりしていくと思うんです。
加藤
なるほど。ルーツという観点は面白いですね。
ぼくは普段、ユーザーのみんなに紛れ込む形で(笑)、別の姿になったりしてclusterにどっぷり入っているんですけど、まだまだ足りてないのはサービス全体の住み心地のよさだと感じています。clusterは機能自体はかなり充実してきているし普通に安定して動作する良くできたシステムだと自負しているんですけど、少し入っただけではペインにならないような、何時間も入ってるとボディブローのように徐々に効いてくる違和感というか。それは建築的な空間の形の視点だけではなく、体の動きの気持ちよさやメニューの出方とか、不慮の事態に対する配慮とか、すべてが「バーチャル空間で過ごすためのデザイン」にならないと実現しない。
有馬
最終的には色々なファンクションが空間にあるというよりかは、そのような色々な気づきや発見がある空間をつくりたいなと思いますね。
加藤
そうですね。ユーザーのみなさんに隅から隅までしっかりと考えられているし、「え、こんなところまで考え抜かれてるんだ」と驚いてもらえるような空間をつくりたいですね。
有馬
それをやるだけでただ機能や雰囲気が伝わればいい、という空間からは一線を画せると思います。
「発注未満≒言葉にできない価値」をデザインする
加藤
日本デザインセンターで受注して仕事をするというやり方と、クラスター社のようにインハウスでデザインをするという仕事のやり方には違いを感じていますか?
有馬
差分はあると思います。
発注するということは、新しい商品が出たのでパッケージをお願いしたい、広告をつくりたいという「発注の目的」があります。つまり、発注されたものは既に誰かが問題を言葉にしたものであると言い換えることができて、それは強みであり弱みであると思っているんです。
先ほどのアニメーションの中のモニターのデザインにこだわるという話は、物語の面白さや売り上げにどれくらい比例するかという数字的な効果を提示せよって言われてしまうと正直、辛い。
つまり、言葉にしにくい価値なんです。でも、どう考えても作品のためにやった方がいいし、話題としてもつくった方がいいことを分かってもらうためにも発注未満の段階から関われた方がいいと思っています。
クラスター社でもそれができるといいなと思っていたんですけど、クラスター社でやっていることはむしろ発注未満の話が多いんですよね。
加藤
インハウスのデザインはそっちがメインになりますよね。
問題だらけなのは一目瞭然なのだけど、色んな要素が絡み合った抽象度の高いグチャグチャな状態で、問題を言語化できてることの方がまれです(笑)
有馬
そうだろうなとはなんとなく思っていたんですけど、想像していたより100倍くらい未満がいっぱいありました(笑)
ただ、未満がたくさんある状態こそがインハウスの強みだと思います。
かといって、売り上げなどの効果をどこまで追求して、持続可能なデザインの資源をつくるかのバランスは取らなければいけないのだろうなと思います。今はうまくいっているけど、半年後にリファクタリングする時にものすごい工数が取られてひどいことになるんじゃないかとか、色々な判断軸があるので、そのバランスは難しいでしょうね。
加藤
経営者視点でも、バランスの重要性は感じています。会社はどこまで大きくなっても無限にデザインにリソースを注ぐことはできない。同様にエンジニアリングにおいても、いつだって”綺麗で美しい”設計にしたいという思いがありつつも、スピードと堅牢さのバランスさが大事になります。
現実の問題には外部環境やリソースによる境界条件が存在するので、理想論は机上の空論として空回ることが多々ある。
有馬
だからこそ、まずはロゴから、広告から、フォントから...のようにデザインの戦略は何通りも考えられます。clusterのように角Rから攻めるという手もありな訳です。
それを決めるためにもデザイナーが社内にいる状態が理想的ですし、社内全体にそのバランス感が浸透していっているとよいのだろうなと思います。
広がりのあるロゴをつくる──clusterロゴのリデザインについて
加藤
読んでいるみなさんは気づいているかわかりませんが、実は有馬さんが入ってからclusterのロゴはしれっと変わったんですよ。
有馬
変えたと言っていいか分からないくらい微妙な変え方ですけどね(笑)
今後のclusterのブランドそのものの広がりを見据えてちょっとだけ変更しようと思いまして。
ロゴタイプは使われているフォントから少し修正されていたので、それを元の状態に戻すことで、さまざまな変更に対応できる状態にしています。
ロゴマークは今変えるべきではなく、むしろ覚えてもらう時期だなと思っていたので、ロゴタイプを小さくしてロゴマークを目立たせるようにバランスを調整しました。
加藤
テキストで∞をつけるだけで、clusterを認識してもらえるのは強いですよね。
ありがたいことにTwitterのアカウント名でつかってくれてるclusterユーザーの方々もいるので。
有馬
最終的に「∞」だけでいけるのではないかという話をデザインチームでしていますね。
そういう議論が自発的に発生している状態もいいなと思っています。
誰もが来ていいプラットフォームをつくるために
加藤
clusterの各所で採用されている角Rの話についても教えてもらえますでしょうか?
clusterのWebサイトで採用されている角R(こちらの記事でも解説しています)
有馬
角Rを定義したのはclusterで使えるデザインの資源を増やしたかったというのが理由のひとつです。
GoogleやFacebook、マイクロソフトのアイコンの一部はiconwerkというフリーランスのデザイナーが一人でつくっていて、それはやはりピクトグラムの造形言語がブランドにとって広がりがあるとクライアント、デザイナーの双方が認識しているからだと思うんです。
なので、clusterらしさを表現したいと考えた時に必要なのがそのような造形言語をつくることだと考え、角Rに行き着きました。
角Rの形状は人間が好ましく感じる手触りを形にしたものです。
この楕円形状は人がぶつかっても痛くないと思えるいい形だなと思っていて、clusterがVR空間のプラットフォームをやっている以上、そういったメッセージを込めることは重要だと考えています。
加藤
触っていいよというメッセージがいいですよね。
Machintoshは、当時の主流パソコンがいわゆる冷たい無骨な箱型でギークじゃない人々が「触っていいのか分からない」「なんか怖い」と戸惑っていた時代に、「触っていいよ」というメッセージを込めてデザインされたそうです。
有馬
初代のiMacは当時のPCのプロダクトデザインに対するアンチテーゼから生まれたっていうのは有名な話ですよね。
加藤
VRデバイスの見た目や装着感、あとはコンテンツの傾向などが原因かもしれませんが、ぼくはVRというかバーチャル空間という概念自体にアングラ感が染み付いてしまっているなと思っていて。たとえば、サービスコンセプトの動画を見せたら「へぇ、未来ですね!」なんて感想を言われてしまう状況は全然駄目なんですよね。もっと色々な人たちが、こういうバーチャルの世界観なら「自分も行っていいんだ」と思ってもらえるようにしたい。
なので、”好ましく感じる手触り感”というデザインのコンセプトが最初に出てきた時はめちゃくちゃいいなと思いました。
有馬
ありがとうございます。
加藤
まだまだデザイン原則に沿ってデザインをプロダクトやclusterからの発信すべてに反映させるのは道なかばですけど、clusterのアイコンセットや、メニュー開いた時の丸みとかカラーの感じは徐々に浸透して統一感が出てきましたね。
最終的には、サービスにログインした瞬間とか、街中でclusterのクリエイティブを見かけた瞬間に「clusterらしいな」と思ってもらえる状態にしたいなと思っています。
スターバックスやApple、NIKEのように、ロゴやそれに付随するクリエイティブを見た時にすぐにその企業だと分かるようなデザインにしていきたいですね。
有馬
街中でApple Storeを見つけた時の嬉しさは、ここにきたらいいことがあるというAppleと僕らの中に無意識の約束があるからだと思うんです。その約束が保証されているから訪れる人たちに喜んでもらえる。clusterもそういう存在にしていきたいですね。
加藤
約束という観点でいうと、バーチャル空間に求められている、人々を強く引きつける要素に「救い」があると思っていて。
ぼくはclusterに来る人たちが救われてほしいなと思ってるんです。最先端の場所をつくっていくと同時に、みなさんの生活や人生をつくっていますよってメッセージに安心してほしいし、そこでの体験や生活に救いを見出してくれたら本当に嬉しいし、そういうサービスであることを全員に約束したい。
有馬
新しいプラットフォームが出てきたときに知らない才能が出てくるわけじゃないですか。clusterでもワールドをつくることを通して、自分の成長を実感する人も出てきている。
そういう人たちがclusterだから毎日楽しくやれるといいという世界をつくっていきたいですね。