波崎・『チンピラ』・銚子
青山真治監督の初期作品に『チンピラ』(1996)がある。
これは『竜二』で知られる金子正次の遺稿をもとに映画化されたもので、同じ遺稿に基づいた映画として川島透監督による『チ・ン・ピ・ラ』があるが、青山監督のものの方がよりオリジナルに近いとのことである。主演は大沢たかおとダンカン、他に片岡礼子、青山知可子、石橋凌、寺島進などが出演している。
1,波崎
さて、ここに書き留めておきたいのは本作の感想ではなく、ロケ地についてである。結論から先に言えば、この映画に出てくる海は千葉県銚子市の海と、茨城県旧・波崎町(現・神栖市)の海だろう、ということだ。最大の根拠はクレジットの〈撮影協力〉に「銚子電気鉄株式会社」があることであり、このことによって岩礁のある海は銚子市、そして桟橋のある施設は銚子市の隣町である旧・波崎町(現・神栖市)にある「波崎海洋研究施設」、そしてその海岸は波崎の海岸であるとほぼ確定ができる。
とはいえ未見の方には何のことやら分からないと思われるので、まずは下の動画をご覧いただきたい。「桟橋のある施設」というのは上の動画のサムネ=映画のジャケットの背後に写っている建造物である(なお上はレンタル動画だが、プレビューとして映画冒頭が見られる)。
映画冒頭に大沢たかおが座り込む海岸、これは波崎の海岸である。大沢の後方に見える長い一本足の桟橋にご注目していただきたい。これは「波崎海洋研究施設」のものである。二つ目の動画でダンカンが数人に追いかけられているのも、桟橋が写り込んでいることからここだと分かる。この海岸は岩一つない広々とした砂丘が特徴で、打ち捨ててあるセスナに二人が乗り込む印象的なシーン(DVDのパッケージに写真あり)も、やはりこの海岸だと考えられる(ただし、広くやや勾配のある砂浜というヒントしかないため、九十九里浜である可能性は否定できない)。
ちなみにこの施設は以下のような目的で1986年に設置されたものである。
ほか、この施設に言及したものとして長岡日出雄『日本の灯台(交通ブックス202)』(1993)、交通研究協会などがある(今はなき「波崎ロラン局」についても記述あり)。
上の写真はすべて2022年の夏に筆者が撮影したものである。必ずしも映画の通りに撮ったものではないが、おおよそ映画に映っているものと同様であることが確認できると思われる。柱や欄干の色が違ったり、樋がなかったりという微細な差異はあるが、これは単に老朽化や劣化などによるものだろう。
以上で、ひとまず本稿の目的は果たせた。もともとの本稿の執筆の目的は、『チンピラ』のロケ地の一つに旧波崎町の海岸及び波崎海洋研究施設があることを指摘しておくことだったからである。というのも、筆者が初めてこの映画を観たとき、これは波崎なのではないかと訝しんでインターネットで検索してみたところ、これに言及している記事は見つけられなかったのだ。現在、神栖市は「かみすフィルムコミッション」という撮影支援を行っており(https://www.city.kamisu.ibaraki.jp/kanko_sports/kamisu_fc/1008907/index.html )、精力的に様々な撮影が行われているが、ここの「撮影実績」や「ロケ地ガイドマップ」には、『チンピラ』は古い作品であるためか記載はなかった。
なお、2010年6月に公開された北野武『アウトレイジ』でも神栖市の「千人画廊」で撮影があるが(水野=椎名桔平の殺害シーン)、「神栖市フィルムコミッション事業実施要項」(https://www1.g-reiki.net/city.kamisu/reiki_honbun/r216RG00001760.html)第五条(撮影支援の対象外)に「一般財団法人映画倫理機構から「R15+」又は「R18+」指定を受ける見込みの映画の撮影」とあり、したがってこれも「かみすフィルムコミッション」のサイトには記載がない。ただし、「茨城県神栖市観光協会Staff Blog」(https://kamisukan.exblog.jp/17936542/)、および「いばらきフィルムコミッション」(https://www.ibaraki-fc.jp/news/news_0232.html)には記載があった。後者の紹介文には「茨城県では(…)“神栖市の南海浜地区内道路”で布袋を被せられての殺害シーンが撮影されました。お楽しみに!」と書いてあり、ややシュールである。
2,銚子
以下は他に気が付いたロケ地等の覚え書きである。
上述ように、この映画の撮影には銚子電鉄が協力している。これによってまず、映画後半(トレイラーにもある)大沢がダンカンを殴りつけているシーンの駅は銚子電鉄の駅であることが分かる。ただし筆者は銚子電鉄に詳しくないので、いずれの駅かは分からない。駅舎と周辺の様子からして銚子、観音、本銚子、海鹿島、君ヶ浜、犬吠、外川ではなく、おそらく仲ノ町か笠上黒生駅ではあるまいか。
このカットの後、いくつか連続して海岸のカットがあるので、煩瑣になるがせっかくなので分かる範囲で詳述を試みる。まず駅の次のカットの薄暗い海岸は、後ろが山がちであること、また波打ち際に岩礁が見られることから、おそらく銚子の海鹿島〜君が浜辺りだろう(波崎の海岸に岩は無いはずなので消極的に銚子としたが、犬吠埼灯台が写っていないのが気がかりではある)。田舎の家で大沢が母と語るシーンの次、大沢は港で旧友と走っているが、これは銚子港ではないかと思われる。その後、東京の大沢の職場に母が来て、母と道路を歩くシーンの次、岩礁の見える海岸を写したあとで大沢の車から青山知可子が出てくるのは、これは先ほどの薄暗い海岸のシーン同様銚子のどこかだろう。ここから先は、砂浜の形状と波崎海洋研究施設から、おそらく全て波崎の海ではないかと思われる(先述の通り、一部のカットは九十九里浜の可能性は否定できないが)。
3,三叉路の面影
この映画にはいかにも映画的な、印象的なカットが多く、それがややわざとらしく思われないでもないが、個々のシーンが不思議と心に残る。こうした本作のなかでも、筆者が「おや」と思ったシーンの一つがこれである。
ここは篠山紀信の写真に中平卓馬が批評をする『決闘写真論』のなかの写真でも撮影されていた(https://dl.ndl.go.jp/pid/12430314 ※NDLデジタルコレクションの送信サービスで閲覧可能)。その写真を見てからというものの、何となくこの撮影場所が気になっていたのだが、意外なところから判明したわけである。「コインランドリー駒の湯」は、検索してみたら現在でも営業していた。三軒茶屋にあるとのことだ。ところが、下のストリートビューを見れば分かる通り、現在ではこの三叉路の尖端にある商店は全く別の物件に変わってしまっている。
ちなみに、Youtubeの「EXPERIMENTEXPERIENCE.」というチャンネルに「LAST SONG / LOWPOPLTD. cover」というMVがあり、ここでもこの映画が使用されている。
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