映画『his』を観て、優しさと愛を以て赦し赦されたくなった話
こんにちは、くろえことたかおです。
今回は、先日映画を見て脳天突き破られた映画『his』について語りたいと思います。もう無限に感想noteはでていると思うのですが、言いたいことは一言で「his最高!この世界観で生きたい」ってこと、ただひとつです。
(ネタバレありの可能性があるので、ネタばらししないで!という方は回れ右でお願いします。観た人は是非読んでほしいです!)
(写真類は公式サイトさんから拝借しております。ありがとうございます)
まずはあらすじから…
春休みに江の島を訪れた男子高校生・井川迅と、湘南で高校に通う日比野渚。二人の間に芽生えた友情は、やがて愛へと発展し、お互いの気持ちを確かめ合っていく。しかし、迅の大学卒業を控えた頃、渚は「一緒にいても将来が見えない」と突如別れを告げる。
出会いから13年後、迅は周囲にゲイだと知られることを恐れ、ひっそりと一人で田舎暮らしを送っていた。そこに、6歳の娘・空を連れた渚が突然現れる。「しばらくの間、居候させて欲しい」と言う渚に戸惑いを隠せない迅だったが、いつしか空も懐き、周囲の人々も三人を受け入れていく。そんな中、渚は妻・玲奈との間で離婚と親権の協議をしていることを迅に打ち明ける。ある日、玲奈が空を東京に連れて戻してしまう。落ち込む渚に対して、迅は「渚と空ちゃんと三人で一緒に暮らしたい」と気持ちを伝える。しかし、離婚調停が進んでいく中で、迅たちは、玲奈の弁護士や裁判官から心ない言葉を浴びせられ、自分たちを取り巻く環境に改めて向き合うことになっていく――。
(映画『his』公式サイトより引用)
ここからは、映画を観た感想や考えたことについて書いていこうと思う。
愛と赦しについて
全体を通じて、息が詰まるほど愛おしく、しんどい場面もあったが、最終的には、涙が止まらなかった。
宮沢氷魚演じる迅の透明感、藤原季節演じる渚の優しいダメ男感、不器用だけどまっすぐなお母さんの玲奈(、唯一悪役の玲奈の母親は見るだけで心がチクリ、としたけど、これも現実としてはあるんだということをハッとした)、「当たり前」を(自覚なく)壊していくそらちゃん、その誰もがそれぞれにまっすぐさを持っていて、本当に愛おしい・美しい映画だった。甘美な二時間…とでも言おうか、胸の中に温かいものがこみ上げてくるような時間だった。
まず第一に、この映画のテーマは「新たな家族の形を創り出す・再生する物語」であるとともに【愛と赦しの物語】なんだなと思った。この映画のなかでは、はっきりとした「答え」に肉薄するというよりは、肯定でも否定でもない“受容”の空気がはっきりと流れている。その性善説的な世界観が、とても心に温かく触れてくるのだった。
(もちろん、出てくる登場人物だけではなく、村の雰囲気、狩りをする山での描写、どこかローカルな公園など、その場の空気感がそれを後押ししているのだろう)
世界は自分が優しくなることで優しくなる
ただ、最初から世界が優しかった、というわけではない。
「『分かってくれないんじゃないか』とどんどん壁を作っていくと、自分で自分を苦しめてしまう。そうせざるをえない生活を送ってきたことは理解できますが、だからこそ壁を乗り越えていけた、というのは大きなステップだと思います」
「結局、人間はひとりじゃ生きていけないなと思ったんですよね。迅はひとりで生きる覚悟をしていましたが、そんなに人間は強くないですし、人に頼らなければ死んでしまう。どんなに孤立していったとしても、集落の皆さんのように、救いの手を差し伸べてくれる人が必ずいるんだと感じました。分かってくれる人、助けてくれる人がいることはすごく重要で、迅にとっては希望になると思います。(カミングアウトのシーンは)強いメッセージ性があり、セリフも美しかったので、作品のターニングポイントになったと思います」
この映画の中で、迅が言った台詞が強く心に残っている。
「社会は自分にだけ冷たいと思ってた。だけど、自分が優しくなるともっと優しくなる」
観賞後生きていくなかでも、強く、かつ頻繁に実感するようになった。相手を信じ、優しい人だと思って生きていると、自分の中の意固地さや意地悪さも、少しずつ溶けていくのではないか、と。それは強さと相反するものではないと信じている。「優しさの上に成り立つ強さ」だって存在するはずだ。
観客の内なる【当たり前】の眼差しに鮮やかに中指を立てていくスタイル
この映画を見て打ちのめされた点があった。それは、自分の中の"当たり前"がたくさん可視化され、そしてそれが翻されていったことだ。
・村人は冷たいはずだ
・元妻は非情なはずだ
・子どもは無邪気なはずだ
・二人は物語上では幸せに生きていくはずだ
・二人は裁判には"勝てる"はずだ
自分が既存のバイアス、あるいはそれに反抗する新たなバイアスに囚われているということを認識し、"優しさ"とはそうではない世界線上に存在するのだ、ということを感じた。あるいは、そういう(アファーマティブアクション的とも言えるような)新たなバイアスに囚われる(バイアスをかけて世界を眼差す)こと自体が無意識の差別でもあるんだということに気付き、恥ずかしいやら無念やら色々な感情が去来した。
固定概念を壊すために、その「逆張りの固定概念」に囚われていたのがいまの私であり、それは結局「固定観念の軸から逃れられない」苦しみを受けることとなる。そこから逃れられる方法はないのだろうかと思い悩んでしまった。
その選択は「人類全体の幸福」につながっているか?
前段でも述べた「自らの持つ当たり前や善悪の感情」を顕著に感じたのは、親権をめぐる裁判のシーン。いつの間にか迅、渚カップルに肩入れをして「玲奈は悪者である」という眼差しを送っていたが、そこには本当は(本当は、という言葉が正しくないかもしれないけど)善悪は存在せず、また観る側の眼差しそのものが暴力的である、ということなんだなと感じた。
しかし、それに対して渚が出した答えは、いわば『人類の最大幸福』に肉薄しているものであるとも感じた。"個人の幸福"や”迅、渚の最大幸福”にはつながっていないかもしれないけど、誰の絶望にもつながっていない。勝つ人はおらず、全員を絶望の淵からすくい上げるような、勇気ある、愛のある選択に、強い尊敬の念を覚えた。
裁判という、"善悪を決める場"においても、「正しさで裁かない」という選択を取れるということ、また、"善悪の構造で捉える"のではなく、「人を人として捉える」、「ちゃんと仲良くなれると信じる」、「人として正面から向き合う」ことが、救いであるとも感じた。
空ちゃん、というやわらかい存在
裁判のなかでは、「普通であること(当たり前であること)」と「普通でないこと(当たり前でないこと)」という観点が重要視され、進行していくのだが、この物語のなかでは、そのどちらにもつかない人間が1人存在する。空ちゃんだ(また、裁判官ですら、そのバイアスを強く受けた人物ではないような印象を受けた)。「世の中にはバイアスだらけである」と言ってはその認識を強化するだけだ…と上段では絶望していたが、絶望するのは早すぎる、のかもしれない。「シンプルに、良いと思うことを、良いとする」こと自体は困難を伴うようにも感じるが、そこに一筋の光を差してくれる、やわらかい彼女の存在がかなり大きいと感じた(彼女も彼女で、単に無垢な存在としてではなく、周りの言葉に傷ついたり、心を閉ざしたりしながらもまっすぐ生きているところが素敵なのだけど!)。
私にとっての「愛」とは何だろう
この映画を観て、色々なことを考えたが、最終的な教訓として自分に残ったことは、「愛」が私の人生のテーマである、ということだ。
言うなれば、私の人生のテーマのひとつとして「愛」(それは「情愛」「性愛」「友愛」「偏愛」など、様々なあり方を含む)があり、ここにこだわりを強く持っている、ということだった。
自分の中に漠然と存在する「好ましい」という感情に名前をつけること、輪郭を創ること、それぞれの「愛」に形を与えること。
そういういとなみが、仕事であったり、人付き合いであったり、そういうもの全部を作り出しているように思う。
私はあまり人をうまく愛せないし、能動的な恋愛感情を持ち合わせているわけでもないのだが、人一倍の「愛」を持ち合わせている(持て余している…とも言えるかもしれない)感覚はある。それを凶器として使ったり、正義を振りかざすために使うのではなく、自分は「愛に輪郭を創る人」になりたいし、その前提として「(心に強さを持ち合わせた)優しさ」を持つ人になりたい、と改めて決意した。
そうすることで、きっと、愛ある世界を少しずつ、実感できるようになるだろうから。そしてその、ちっぽけかもしれないけど、担い手の一人になれるだろうから。
~~~
ここまでが映画の感想でした。ここから先は全体的に小噺です。
「映画を観ながら誰に肩入れするのか」という問い
友人と観賞後に感想戦をしたのだが、双方の感想の違いは、「映画を観ながら誰に肩入れするのか」という問いに修練するなと感じた。
・私は迅くんに感情移入していた(取り残された恋人として)
・友人は奥さんに感情移入していた(突然別れを告げられた妻として)
こういう「自らの価値観」が可視化されるのは、映画の、あるいは感想戦の大きな醍醐味なのではないかと感じた。
台詞がとにかくめちゃくちゃ良い
この映画は雰囲気も最高なのだけど、そこに響く台詞も最高。というわけで、以下に好きな台詞を載せていくことにする。(まだご覧になられていない方は、こちらで雰囲気を感じ取ってもらえれば、もう観た方は再び余韻に浸ってもらえると良いかと思います)
・迅くん編:
「あれからどんだけ経ったと思ってんだよ」
「どこかで、自分たちが一番弱いと思っていた」
「社会は自分にだけ冷たいと思ってた。だけど、自分が優しくなるともっと優しくなる」
「誰かに会って影響を受けるのが人生の醍醐味だからね」
「三人で生きていこう」
・ソラちゃん編:
「だいせいこう~!」
「パパはしゅんくんが好き。しゅんくんはパパが好き。なのにどうしてキスしちゃいけないの?」
「強いぞー!」
・緒方さん編:
「どちらでも良い。誰かと会って好きになるのが人生の楽しみだ」
・村の人編:
「年をとったら男も女も関係ない」
「長生きしろよ」
・玲奈さん編:
「私は自転車に乗れないの」
背景の作り込みが素晴らしい、と思ったら…
弁護士の南和行さんが監修しているようです。彼といえば、『愛と法』が有名(この映画も良かったなぁ…)。
他の人の感想も秀逸極まりないので見て欲しい(勝手に紹介)
裁判という観点でかなり厳しく切り込んでいて素晴らしい感想記事。
「文字にしてしまえば、同性愛、地方移住、カミングアウト、アウティング、親権争い、離婚訴訟、専業主夫、キャリアウーマン、毒親・・・キーワードを表現することは簡単だけど、その内実を伝えるのは本当に難しい」
「なのに、映画ではしっかり盛り込まれているし、無理がなく、理屈すぎないし、考えてみたいけど、思考しすぎなくても大丈夫なかんじの心地よさ」
共同親権、共同養育の可能性について言及されている記事。
「子どもにとっての最善とはなにか。心理学・社会学的な側面もある、難しいテーマです。完全な正解というのは、おそらくそう簡単には得られないのでしょう。とはいえ、日本以外の先進国ではある程度のコンセンサスができているのが現実です。その結果が共同親権、共同養育です。そうしたことにも思いを巡らせてもらえればと思います。」
弱者という視点からの考察が美しく、また、紡ぐ言葉が優しくてめちゃくちゃ素敵な記事!
「今はまだ、世間にとって当たり前ではないことを、当たり前のように受け入れてもらえることがどれだけ幸せなことか、わたしは知っている。
大丈夫、わたしたちは弱者じゃない。
自分を弱者だと思って身を守ろうとすることが、自分を弱者にするんだ。
わたしはこの作品を、もう一度、必ず観ようと思う。」
「わたしは、初めて、この作品を作った人はどんな世界を見ているんだろう、と思える映画に出会えた。
わたしも、日常を逃がさずに捉えて、言葉にできる人でいたい。
当たり前の風景をいつでも鮮明に思い出せるように、それを誰かに魅力的に話すことができるように。
今隣に座っている人が好きなものについて話す時、どんな話し方をするのかとか、親しい人が携帯で文字を打つ時の言葉の癖とか、
そういうものをもっと大事にして、生きていきたい。
そうすれば、私が見ている世界も、少しだけ優しいものになるかもしれない。」
最高に最高な感想文だったのでマストで読んで欲しい…
「今泉ワールドでは、セクシュアリティやジェンダーを問わず、誰もが恋の下駄を履かせてはもらえない。飛び抜けて容姿が良くても、仕事ができても、金銭的に余裕があっても、愛や恋が叶わないときは叶わないのだ。セクマイに対して認識がフラットでないと、あんな作品は撮らない。
では単に無知なのかと問われると、作品を観ていればそれは違うとわかるだろう。今泉監督は作品の中で、さまざまな愛の形に対して「存在すべきだ」とアンサーをくれている……と、思っている。」
「この映画『his』はフィクションだけれど、確かになにかを変えられる力を持ったフィクションだと思う。そして迅と渚だけの閉じた世界の物語ではなく、誰しもに繋がる物語でもある。きっとたくさんの人が「身に覚えがある」と思ってしまうシーンがあるはずだ。
ぶつかり合って丸くなったり、尖ったままだったり、傷だらけだったり、そんな普遍的な人々がスクリーンの向こうにいる。咀嚼音、キスの音、鼻水をすする音。全部嘘なんて、嘘みたいだもん。
hisであり、herであり、ourであり、theirであり、もうひとつのtheirであり*21、yourであり、そしてなによりmyである。この映画はyour storyであって、my storyだ。」
とにもかくにも観て欲しい!!!
ここまで読んでしまった人は流石に映画見たほうがいいと思うので、公式さんにどうぞ。ほんとに美しくて心が浄化されるので(宗教勧誘か)(いや、でもマジだよ)。
【最後に】映画考察難しい!
約2年前にも、心震えた神映画(『勝手にふるえてろ』)で映画考察を書いたことがあるのですが、やっぱり難しい。けど楽しい。自分の心の中に悶々としているものを可視化することは、やっぱり映画観賞の醍醐味であると感じた。
これからも、心震えたものはちゃんと文字にしていこうと思いました。
というわけで、次回もお目にかかれるのを楽しみにしています。毎日こんな感じの気づきなどをつぶやくアカウントはこちら(人事・マーケティング・キャリア・パン・恋愛・人間観察などについて書いてるよ!アカウントはこちら)↓