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台風10号・気候変動と、プラネタリーヘルス

 台風10号は過去に例のない台風の動きと被害をもたらして、多くのメディアはトップニュースとして毎日台風の動きとその被害を伝えている。本州付近に停滞している理由は、太平洋高気圧と偏西風のバランスでなんたら、、、とは伝えている。それでは、なぜ太平洋高気圧と偏西風のバランスが乱れているのか、ということに触れているメディアはマレのように思える。それは気候変動による海水温上昇と偏西風の蛇行の影響が大きいと言われる。イベントアトリビューションという科学的手法でも証明されている。台風10号が異常な『なぜのなぜ』である。
メディアでは、時間の関係なのか、これだけ熱波を含め異常気象の報道を行っているのに、気候変動に触れる機会は、海外と比べてかなり少ない。異常気象に関する記事のうち、気候変動に言及している割合は、西ヨーロッパで25%、日本で7%というデータもある。一般的にも日本のメディアは『なぜのなぜ』を考えさせることが少ないと感じる。裏金問題や、軍事費・社会保障費の問題も似たりだが、異常気象については、これだけ大きな被害を出しているのに、その根本原因である気候変動について触れる報道があまりいないのが、不思議でならない。

 特徴的だったのは、東海道新幹線を始め交通網が長期にわたって止まったことによる物流の停滞である。スーパーが品薄になったということもあるが、日本の第一産業である自動車工場も止まったことには驚いた。大手元請企業社員には休業補償が出ると思うが、下請けはそうはいかない、日雇い派遣も多く、1週間工場が止まれば、1週間収入がなくなる。私のいる地域も、自動車産業に関わるひとが多い。昨年は不正審査による工場停止で、経済的困窮となり、受診控えをした人がいた。今回の台風でも同様なかかりつけ患者さんがいた。40代で、心筋梗塞後、薬が欠かせない人である。自動車関連の下請け派遣で働いている。仕事が止まって収入がなく、薬代が払えないから4週間ではなく、2週間分を希望した。はたして2週間後に来るのだろうか?

熱波による労働力損失は、日本でも2050年までに屋外作業における生産性の損失が現在の30%以上に達すると試算されており、これを認識している人も多いだろう。しかしながら、今回の台風により、直接の風水害は受けていないが収入が大きく減るという人が全国で出た。気候変動により程度が強くなった台風は、一次産業以外でも大きな経済的被害になるということを証明した。そして、個人としてはいのちの問題なので言うまでもない。

『地球のため、生物多様性のため』では人類の破壊的経済活動、温室効果ガス排出ははとどまることを知らず過去最高を更新し続けている。『未来のため、子孫のため』といっても変化なし。だから、いま世界は、気候変動は『自らのいのちそのものに関わる問題』であるという『プラネタリーヘルス』という新しい概念で認識して、なんとか気候変動に歯止めをかけようとしているのである。健康の社会的決定要因(SDH)と同じく、気候変動は、日本でも弱者にしわ寄せをする。私のかかりつけである前述の40代心筋梗塞後の派遣労働者である。

台風被害を、早期避難やハザードマップ作り、強靭な堤防作りなどで軽減することは可能である(適応策)。しかしながら、その上流、台風被害を大きくしている気候変動そのものを少しでも軽減させること(緩和策)も大切であり、その根本治療をもっと報道してほしい。
医療の本質は治療することであるが(適応策)、予防すること(緩和策)の大切さ抜きでは語れない。気候変動の予防対策抜きでは、下流での戦いでひたすら消耗戦である。今の、そして未来のいのちを守っていくために、根本治療が必要である。

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