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社員戦隊ホウセキ V/第144話;ホウセキレッド、復活!
前回
六月十日木曜日。十縷は平常通り出勤した。和都が居る筈の隣の席は、依然として空席だ。
しかし、今はそれが目に入っても気落ちなどしない。昨日の和都と光里からの電話、更には筋肉屋の大将との話が、十縷に力を与えていた。
(今まで僕を支えてくれたんだ。次は僕の番だ! ワットさんたちの分まで頑張る!)
その気持ちが彼を突き動かす。今日の十縷は一心不乱に働いていた。昨日から十縷を気にしている社林部長も、その様子に首を傾げるばかりだ。
(随分と回復が早いな。伊勢が戻って来るまでは、仕事にならんかと思っていたが……。いろいろと不思議な奴だ)
和都や光里の負傷の知らせに気落ちした昨日とは打って変わって、生き生きとした表情で仕事に臨む十縷。本当に不思議だったが、良いことには変わりない。
始業から暫くしてからだった。不意に社長の愛作がデザイン制作部に姿を見せた。愛作は社林部長の机に向かい、彼に話し掛けた。その主な内容は通常業務に関するものだったが、やはりこちらの話題にも触れた。
「伊勢は今日の午前中には退院する予定です。何の異常も無いんですが、商売道具の怪我だから念の為、入念に診ておこうって医者の判断で。復帰は明日からですね」
まずは、欠席の和都について情報を提供した愛作。そして和都の話をしたら、どうしてもこの人の様子も気になり、そちらに目が向いてしまう。社林部長もその思考回路は読んでいて、問われるより先に説明を始めた。
「熱田エロ助なら、問題無さそうですよ。昨日は仕事になってませんでしたけど、今日は大丈夫です。昨日、帰り際に伊勢から電話があったみたいで…。何を話したか知りませんが、それが発奮材料になったんでしょうね」
今回も、社林部長はちゃんと様子を把握していた。その話を聞いて、愛作は安心して頷く。
「昨日は良くない話が続いたから、気にしてたんですけどね…。心配無用なんでしょうかね。周りはしっかりあいつを支えるし、あいつ自身も弱くないし…。良い部下が揃うと、楽ができますね」
と、呟いた愛作。「全くです」と社林部長も頷く。
そんな感じで、ほのぼのとした時間が続いていた。しかし、この手の時間は得てして簡単に打ち砕かれる。愛作が右手の中指に嵌めた指環が、いきなり眩く発光を始めたのだ。橙色の警告灯のように。この光景を余り見慣れていない社林部長や一般社員は、思わず響動く。
場が騒然となる中、愛作は社林部長に一言告げて部屋の外に出た。
「ニクシムが現れた。動けるのは、北野と祐徳だけか? 厳しい状況だが、取り敢えず頼む。俺はまず、姫と合流して情報を集める」
愛作は指環を使って、時雨と伊禰に連絡をする。光里と和都は未だ入院中。そして、伊禰も右足の怪我が治りきっていない。
嫌なタイミングでニクシムに出現されたものだ。指令を出す愛作の顔は歪んでいた。
(二人に頑張って貰うしかないが、国防隊や警察の力でも借りなきゃ、流石に厳しいか?)
重い足取りで、寿得神社に向かおうとする愛作。しかし、その時だった。
「社長! 一つ宜しいでしょうか!?」
不意に愛作は後ろから呼び止められた。振り向くと、そこには十縷が居た。凛々しい顔で、しっかりとこちらを見据えた十縷が。
十縷の姿に愛作は驚きつつも、同時に頼もしさを覚えた。そして、十縷は愛作に告げた。
「ニクシムが出たんですよね? それなら、僕に赤のホウセキブレスを渡して貰えませんか? 僕も行きます!」
力強い声で、十縷はそう言った。
愛作は圧倒され、最初は言葉が出なかった。そんな愛作に、十縷は勢いを維持したまま自分の意志を語った。
「ワットさんも光里ちゃんも…。隊長も祐徳先生もリヨモ姫も、みんな僕を支えようとして頑張ってくれました。だから、皆さんの努力に応えたいんです。いや、応えなきゃ駄目だと思うんです!」
紆余曲折を経て、十縷はそのことに気付いた。短く纏めた言葉の中に、十縷はそれを全て籠めた。そして、それはしっかりと愛作に伝わった。
(流石だな、ホウセキV。支え合い、互いを輝かせることができる。本当にお前らは最高のチームだ!)
愛作は静かに十縷に歩み寄った。そして懐から何かを取り出し、それを十縷に手渡した。
「これは…」
紛れもなく、赤い宝石を備えたホウセキブレスだった。一度は自ら手放したブレスを再び手渡され、少なからず驚く十縷。そんな十縷に、愛作は告げた。
「お前は絶対に、戻って来ると信じてた。よく自分から言い出してくれた。ありがとう」
ホウセキブレスを受け取った十縷は、愛作の顔をしっかりと見据える。愛作も勿論、真っ直ぐな視線を十縷に向けていた。
「知ってるとは思うが、今の社員戦隊の戦力ダウンは激しい。イエローとグリーンは動けないし、マゼンタも本調子じゃない。しかし、無茶だけはするな。できる限りのことをしてくれれば良い。頼むぞ、ホウセキレッド!」
力強く、十縷にそう言った愛作。十縷はその声に押される形になり、「はい!」と威勢よく答えるや走り出した。左手にホウセキブレスを装着しながら。愛作はその姿を見送ると、自身も寿得神社へと走り出した。
ホウセキレッド復帰の件は、すぐに時雨、伊禰、リヨモに伝えられた。当然、その知らせが彼らを勇気付けたことは言うまでもない。
『現れたのは昨日と同じゾウオ、氷の女王です。別の場所には同じ憎悪の紋章を持つヅメガも現れています』
リヨモが敵の情報を送って来る。氷結ゾウオはこちらより回復が速く、かつ憎悪獣を伴っての出現。悲観的な状況だが、リヨモは小さく鈴のような音を鳴らしていた。
十縷の復帰が、この悲観的な状況における希望になっていることは言うまでもない。それは、時雨と伊禰に関しても同じだった。
『憎悪獣の方は、俺とマゼンタがハバタキングで対応する。ゾウオの方には、レッドが向かってくれ。手強い相手だが、無理に倒す必要は無い。あくまでも被害者を逃がせば良いから、無理はするな』
寿得神社の駐車場へと走りながら、時雨は役割分担を決めて通信を入れる。その声は十縷にもしっかりと届き、「はい!」と気風の良い返事をさせる。
『ついにホウセキレッド復活ですわね。待っておりましたわよ。必ず生還して、一緒にリンゴ頂きましょうね!』
同じく寿得神社の駐車場へと向かっているだろう伊禰が、そんな通信を入れて来る。実務に直接関係ないが、こういう言葉はそれなりに十縷の心を刺激する。十縷は思わず泣きそうになったが、何とか堪えて必死に走った。
今回は特別で、寿得神社の駐車場からキャンピングカーで出動という形式を取らなかった。駐車場に集まったのは時雨と伊禰だけで、十縷は男子寮に戻ると私物のサイドカーに乗り、それを現地への足とした。時雨と伊禰は駐車場に着くやすぐにそれぞれのイマージュエルを召還し、憎悪獣の出現した場所へと一気に飛んだ。
ゾウオの出現を感知してから数分後、愛作は寿得神社の離れに到着した。そこでは既にリヨモがティアラを使い、敵の情報を集めている。
「愛作さん。ハバタキングは既に憎悪獣の出た場所に到着しました。ジュールさんの方は、ゾウオの出た場所に向かっている最中です」
入って来た愛作に、リヨモは現状を伝える。愛作はティアラの投影する映像を凝視する。
「憎悪獣が現れたのは、田間の貯水池か。ゾウオの方は津木路の市場。どっちも嫌な場所に現れたな。兵糧攻めか?」
相手の出現した場所は、それぞれ生活用水と食料を司る場所。インフラを狙ってきた相手に、愛作は顔を歪める。リヨモも、耳鳴りのような音が止まらない。
「大変なのは確かですが…。皆さんなら、何とかしてくださいますよね。五色のイマージュエルに選ばれたシャイン戦隊なら…」
リヨモが祈るように眺めるティアラの映像では、頭巾を被った地球人の女性の金細工を額に備えた氷結ヅメガに、ハバタキングが挑んでいた。
ゾウオや憎悪獣の戦いは、勿論ゲジョーも撮影して映像を小惑星に送っている。ゲジョーは女子高生に扮して何処かの高層ビルの屋上に潜伏し、タブレット端末を操作していた。
タブレット端末の画面には、津木路の市場で暴れる氷結ゾウオ、田間の貯水池でハバタキングと交戦する氷結ヅメガの映像が、それぞれ表示されている。タブレット端末で操作するドローンを、付近に飛ばして撮影しているのは明らかだった。
この映像は、遥か彼方の小惑星まで送られる。その映像を見ながら、ニクシム幹部は賑やかに盛り上がっていた。まるで、勝利を確信しているかのように。
「あの短期間で回復するとは、なかなかの憎しみだな。氷結ゾウオ。シャイン戦隊と戦いたかっただろうが、地球人共の恐怖をニクシム神に捧げるのも重要な仕事だからな。しっかり頼むぜ」
市場で暴れる氷結ゾウオの映像を見て、スケイリーが語る。手当たり次第に市場関係者を襲うその光景からは、氷結ゾウオの計り知れない憎悪心と襲われる側の猛烈な恐怖が十二分に伝わって来た。
「ゾウオと憎悪獣なら、被害の大きい憎悪獣を優先するのは当然だろうが…。あの想造神では、氷結ヅメガは倒せんだろうな。赤のイマージュエルを抜いた合体では、大した力は出せん。加えて、紫の戦士が本調子ではないしな」
ザイガは、田間の貯水池で展開される氷結ヅメガとハバタキングの戦いを見ながら、そう分析した。
ザイガの言う通り、この戦いは余り戦いになっていない。凍り付いた貯水池の上を氷結ヅメガが自由に飛び跳ね、ハバタキングは空を舞いながらそれを避けているだけ。
互いに相手の出方を窺っているのではなく、攻め手を欠くハバタキングと挑発する氷結ヅメガという構図になっていた。
「それはそうと、赤の戦士はどう動くのじゃろうか?」
マダムが思い出したように呟いた。この発言が水を差すのような形になり、スケイリーもザイガも少し静まった。
「前は出て来なかったが、いつまでそうしているのだろうか? とな…。あの者がまだ地球のシャイン戦隊に仲間意識を抱いておったら、この状況で黙ってはおらぬじゃろうからな。どう動くのか、気になるところじゃ」
マダムの指摘は的確だった。彼らは一度、赤の戦士こと十縷をニクシム側に引き込んだ。その時、ザイガの過去を見せ、マ・スラオンがどれだけ悪辣だったのかを知らしめ、十縷はそれに共感した。
しかし、十縷は同じシャイン戦隊である光里や和都に悪い感情を抱いた訳ではない。むしろ、彼に対する仲間意識が深層心理に残っていたから、彼はシャイン戦隊側に引き戻された。
ザイガの見方はマダムとは違った。
「一度憎しみに染まった奴を、心の狭い地球人たちは受け入れぬだろう。と、以前は貴方様が仰っておられましたが…」
ザイガが引用したのは、苛怨戦士になった十縷が元に戻った時、マダムが悔し紛れに発した言葉だ。
確かに当時のマダムはそう言った。本気でそう思っていた。しかし、今になってマダムは少し考えを変えていた。
「そうじゃったな。そうならば、こちらにとって好都合じゃが…」
マダムは口ではそう言ったものの、心の中では警戒を続けていた。
(地球人を一纏めにして考えるのは危険じゃ。特に緑の戦士、あの者は不気味じゃ。ゲジョーやザイガにも変な影響を与えておる)
マダムが気にしていたのは、厳密には十縷ではなく光里だった。度々、自分と似ていると言われる光里。薄っぺらい綺麗事としか思えない彼女の言葉は、さりげなく周囲に多大な影響を与えている。加えて、光里には敵対する者すら受け入れる寛大さもある。
そんな光里が、一度は憎しみに染まった十縷にどんな影響を与えているのか? マダムは密かにそれを警戒していた。
次回へ続く!