理系女と文系男/第19話;文化祭当日
ケイは誰にも言わず、ツケルの悪行を記した文書を加他真理に載せた。
しかし、これは先生側に気付かれてしまい、加他真理は発禁処分となった。
お蔭で文筆部として文化祭で発表することがなくなった。クラス発表の当番はあったけど、去年まで文化祭当日に劇をやっていた身からすると、かなり空き時間が増えたと感じられた。
文化祭は土曜日と日曜日の二日構成だった。
土曜日には古巣の演劇部の公演があったので、それを鑑賞することにした。
まあまあ愉しめた。劇を観た後は、かつての仲間たちと喋りまくった。かなり有意義なひと時を過ごせた。
問題は翌日の日曜日だった。
(午前中にクラスのお化け屋敷の当番があるけど、午後が暇なんだよね。この際、一回くらいは客として文化祭を満喫してみるか?)
そう。実は私、他のクラスや部活の発表をあんまり観たことが無かった。
劇が終わった後、謎の安心感で空っぽになり、何もしたくなくなっていたというのが正確だった。
しかし今年は状況が違う。余力があるので、私は客になる気マンマンになっていた。
そして私は土曜日の夜、自宅にてある人物にメールを打った。
『君のせいで暇になった。責任を取ってもらう。明日、私と一緒に文化祭のいろんな発表を観て回ることを命ずる。これは女王からの命令だ』
誰に送ったメールなのか、察しは付くだろう。
そしてメールの受信者はすぐに『わかった』という簡素な返信を寄越してきた。
その簡素な返信を読んだ時、私は満面の笑みを浮かべ、気持ちが抑えきれなくて体を躍らせた。
かくして日曜日の午後。クラス発表の当番を終えた私は、一直線にある教室を襲撃した。
文系のクラスだった。
ここは目的の人物がいるクラスだ。ここで合流する予定ではあったが、まずはこのクラスの発表を客として愉しむことにした。
因みにこのクラスでは、『職業的精度を測定する』という内容の発表をやっていた。
職業は何でもOKではなく、用意された選択肢から選ぶシステムだった。
幼少時はアイドルを目指させられていた私は、タレントを選んだ。
その後、いろいろなゲームをしたりクイズに答えたりして、その職業の適正率を測っていくという内容になっていたけど…。
「まりか、タレントの適正率、30 %でーす!」
最後のクイズを担当した子から、楽し気に総合成績と不本意な結果を告げられた。私は堪らず絶叫した。
「あ゛ー気に入らん! と言う訳で、そこの暇人! この気分を何とかしろ!」
私は半ば強引な流れで、廊下でボーっとしていた男子生徒にそう呼び掛けた。
彼は鼻で笑いながら、私に歩み寄って来た。
「今日は絶好調だな。つーかお前、脚本家志望だろ? 悔しがる必要あるのか?」
彼は歩み寄って来ながら、私にそう言った。私は笑い返す。
「点数悪いと気分悪いじゃん。まあ、とにかく行くよ! 今日は愉しませてもらうから」
私はスキップ気味の歩き方で彼に接近した。そして対応してくれた子たちに礼を述べ、この男子生徒を連れて次の場所を目指した。
解っているとは思うが、この男子生徒は他でもない、ケイである。
ケイは文化祭のパンフレットを観ながら、私を先導して歩く。
「野外ステージで、森田が演武をやるのか。時間も丁度いいな。行くぞ」
ケイの提案で、私たちは正門前に組まれてステージに行くことになった。
正門前に組まれたステージでは、個人や部活ではないグループで申し込みをした人が何かしら公演をしていた。
ギターの弾き語りをする二人組の男子と、創作ダンスを披露する女子の集団が殆どを占めていたけど、一人だけ武術の公演をする子が居た。私たちの目的は、その演武の子だった。
彼の演武は、女子の集団のダンスの次に予定されていた。
私が野外ステージに着いた時、その子たちのダンスが丁度終わった頃だった。踊りではなく時折見えてしまうものを狙っていた男子たちが、ゾロゾロと退却していた。
お蔭で席が空いて、私たちは前の方に陣取ることができた。
「森田は器械武術をやってるらしい。中一の時から、毎年演武をやってるらしいな」
席に座るや、ケイが演武の子について講釈を垂れた。
友達の少ないケイが森田君について語れるのは、タケ君が森田君と交流があるからだった。
という訳で、タケ君もこの演武を観にやって来た。
「おおっ。ケイにまりか! 二人も観に来てたのか?」
手を振りながらこっちにやって来たタケ君は、私たちの隣に座った。
因みに客席は背凭れの無い安っぽいベンチが並べてあるだけというもので、壊れそうで怖かった。
程なくして司会役の子の紹介で森田君がステージに上がった。彼は旅行バッグみたいな大きな鞄を持っていて、この中にいろいろと武器を入れていた。
森田君はまず鞄から武器を出し、その武器の解説をしていた。それから演武が披露された。
「凄い! めっちゃカッコいい! 森田くぅぅぅぅぅん!!」
森田君の華麗な動きは、変身ヒーロー好きの私の目を奪った。
カッコいいBGMに合わせて、三節棍、ヌンチャク、トンファー…と、代わる代わる違う武器を操り、時折蹴りも織り交ぜながら、森田君は華麗に舞っていた。
その姿に私は絶叫しまくる。しかし私は少し冷静で、偶にケイの表情を確認していた。
(嫉妬してよ! 他の男に私が狂ってんだよ!?)
ケイはそこそこの笑顔で森田君の演武を観ていた。正直、不本意だった。
できれば嫉妬して欲しかったけど、ケイが嫉妬したら面倒くさそうだから、これはこれで良かったんだろう。そう思うことにした。
森田君の演武が終わった後、私とケイはタケ君と別れて、講堂に向かった。
講堂では、音楽系の部活が演奏を行っていた。
次は軽音部の演奏が予定されていて、今はその待ち時間という状況だった。
「軽音部のタクヤ君、唄うとカッコいいのかな? 楽しみだな」
タクヤ君は私のクラスメイトだった。
またケイが嫉妬するのを期待して、私は敢えて男子のことを「カッコいい」と言ってみるのだが、ケイは余り私の期待した反応をしなかった。
「そのタクヤ君って人、知らねえんだよな」
と、素っ気ない返事をするだけだった。
そんな会話をしているうちに、講堂に到着した。ここでも運良く、前の方の席を陣取れた。
待ち時間をそこそこに、軽音部の皆さんが壇上に現れ、いざ演奏…というかライブが始まった。
「きゃあああああああっ!!」
私をはじめ、何人かの生徒たちは壇上の真下に駆け寄り、叫びながらピョンピョン忙しなく飛び跳ねる。私はよく解らなかったけど、皆がそうしていたから真似をした。
ケイは参加しないのかと思ったけど、意外にも私の隣で同じように飛び跳ねていた。
叫びながら跳び続けるのは、結構キツかった。
だけど凄く愉しかった。
「タクヤくぅぅぅぅぅん!! 最高ぉぉぉぉぉっ!!」
ライブが終わった時、私は思いっきりそう叫んだ。
私の叫び声を聞こえると、タクヤ君は私の方を向いて手を振った。私も手を振り返し、そしてケイの表情を確認した。
(ほら、嫉妬して! そうしたら、私は怒るから!)
などという私の愚かな算段に、ケイという男は本当に付き合ってくれなかった。
「よく知らん人だけど、タクヤって人の歌、確かに良かったな」
ケイは純粋にライブを堪能していたようだ。私としては、ちょっと期待外れの反応だった。
その後、私たちは家庭科室に向かった。お目当ては、料理部が発表として出してくれるお菓子や飲み物だ。
しかし飲み物とお菓子が目当てと言うより、実のところ何か飲まないとツラいくらい喉が枯れていた。いや、そんなものではない。
唾液腺が痛くなっていた。
「疲れたー! 足も痛い…。凄い運動量だったんだね…」
家庭科室に着くや、私は客席用の調理台に突っ伏した。私の隣に座ったケイも「疲れた」とは言っていたが、私と違って反応が薄かった。
ちょっと待っていたら、チョコバナナとミックスジュースが運ばれてきた。私たちはお金を出して、これを頂いた。割り勘だった。
「ふー。生き返るー!」
疲れていたから、チョコバナナもミックスジュースも最高に美味しかった。
「疲労は最高の調味料だな」
ケイも飲み食いしながら講釈を垂れ、そして頷いていた。
私は横を向いて、ケイの顔を見た。思ったより幸せそうな表情だった。その顔を見ていると、私も嬉しくなってきた。
「発禁になって良かった。でなきゃ、こんな風に文化祭を愉しめなかったからさ。良い思い出ができて、本当に良かった」
まず私は、ケイに配慮の無いKY極まりない発言をした。
本当に今日は愉しかった。加他真理が発禁になった怪我の功名だと、私は痛感していた。
ケイは勿論、私のKY発言にいい顔をしなかった。
「お前、デリカシー無いよな。普通、“ 今日は愉しかった ” だけにしとくもんだろ?」
そう言ってきたケイに、私はニンマリと笑ってみせた。
「来年は絶対に加他真理を出すよ。ラストチャンスなんだから。今年よりも良い文を書いて、今年よりも良い機関誌を作る。今日はその為のエネルギーを蓄える日! 頑張ろう!」
まさか私が急にこんなことを言うとは思っていなかったのだろう。ケイは最初、驚いたように固まっていた。だけど暫くすると、優しい笑みを浮かべた。
「そうだな。その通りだ。次こそはツケルに邪魔されず、成し遂げたいな。次がラストチャンスなんだから」
ケイはチョコバナナを食べながらそう呟いた。強く決意をするように。
私はその言葉に、深く頷いた。
その後、文筆部の活動をさんざん妨害してくれたツケルは急におとなしくなった。だから、私たちは安心して活動ができた。
高三になると大学入試が控えているから、高二の時ほど部活には力を入れられなかった。
文筆部に新しい部員が入って来ることもなかった。
結局、初期メンバーの四人で活動を続けた。
一年後の文化祭で、ようやく加他真理は日の目を見ることとなった。
文書は全て一年前とは違う、新しい加他真理だ。
私たちの活動の成果が形になって、本当に凄く嬉しかった。
気付いたら私たちは高校の卒業式を迎えていた。
私たちが作った文筆部は、私たちの卒業後に誰か部員が入ることはなく、私たちの卒業と共に消滅した。
私とシュー君は地元の大学に、ケイとタケ君は他地方の大学に、それぞれ進学した。
全員、違う大学に進学した。
バカ騒ぎしたり、変な奴に搔き乱されたり、仲間意識を確認したり…。
毎日、当然のように顔を合わせて苦楽を共にした私たち四人は、それぞれ違う道を歩むことになった。
それでも心は繋がってる。私はそう信じていた。
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