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理系女と文系男/第18話;発禁処分

ケイは私の心から、ツケルに痴漢された不快感を取り除いてくれた。だから修学旅行を愉しむことができた。

修学旅行から帰って来た後も、自然に日常を過ごせた。
次々に襲い掛かってくるテストに追われて勉強し、返される答案に一喜一憂する。

文筆部は、相変わらずツケルの動きを警戒しながらやってた。
だけど、家までついて来られたとか、殴られたとか、痴漢されたとか、そういう話は意外に聞かなくなった。尤も、そういう情報が私の耳に入らなくなっただけかもしれないけど。


機関誌・加他真理かたまり|を文化祭で発行するべく、私たち文筆部は頑張っていた。

私は『ペーパーレス化の方が実は資源を浪費してる』のタイトルで、紙の書籍が電子より優れていることを数字で示す論文をなんとか書き上げた。

ケイたち三人もそれぞれ、自分の文章を書いていた。夏休みが終わる頃には全員が一つ以上は作品を仕上げた。

原稿は部長のタケ君がまとめて、一応全て顧問の先生に見せた。文章は全て問題無しとのお墨付きをもらえた。文化祭まであと十日くらいという、ギリギリのタイミングだった。
後は冊子にして印刷するだけだ。この作業は学校の印刷機を借りてやる予定だったけど、ここに来てケイが一肌脱いだ。

「学校の印刷機だと、他の人たちも使うから混雑するだろ。親父の会社の印刷機が借りれるから、そっちで刷っておこうか?」

確かに文化祭の直前は印刷物が多く、学校の印刷機は混雑する。ケイの提案はありがたかった。タケ君はこの提案に乗り、原稿をケイに託した。
かくしてケイの会社にて、加他真理は印刷されることとなった。


事は順調に進んでいた。加他真理は文化祭で日の目を見る。
私は期待に胸を躍らせていたんだけど…。

文化祭がその週の土曜日まで迫って来たあの日のことだった。確か、水曜日か木曜日だった気がする。
三時間目と四時間目の間の休み時間、私は廊下で顧問の先生に声を掛けられた。

「まりか! 良かった、部員が捕まって…。今日の放課後に職員室まで来るよう、他の三人に伝えてもらえないか? 文筆部全員に言わなきゃいけないことがある」

多分、顧問の先生は授業を終えて職員室に戻る途中だったんだと思う。
それはそうと、先生はいつものようにヘラヘしておらず、真剣な表情をしていた。私はその表情に不穏な気配を感じずにはいられなかった。

(つまり緊急招集? 全員? しかも今日? 何があったの?)

私は疑問を抱きながらも、「わかりました」と先生に返した。


急な呼び出しだったけど、誰も欠けることなく放課後に集まることができた。

職員室前の廊下で先生に声を掛けてもらうのを待っている間、私たちは「何なんだろうね?」と雑談していた。いや、正確には私とタケ君とシュー君だ。
ケイだけは、この会話に入って来なかった。表情もポーカーフェイスだった。

程なくして顧問の先生が現れた。

「応接室に来てくれ。ちょっと全員に聞きたいことがある」

先刻会った時と同じで、顧問の先生は厳しめの表情をしていた。手には、加他真理と思しき、簡素な冊子を何冊か持っていた。
これだけでも不安を感じさせられたけど、それ以上に気になることがあった。

(え? ピー先生? どうして?)

何故かピー先生も一緒だった。
本当に謎で、私は首を傾げた。タケ君やシュー君も、私と同じような反応をしていた。だけどケイだけは少し違った。

「失敗したか…」

ケイがそう呟いて苦笑いしていたのを、私は確認した。だけど、何も訊かなかった。
黙って二人の先生について行った。


応接室は、初めて顧問の先生と顔合わせをした時に集まったあの部屋だ。私がこの部屋に来るのは、タケ君がツケルに殴られたのを報告した時以来だ。

今回は、先生が二人で生徒が四人。机に設置された椅子は四つしかないので、パイプ椅子が二つ設置された。生徒側の四つ目の椅子は、机からはみ出した位置に設置される。初めての顔合わせの時と同じだ。で、ここに私が座らされたのも、あの時と同じだった。

また注意しないと、スカートの中を見られてしまう…と思ったのは一瞬。
話が始まると、そんなことを気にしている余裕は無くなった。

「単刀直入に訊くけど、これを書いたのは誰だ?」

顧問の先生はそう言いながら手にしていた冊子を開いて、一冊ずつ私たちに差し出してきた。
やっぱり冊子は加他真理だった。なんだけど…。開かれていたページに書かれていた文章は、私が把握していない内容のものだった。

「え? 何これ?」

私は思わず、そんな声を漏らしてしまった。
そのページは巻末近くだった。見出しと思しき冒頭の太字には、こう書いてあった。

『阿戸尾ツケルの悪行を告発する!』

その見出しに続く文章には、今までツケルが私たちに加えた危害の数々が記されていた。

入部希望と称してミーティングに乱入し、シュー君に言い掛かりをつけてきたこと。シュー君の帰路をつけ回し、家までついて来た挙句、何時間も家の周りをウロついていたこと。タケ君をトイレで奇襲したこと。そして、私に痴漢をしたこと…。

私たちの名前は伏せられていたけど、ツケルは本名を晒されていた。

「知りません。集めた原稿には、こんなのは入って無かったんですけど…」

明らかに狼狽していたタケ君が、二人の先生にそう言った。私とシュー君は頷くことで、「私も知らない」と意思表示した。だけど、この人は違った。

「俺が書きました」

ケイが躊躇う様子も無く、さらりとそう言った。
その言葉を聞いて、顧問の先生は苦虫を嚙み潰したような表情になった。その隣のピー先生は鋭い視線を更に鋭くして、ケイに突き刺す。

だけどケイは全く動じていなかった。隣の私は、その横顔をはっきりと見る形になったけど、ケイは真剣な表情で先生たちの方をしっかりと見据えていた。
俯いたり、私の足や顔ばっかり見たりして、先生を怒らせたあの時とは明確に違った。

「何で、こんなものを書いた?」

顧問の先生が少々怒りを滲ませながら、ケイに訊ねる。ケイは先生の方を見据えたまま、明瞭な声で語った。

「あいつの悪行を周知させる為です。これだけのことをやって無罪放免なんて、あり得ませんから」

如何にもケイらしい発言だった。

ケイはそのまま語った。この文章は誰にも見せず、秘密裏に書き進めたと。原稿もタケ君には渡さなかったと。お父様の会社の印刷機を使う時、初めてこの原稿を他の原稿に混ぜたのだと。

「だから印刷役を買って出たんですよ。学校の印刷機でやったら、バレますからね。こいつらに言わなかったのは、言ったら誰かには反対されるだろうって思ったからです。そうでもして、俺はツケルをぶっ潰したかったんです」

ケイは一連の経緯を堂々と語った。私には納得できる内容だった。多分、タケ君とシュー君も私に近い感想を抱いたんだと思う。

だけど、顧問の先生は首を縦に振らなかった。

「どうしてツケルを刺激するような真似をするんだ? そもそも、お前がやられたことでもないだろう?」

先生なりにケイを諭そうとしていたのは解った。だけど、先生はケイの人柄を正確に把握できていなかった。

「やられたのが俺じゃないから、やったんです。あいつにやられたのが、シューやタケだったから。まりかまでやられたから…。だから、許せなかったんです」

このケイの言葉を聞いた時、不覚にも私は目から涙を零してしまった。

ケイは友達が少なかった。はっきり言って、私たち以外にいるんだろうか? そんなレベルだった。だけどその代わり、友達を大事にしていた。

だから、中学の時から私の自作小説を読んでくれていた。
だから、私に話を合わせる為に戦隊やライダーを観るようになった。
だから、私が宗教勧誘に引っ掛かった時、助けてくれた。

もしかしたら本当に友達を大切にしたいから、手を伸ばせる人数には限りがあるから、だから友達を絞っていたのかもしれない。私はそう思えてきた。

(なんだよ、こいつ…。変なところでポイント押さえやがって…)

なんか悔しかった。この感情が。そして、私は修学旅行の時に聞いた、ケイの言葉も思い出した。

「例えば、この船が沈没したとしてさ…。他の乗客が全員死んでも、お前一人が助かればそれでいい。俺、本気で思ってるんだよな」

        

そう。ケイはそれくらい、私を大事に思っていてくれたんだ。確かに言葉は過激だし、今回のやり方も乱暴だ。私の好きなヒーローたちには程遠い。
だけど、何だろう? 近いものは持っている気がした。

しかし、顧問の先生は私と同じようには思わなかった。

「だからって…お前が制裁を加える立場じゃないだろう?」

そう顧問の先生は言って更に言葉を続けようとしたけど、ここに来て黙っていたピー先生が動いた。ピー先生は顧問の先生を軽く制すると、鋭い眼差しをケイに向けながら告げた。

「結論を言うと、この機関誌は発禁だ。もう、これは決定事項だ」

発禁の一言に、私は息を呑んだ。タケ君とシュー君も同じだった。
ケイはこれに反論した。

「ツケルの悪事の告発文が気に入らないなら、そこだけ除けばいいでしょう? こいつらは何も知らなかったんです。全部、俺一人でやったんですから」

相変わらずケイはポーカーフェイスだったけど、口調は少し荒くなっていた。
すると対抗するように、ピー先生も声を少しだけ大きくした。

「そんなに仲間が大事なら、こんなこと書かないで済むように立ち回れよ! やられてから文句書いたって、意味ねえだろ! お前は誰も守れなかった! 違うか?」

痛烈で辛辣な言葉だった。さすがのケイも言い返せず、「はい」と力なく呟いた。
私も辛かった。さっきから泣いていたけど、涙の意味合いが変わった。

私たちが静まると、ピー先生は表情から鋭さを緩めた。

「まあ、生徒を守れなかった俺らが、偉そうにホザくのも間違ってるんだがな。お前にこんなことさせちまって、済まなかった」

ピー先生はそう言って、頭を下げた。私は驚いた。どう反応したら良いのか、わからないくらい驚いた。ケイたちの反応を確認できないくらい、驚いた。
そして、そのままピー先生は続けた。

「西野。ここからは俺個人の見解だ。仲間の為の行動だった点、暴力に走らなかった点。この二点だけは認めてやる。だけど、この二点だけだ。隣のバカ女を泣かしてんじゃねえ。大事なら二度と泣かすな」

このピー先生の言葉を最後に、この会は終わった。


そんなこんなで、ケイが秘密裏に画策した作戦は失敗に終わった。
それどころか加他真理そのものが発禁処分となってしまった。私たちの文章は発表の場を失った。

だけど、誰もケイを責めなかった。
これは彼なりに奮闘した結果だったから。私たちにその気持ちを否定する気は無かった。


手段はどうあれ、仲間を大事に思うケイの心は、確実に私の心を突いた。

この人について行きたい。この人を支えたい。

これからずっと。

この日から私は、そう思うようになった。


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