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朝寝坊は三文の徳・後編【社員戦隊ホウセキ V・番外編】

前編


 俺は綾町あやまちかい関東かんとう科学かがく大学だいがくの二年生だ。

 江戸えど大学だいがくに合格できる実力を持っていたが、入試で8+7を13としてしまったせいで江戸大学に届かず、レベルの劣る私大・関東科学大学に進学した。

 だけど、そんな俺を同じ大学の同学年のクソ女が侮辱した。

「足し算でミスってるような人が、江戸えどだいなんか受かる訳ないでしょう? 入試のことなんか、いつまでもグチグチ言ってんじゃないよ!」

  

 怒りと悲しみに打ち震えた俺は、たまたま怪しいサイトを見つけた。

 憎い人間を呪い殺してくれるというサイトだった。

 あのクソ女に制裁を加える機会を見つけた俺は、迷わず呪詛を申し込んだのだが…。


 呪詛の当日、六月四日の金曜日、寝坊してしまった。


 だが、呪えないなら自力で殺せばいい。
 そう考えた俺は、大学に放火してクソ女を始末しようと考えたが…。

 今度は知らないオッサンに見つかってしまい、放火を妨害されてしまった。


「誰だよ、あんた?」

 俺からライターを奪ったオッサンに、俺は訊ねた。オッサンは即答した。

「近くで飯屋やってるオヤジだ」

 オッサンは名乗らなかったが、いろいろ喋った。

 ピカピカ軍団のヘリが上空を通過した時、オッサンが道で俺と擦れ違ったこと。その時、俺がヤバいことを企んでいると直感的に覚って、密かに俺の後をつけていたことを。

「予感的中って訳だ。それよりお前、朝飯食ってねえだろ。ついて来い。まずは飯だ」

 オッサンはそう言うと、俺の手を掴んで歩き出した。力が強くて、俺は抵抗できなかった。

 俺はオッサンに連行される形で、大学を後にした。


【筋肉屋】
 看板にそう書いてあった。
 ここがオッサンの店だった。それなりの繁華街の一角に構える、あんまり大きくない店だった。

 俺は投げ込まれるように、明らかに開店前の店内に連れ込まれた。


「お前、名前は? 関東科学大学の学生なのか?」


 オッサンは俺をカウンター席に座らせると、自分は厨房へと進入した。

 俺は問われたままに答えた。

 オッサンは俺の返答を聞きながら、調理を始めた。


かいって言うのか。なあ、改。どうして学校を燃やそうとしたんだ?」

 調理をしながら、オッサンは俺に訊ねた。

 やはり訊かれるか…という気分だった。
 俺は正直に話した。


 俺には江戸大に受かる実力があったが、運悪く不合格になってしまい、関東科学大学に進学した。

 しかし、その進学先でクソ女に侮辱された。

 そのクソ女に制裁を加える為に、たまたま見つけた呪詛のサイトに申し込んだが、寝坊してしまった。

 だから、自力でクソ女に制裁を加える為に、大学に火を放とうしたと。



「できたぞ。多分、食は細い方だろう? こんなモンで良いか?」

 俺が話し終わった時、オッサンは料理を差し出した。

 ぶつ切りにした大きめの豆腐が乗った簡単なサラダと、しじみのお吸い物だった。

 丁度、腹が減っていたから、俺はこれを頂くことにした。


 量が少なかったから、すぐに食べ終わった。


 俺が食べ終わると、オッサンは喋り始めた。

「朝寝坊は三文の徳ってヤツか? 【人を呪わば穴二つ】って言うからな。お前がその女の子を呪わなくて、本当に良かった。大学も燃やさずに済んだし」

 俺はその言葉を聞いて、黙っていられなかった。

「俺がこんな酷い目に遭ったのに、復讐できなくて良かっただと? ふざけんな!」

 俺は怒りを抑えて、声を荒げずにそう言った。

 そんな俺をオッサンは鼻で笑った。

「何が酷い目だ? 本当のこと言われただけだろう? 怨むほどのことかよ」

 オッサンはクソ女と同じで、俺を愚弄しやがった。温厚な俺でも怒りを禁じ得ない、酷い発言だ。

「あんたは、人の気持ちが解らないのか!? 俺が傷ついたのに!?」

 俺は机を叩きながら立ち上がった。店内には大きな音が響いた。

 俺はオッサンを睨み付けたが、オッサンは悠然と構えて動じなかった。

「俺も女の子と同じ気持ちだ。グチグチ言ったって、何も変わらねえだろう? 実力があるって言うなら、今の大学で頑張って、実力があるって証明しろよ! 呪い掛けたり、学校を燃やしたり。そんなことして、おまえに実力があるって認めてくる人が居るとか、本気で思ってんのか!?」

 オッサンは俺を真っ直ぐに見たまま、そう言った。もの凄い大きい声だった。

 俺は圧倒された。何も言えなかった。


「昔のことにばっか囚われんな。今の場所で何ができんのか。それだけ考えろ。親御さんだって、高い学費払ってくれてんだろ? 無駄にすんな」

 気付いたら、俺は涙を流しながら歯軋りしていた。

 大卒かどうかすら怪しいオッサンに、なんで俺が説教されてんだ?

 綺麗事ばっかり抜かしやがって。何だよ、このクソジジイ!


「ちょっと聞いただけで、知ったような顔すんじゃねえよ…」

 俺はそれしか言えなかった。それだけ言って、俺はオッサンの店を抜け出した。

 オッサンは俺を追って来なかった。


 オッサンの店を抜け出した俺は安いアパートの部屋に戻った。

 何もしなかった。殆ど動かず、廃人のように部屋の中で一日を過ごした。


 悔しかった。
 認めたくなかった。
 俺はこんな程度じゃない! もっと凄い奴なんだ!

 そう思われたい! 俺は凄いって、みんなに言わせたい!


 だけど…。

 学校サボって呪いなんか掛けようとした奴なんか、誰が凄いって思うよ?
 寝坊して呪いに参加できず、学校を放火しようとした奴なんか、誰が見上げるんだよ?

 頭の良い人間のすることか?


 少しずつ、俺の気持ちは変わっていた。


 時間だけが流れた。腹が減ったら適当に菓子を食べた。

 いつの間にか寝てしまっていて、起きてから自分が寝ていたことに気付いた。


 日付は六月五日の土曜日になっていた。

 起きた後も、寝る前と同じように空虚な時間を過ごした。

 腹が減ったら菓子を食べた。


 気付いたら、日が沈みかけていた。
 カーテンの隙間から覗く空が朱くなっていたので、俺はそのことに気付いた。


「あのオッサンの店に行ってみるか」

 そんな考えに至った理由は自分でも理解できない。

 だけど、何故か期待していた。

 あそこに行ったら、何かを掴めるかもしれないと。


 土曜日の繁華街は、まあまあの人通りで賑わっていた。楽しそうな喧騒の間を、俺は無言で歩き続けた。


 看板が見えた。

【筋肉屋】
 オッサンの店だ。俺のアパートと大学の中間点くらいに、オッサンの店はあった。

 手動の引き戸を開けて、俺は店内に足を踏み入れた。


 夕飯時だったが、店の中は空いていた。先客は、二人しか居なかった。

 だけど、その二人を見た時、俺は衝撃を受けた。


 二人は、ラグビーでもやってそうな、逞しく厳つい体格だった。
 この店の常連らしく、オッサンとは親しそうに話していたけど、その雰囲気には独特な重さが感じられた。

 そりゃそうだ。二人のうち、片方は車椅子だった。よく見ると、車椅子の彼は片足が無かった。


網野あみのスタジアムでドロドロ怪物に襲われて足を吹っ飛ばされた時は、もう死にたくなりました。でも、大将のお蔭で考えが変わりました」

 足を失った車椅子の彼はオッサンのことを【大将】と呼び、目に涙を浮かべながら話していた。

 俺は少し話を聞いて思い出した。


 大学のアメフト部の試合にドロドロ怪物が現れて、多数のアメフト部員が手足を失う重傷を負わされた事件があったことを。

 余り日が経っておらず、記憶に新しい事件だった。
 今、俺の目の前にいる彼は、まさにその事件の被害者であることも、すぐに理解できた。

「おおっ、改じゃねえか! 食いに来てくれたのか? 取り敢えず、まずは体重を測れ!」

 オッサンは俺に気付くと、話を中断して俺に対応した。
 俺はオッサンの指示通り、店にあった体重計に乗って、表示された数字をオッサンに申告した。
 この店では、客の体重に合わせた適正量のタンパク質を提供するみたいだ。

 だけど、食い物のことはどうでもいい。今の俺は、片足を失った彼にしか関心が無かった。
 俺は彼らと席を二つ分くらい隔てた位置の、カウンター席に座った。そして、オッサンと彼らの話を横で聞き続けた。


「俺、車椅子ラグビーに挑戦しようと思ってます。今の自分ができることに、全力投球するつもりです。まだ、あの時のことを引きずってる奴は沢山います。だけど…だから、あいつらに見せたいんです。他の道でも頑張れるってことを。それが、あのチームの主将キャプテンとしての、最後の仕事なんだろうって…」

 足を失った彼は、アメフト選手としての未来を完全に絶たれた。
 だけど挫けずに、今の自分にできることを見つけて、前進しようとしていた。

「アメフトの夢は、こいつらに託します。俺たちの分まで、頑張って欲しいです。だから俺も、負けないように頑張るつもりです」

 車椅子の彼の印象が強過ぎて、俺は隣の人を殆ど意識していなかったが、よく見たら隣の人は五体満足だった。隣の彼は、俯きながら涙を流してた。

「そっか。流石は立也たつやだな。車椅子ラグビーでパラリンピックに出てやれ。直人なおと。お前らは、立也の意志を引き継ぐんだ。練習サボったりしたら、俺が承知しねえからな」

 オッサン=大将の言葉で、車椅子の彼の名が立也たつや、隣の彼の名が直人なおとだと判った。

 足を失った立也、惨劇を間近で見ただろう直人。
 その二人を大将は激励し、二人はそれに応えて次の道へ進もうとしていた。


 立也やそのチームメイトは夢を絶たれた。彼らに非は無い。無差別な攻撃で、一方的に被害を受けただけだ。
 それでも、その境遇を嘆くことなく、誰かを呪うこともなく、今の自分にできることを模索しようとしていた。


 それに比べて俺はどうだ?


 希望の大学に行けなかったのは、明確に自分の力不足だ。
 だけど、それを認めたくなかった。認められないくらい、弱かった。
 自分はもっと凄いんだ。そう思いたかった。

 だから、誇張した自慢話ばっかりして、自分は不当に低く評価されていると言い張り、とにかく自分を正当化しようとしていた。

 自分を認めない相手を、呪おうとまで考えた。


「俺、どんだけ幼稚なんだよ。ただのバカじゃん…」


 立也と直人、そして大将に出会って、俺はようやく事実を受け入れられた。

 気付いたら、目から涙が溢れていた。情けなさすぎる自分に対する悔しさの現れだった。


 俺の分の料理ができたらしい。大将が俺の前に料理を差し出してきた。

「できたぞ。改、しっかり食え」

 俺に声を掛けた大将は、凄く優し気な表情をしていた。

 俺は黙って頷いて、【蛋白質の塊】という名前の、一見すると普通の定食だが、栄養が偏りまくった変な料理を、俺は静かに食べ始めた。

 気持ちが昂っていた影響か、味は殆ど解らなかった。


 六月七日の月曜日。俺は大学に行った。先週の火曜日以来、一週間ぶりだ。
 呪詛に行こうとして寝坊した六月四日の金曜日と違い、ちゃんと一限目に間に合うように起きることができた。


 一限目の授業が始まる前、女子学生に声を掛けられた。基礎実験で、俺とペアを組んでいる女子だった。

「綾町君、いた! 先週、ずっと休んでたよね? 風邪でも引いたのかと思ってたけど、大丈夫そうだね」

 彼女は普通に話し掛けて来た。俺が休んでいることを、心配していたのだろうか? そんな口ぶりだった。
 彼女は先週、俺を怒らせた。だけど、もう俺の中に蟠りは無かった。

「まあ、ちょっとした病気みたいなモンだよ。もう、普通に通えるから。明日の実験も、問題なくできそうだ」

 俺も、普通に言葉を返した。彼女は「ふーん」と囁きながら、頷いていた。
 そんな彼女に、俺は言った。

「いつか絶対、俺が凄い奴だって認めさせてやるから。だから見てろよ」

 過去を誇張したくだらない自慢はもうしない。実績で見せる。
 俺なりの決意表明だった。

 しかし彼女は首を傾げていた。唐突にこんなことを言われたら、混乱するのも仕方ないよな。変なことを言っちまった。

 と、俺が思っていると…。


「それより綾町君。先週の金曜日、町田先生が突然倒たんだって。だから先週のレポートの提出先が村田先生に変わったんだ。レポートの期限は今日の五時までだって。お知らせが出てたから知ってるかもしれないけど、一応教えとこうと思って」

 サラりと彼女は重大なことを伝えてきた。俺は驚愕した。

 しまった。呪いやら放火やら、詰まらないことばっかり考えて、実験レポートのことを完全に忘れていた。

「え…マジで? 今日の五時? どうしよう?」

 俺は焦った。

 そんな俺を見て、彼女は苦笑していた。

「病気でレポートを書ける状態じゃなかったなら、仕方ないかもしれないけど…。まあ、どうするかと自力で頑張ってね」

 そう言うと、彼女は俺の元から離れて、女子のグループが集まっている席に向かって行った。


 まだまだ、凄いと思って貰える日は遠そうだ。

 いや、違う。

 誰かに凄いと思って貰えるかどうかは関係ない。今の場所でやれることを精一杯やる。その結果、誰かに凄いと思われるかもしれない。それだけの話だ。


 俺は道を間違えそうになった。

 だけど、朝寝坊に救われた。大将に引き止められた。立也と直人の姿勢を見た。

 俺は自分の過ちに気付いて、自分の弱さに向き合うことができた。


 ありがとう。

 今は、その気持ちで胸がいっぱいだ。

朝寝坊は三文の徳【社員戦隊ホウセキ V・番外編】;完結


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