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社員戦隊ホウセキ V/第92話;衝撃的なあの日

前回


 ニクシムによるジュエランド進攻の結果、同国の王女だったマ・カ・リヨモは地球に亡命せざるを得なくなった。あと約一ヶ月半で、彼女が地球に来てから一年が経つことになる。これだけの年月が経つと、リヨモにとって地球での暮らしが普通になりつつあった。

 お蔭で、普段は国と両親を失ったという事実を忘れて過ごすことができていた。


 五月二十九日の土曜日、この日の夜も普段通り、短距離走部の練習を終えた光里が寿得神社の離れを訪れてくれた。この日、リヨモは自室として利用している二階に光里を招き、部屋の中心に置いたソファーに座らせた。

「例の作品は、まあまあ仕上がってきたのですが……」

 部屋の壁に沿って並んだ本棚の上には、数多の造形物が陳列されている。リヨモはその中から一つの造形物を手に取り、光里に見せた。それを見て、光里は表情を明るくした。

「凄い! もう完成なの? 凄く綺麗だね!」

 光里が素直に称えたそれは、リヨモが制作した木製の彫刻だ。概要は、口を開いた二枚貝の上に、地球人の女性が立っているというもの。何処となくボッティチェリのヴィーナス誕生を思わせたが、女性の髪や目は黒く、和風の白装束を纏っていた。

「女性は日本人にしました。金髪で碧眼という地球人は、馴染みが無いので。服も着せておきました。日本の神話のような雰囲気が出ていれば良いのですが……」

 リヨモは制作の意図を説明した。光里は笑顔でそれを聞いていたが、ふとリヨモが出している音が気になった。

「何か悩んでるの?」

 何故か鈴のような音が小さく、代わりに歯車のような音が大きかった。光里に問われて、リヨモは頷いた。

「下の貝は真珠貝をモチーフにしていますが、問題は真珠です。何色にしようか、悩ましい次第で……」

 リヨモの悩みはそれだった。言われてみると、女性の足元には真珠を思わせる球体があった。そして、ここだけは彩色されておらず、木の色のままだった。

「真珠なら、白か薄いピンクか、思い切って銀か。その辺りでしょ」

 光里は単純にそう答えた。単純に真珠の色ならそれで良いが、リヨモは別の観点で迷っていた。

「確かにそうなのですが……。人物が白装束で、貝の裏側が薄い桃色なので、ここに真珠の色を当てたら同じような色ばかりで、面白みが無いと思いまして……。しかし奇抜な色も抵抗があり……。光里ちゃんならどうなさいますか?」

 色彩的な印象の観点で、リヨモは悩んでいた。
    さて問われた光里は、かなり困った。宝飾デザイナーではない彼女はそこまで美術品に精通はしておらず、適切な助言ができる程の知識は無いからだ。

「別の色? 緑とか青とか? どうだろう?」

 と暫く悩んだ末、結局はこんな思考に至る。

「こういうのさ、私よりジュールとかワットさんとか、芸術を勉強した人に訊いた方が良い気がするよ。明日の訓練の休憩の時に、二人に見せてみたら?」

 おそらく、これが安全牌だろう。リヨモも二つ返事で同意した。


 その後、光里とリヨモは小曽おそばけきよしの漫画の話で盛り上がったが、一時間ほどで光里は女子の社員寮へと戻った。

 光里が帰ると賑やかさも消え去り、寿得神社の離れは静寂に包まれる。リヨモは作品を本棚に置き、ふと窓の外に広がる夜空に目を向けた。

(星は宝石みたいで綺麗。地球に来なければ、この空は見えなかった……)

 自転軸の傾きの都合でジュエランドの北半球は日が沈まないので、地球に来てリヨモは初めて星空を見た。そろそろ見慣れてきたこの景色だが、それでも何故かこの空を見ていると妙な感傷に浸ってしまう。

(この向こうに、ジュエランドもあるのでしょうね。ニクシムも……。この空の向こうから、ゾウオたちはやって来る……)

 光里が帰った後、リヨモは悪い想像をすることが多く、それは今日も同じだった。彼女の体から、湯の沸くような音と雨のような音が響き出す。

(いずれザイガも来るのでしょうか? その時、光里ちゃんたちは……)

 怒りと悲しみが渦巻く中、リヨモの脳裏にはジュエランドでの最後の記憶と地球で出会った仲間たちの姿が、複雑に交錯していた。

 リヨモはあの日のことを忘れることができない。今のところ、いやこれからもずっと、彼女の生涯においてこれが最大の衝撃体験なのだろう。
 あれは、今のところリヨモがジュエランドで過ごした最後の日、ザイガと当時のシャイン戦隊がマダム・モンスターを討伐するべく、小惑星・ニクシムに向かった日から数日後のことだった。リヨモの父であるジュエランド王、マ・スラオンは実弟が主導する討伐隊からの連絡が無いことに焦りを抱いていた。

「今日も連絡が無いようなら、議会を招集して対応を協議する」

 その日、スラオンはそう決めた。
   しかし、その理由で議会が招集されることは無かった。思わぬ形で、ザイガからの連絡があったからだ。

「あれは何だ?」

 その時、スラオンは王妃のマ・ゴ・ツギロと共に城の中庭に居た。そこで二人は、衝撃的な光景を見た。青空に皹が走るとガラスのように砕け散り、七色の光が渦巻く穴が開いたのだ。
 スラオンとツギロ、更には多数の従者たちは驚き、鉄を叩くような音や耳鳴りのような音を鳴らした。更にその次の瞬間、彼らの驚きは更なるものとなった。

「何が出て来たんだ!?」

 一同が鳴らす、驚きや緊張の音は音量を増した。
 というのも、空に開いた穴から何かが飛び出して来たからだ。かなりの速さがあり、彼らはそれがどんな形なのか、確認できなかった。それらが地面に到達するまでは。

「まさか……シャイン戦隊か?」

 空に開いた穴から降ってきたのは、当時のシャイン戦隊の四人だった。亡骸となった。無残なその姿に、城の中庭は驚きの音と悲しみの音で包まれた。
 その中で、スラオンはこのことも気になった。

「ザイガは? ザイガは大丈夫なのか?」

 当時のシャイン戦隊は戦死した。ならば、同行したザイガはどうなのか?
 スラオンは弟の安否を案じてその姿を探そうとしたが、亡骸の中に黒耀石のような肌を持つ者は無かった。一先ず、スラオンは胸を撫で下ろそうとしたが、安堵するのはまだ早かった。

「何だ、これは?」

 当時のシャイン戦隊の亡骸の中に、一枚の石板が紛れていた。ジュエランドの文字が書かれた。スラオンはそれを手に取って刻まれた文を読んだが、その文面は彼を驚愕させた。
―――――――――――――――――――――――――
マ・スラオンに告ぐ

 我々は弱者救済結社・ニクシム。お前たちが伝説のダークネストーンと呼ぶニクシム神から力を授かり、悪者から虐げられる者たちを救う為に戦っている。我々ニクシムは、愚かな王家と不労民に苦しめられるジュエランド国民、並びに不当な迫害を受けている希少動物を救済するべく、ジュエランド王家と不労民を討伐することにした。我々はシャイン戦隊を倒した戦士たち、そして元ジュエランド王家の将軍・ザイガと共に、ジュエランドへの進攻を開始する。

弱者救済結社 ニクシム     将軍;マダム・モンスター
弱者救済結社 ニクシム 将軍;ザイガ
―――――――――――――――――――――――――
 スラオンは我が目を疑った。
 マダム・モンスターを討伐に行ったザイガが、あろうことかマダム・モンスターと結託し、ジュエランドを襲撃しようとしていたのだから。

「ザイガが裏切った? どういうことだ? 何故だ?」

 スラオンの体から、鉄を叩くような音が大きく鳴り響く。
 ザイガが国を裏切った動機や理由が、スラオンには全く理解できない。記憶の中を探してみても、思い当たるような節は全く見つけられない。
   強いて言えば…。こんな可能性がスラオンの脳裏を過った。

(想造力や武芸に秀でた自分の方が王に相応しい…。ザイガよ。まさか、そんなことを考えたのか?)

    ザイガの有能さは、兄のスラオンが最も認るところだ。まさか、その有能さがザイガに変な気を起こさせた?
    確証は無いが、ザイガが裏切る理由はそれくらいしか浮かばなかった。スラオンには。

  

次回へ続く!


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