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社員戦隊ホウセキ V/第60話;蜘蛛と蛸

前回


 気付けば五月も中旬を過ぎ、十七日の月曜日。

 この日から三日間、新杜宝飾では健康診断が行われていた。場所は本社ビル横の催事場にて開催され、本社勤務の者や直営店勤務の者が対象だ。
 健診を受ける側は指定された時間に催事所に行くだけだが、検査する側は次から次へとやって来る社員に対応しなければならない。

「姐さん、お疲れ様です。この三日間、本当に大変ですね」

 トリに当たる内科検診は、新杜宝飾直属の産業医である伊禰が毎年担当している。催事場の二階の一角に設けられた、白い布で四方を囲んだ特設ブースの中で、内科検診は行われる。
    順番が回ってきた和都は、診察を受けた帰り際にそう言った。これに対して、伊禰は笑顔で返す。

「まだ初日の午前中ですから、元気ですわよ。それに、こうして社員一人一人と接することができるのが、この会社の良い所ですから」

 辛いとか疲れたとか、言う気すらないようなその姿勢に、和都は自然と頭が下がる。

「姐さんには到底敵わないッスね」

 和都がそう呟くと、伊禰もすかさず返す。

「何を仰いますか。体調不良も来さず、一年足らずでここまで体格を変えた貴方が。これだけ効率的に努力できる人は、他にいらっしゃいません。凄いことですわよ。ただ、本当に無理はなさらず。そして、自分を追い込み過ぎず。それだけはお忘れなきよう」

 伊禰は、和都が社員戦隊に選ばれて以来続けてきた努力を、純粋に称賛した。そして、心配することも忘れていなかった。この言葉を受けて、和都の口からは謝意の言葉が自然と漏れた。
    このやり取りを経て、和都は内科検診のブースから出て行った。
 伊禰は表を見て次の社員を確認し、不可解な笑みを浮かべた。

「さあ、次ですわね。丁度、午前の部の最後ですし。どう捌きましょうか……」

 伊禰のこの独特な反応は何を意味するのか? 少し怖い感じがした。

 それ以前に、そもそも何があったのか?

 原因は今日から九日前、先々週の土曜日である五月八日まで遡る。

『みんな、ゾウオが現れた。長夫ちょうふの網野スタジアムで暴れてるみたいだ。休みのところ申し訳ないが、今すぐ出動してくれ』

 土曜日の午後二時頃、ブレスに愛作からゾウオ出現の一報が入った。

 剣道部の稽古に臨んでいた時雨、大会の直後で軽めの練習に臨んでいた光里、そして普通に休日の十縷と和都と伊禰。
 五人ともそれぞれの場所からすぐ寿得神社に集い、キャンピングカーに乗ってゾウオが出現した現場に急行した。

(扇風ゾウオと念力ゾウオの間は三週間くらい開いてたのに、今度は一週間以内。本当にランダムだな……。で、念力ゾウオと同じで休日に出るなんて!)

 キャンピングカーの中、十縷は愚痴るようにそう思っていた。
   それはさておき、キャンピングカーに乗って暫くすると、リヨモが現地の映像をブレスに送ってきた。

(ヘンテコなデザインだな……。って言うか、誰かがデザインしてるのか?)

 十縷にヘンテコと思われたそのゾウオは、アメフトのグラウンド上に悠然と仁王立ちしていた。

 ゾウオの常としてウラームと凡その外観は同じで、額に金細工を付けていたが、グロテスクさは今までで一番だった。大きな右眼は右斜め上を見上げ、対して異様に小さな左眼は左斜め下を見下ろしている。
 体色は灰色が基調で、元素記号のような模様は鮮やかな紫色。左の腰を核に蜘蛛の巣のような模様が胴体全体に広がり、右肩には真っ赤な蛸のような装飾が乗っており、触手を右腕に絡めている。蜘蛛と蛸という不可解な組み合わせは額にも見受けられ、金細工は蜘蛛の巣に掛かった蛸という妙なモチーフだった。

(だけど、残虐な真似を…!)

 ゾウオ以外の部分に目を移すと、十縷は自ずと怒りを覚えた。

「この人、片足が無い! こっちの人も、酷い怪我…!」

 十縷が怒った理由は、光里が息を呑んだ理由と同じだ。ゾウオが立っているグラウンドにはまだアメフトの選手が何人も居て、うち数名は重傷を負っていた。最も酷いのは光里の言った通り、左膝から下を失って倒れ伏している選手だった。

「網野スタジアムは、よく大学生のアメフトの試合が行われていますからね。まさかゾウオが出るとは……。お可哀想に……」

 いたたまれない、という表情で伊禰が言った。
 ハンドルを握る和都は都合上映像を見ていなかったが、彼女らの声を聞いて表情が険しくなり、アクセルを踏む度合いも大きくなる。
 そんな彼を助手席の時雨は軽く諫め、それから伊禰に言った。

「今回は重傷者が多い。だからマゼンタ、応急処置セットを持って行ってくれ。可能なら、彼らの治療に当たって欲しい。状況次第では、ゾウオとの戦闘よりそっちを優先しても構わん。彼らを長時間放っておくのは、危険過ぎる」

 医師である伊禰に、この指示が出るのは自然だった。伊禰はそう言われると思っていたようで、「解りましたわ」とすぐに返した。
―――――――――――――――――――――――――
 ホウセキVが急行している頃、網野スタジアムでは緊迫した時間が続いていた。

 観客は殆どが逃げ出し、客席は無人に近い状態。グラウンドには、逃げる機会を逸しただろうアメフトの選手たちが残っていて、彼らはみな怯え切った表情をしていた。
 流血している者は倒れ伏し、そうでない者は硬直したように立ち尽くし、その場から動こうとしない。

 そんな彼らを悠然と見渡し、今回のゾウオは満足そうに頷いていた。

「いいぞ。もっと怯えろ。その恐怖をニクシム神に捧げるんだ」

 十縷に『ヘンテコなデザイン』と称されたこのゾウオは、怯える選手たち一人一人に目をやりながら、その間を縫って歩き出す。ゾウオが歩き出すと、恐怖の余り思わず声を上げる者もいた。

「動けば地雷を踏む。だが、動かなかったら地雷に襲われる! どうすりゃいいのかなぁ!?」

 楽しそうにゾウオが叫んだ次の瞬間、怪我をして倒れていた選手の右肩が爆発し、肉片と鮮血を撒き散らしながら右腕が千切れ飛んだ。当人は痛みの余り絶叫し、周囲の選手たちは恐怖に悲鳴を上げる。そしてゾウオはその様を高笑いする。その様はまさに、地獄そのものだった。
―――――――――――――――――――――――――
 そんなグラウンドの様子を、客席からスマホで撮影している人物が居た。その人物はチアガールで、服の色は一方のチームと同じく青と白が基調。一見すると大学の応援団と思われたが、よく見ると違った。

 髪型はツインテールで、毛先を新橋色に染めている。更に、耳には紫の宝石が光るピアスを付け、そして首からは緑の宝石が光る金のペンダントを下げている。
 そう、ゲジョーだ。今回はチアガールに扮して、ゾウオを撮影していた。

「いい趣味だな、爆発ゾウオ……。恐怖も集められるから、趣味と実益とやらか?」

 今回のゾウオ = 爆発ゾウオの所業にゲジョーは眉を顰めていて、選手の腕が吹っ飛んだ時には顔を背けた。
    しかし顔を背けたら、今度は視線の先に逃げ遅れた観客二人が見えた。うち片方は左肩に大火傷を負い、他方はそれを介抱していた。それが見えると、ゲジョーはまた眉間に皺を寄せ、目を閉じた。

 ゲジョーの心境は複雑のようだが、彼女はそれでも仕事はキッチリと行う。

「爆発ゾウオ! シャイン戦隊が来るぞ。警戒しろ」

 ペンダントが不規則な光を放つと、すぐゲジョーはグラウンドの爆発ゾウオに告げた。それから一分も経たないうちに、ホウセキVはこの場に姿を見せた。

「そこまでだ、ゾウオ! 選手たちを解放しろ!」

 五人が客席に現れたと思うと、すぐブルーが爆発ゾウオに警告する。マゼンタ以外の四人は銃にしたホウセキアタッカーをグラウンドの爆発ゾウオに向け、威嚇する。
     しかし、この程度で竦むゾウオなどおらず、この爆発ゾウオもその例に漏れなかった。

「来たな、シャイン戦隊! 食らえ、クモファイアー!!」

 爆発ゾウオは叫びながら横開きの口から散弾銃のように無数の火球を吐き、客席のホウセキVを攻撃してきた。
    五人は咄嗟にホウセキディフェンダーを発動し、これを防ぐ。

「遠距離タイプかよ……。でも周りに人がいるから、下手に撃てねぇ……」

 と、苦々しく呟いたのはイエロー。するとグリーンがすぐに対応策を出した。

「だったら、接近戦に持ち込めば良いだけですよね。火球は真っ直ぐしか飛んで来ないみたいだし、これなら簡単に距離を詰めれます!」

 思惑を語った次の瞬間、善は急げとばかりにグリーンは走り出そうとした。
    だが、一歩踏み出したその時だった。最も視力の良いブルーがあることに気付いた。

「止まれ、グリーン! ポリアフショット!」

 ブルーは叫ぶと同時に銃の引き金を引いた。その声にグリーンは咄嗟に脚を止めた。

 ブルーの銃口からは、雪の結晶に似た無数の青い光の粒子が放射された。グリーンが止まっていなければ、零点何秒後には到達していただろう場所に向かって。
 光の粒子は何かに当たって凍結する。それは蛸のような形を得た。どうやら、不可視の蛸が迫っていたらしい。一同は息を呑んだ。

「おそらく景色に擬態した爆弾だ。下手に動くと足が吹っ飛ばされるぞ」

 間一髪でグリーンを救ったブルーは説明した。
    蛸に似た形をしたものが、周囲の景色に擬態してグラウンドの方からグリーンの方に向かってきたのだと。そして、彼はこれが爆弾の類だと直感的に思い、凍らせたのだと。
 その蛸の爆弾は、ブルー以外の四人は全く見えなかった。蛸の爆弾はそれほど巧妙に擬態し、完全に景色と同化していたのである。

「おそらく、擬態した蛸の爆弾はグラウンドにばら撒かれているのだろう。そして、何人かは地雷を踏む形でやられてしまった。そう考えれば、選手たちが動こうとしないのは納得できるし、怪我の原因も説明がつく」

 これでブルーは説明を締め括った。四人とも納得して、頷いた。

「何とかしないと! 隊長。その蛸の爆弾は何個くらい見えますか?」

 レッドがすぐブルーに質問した。するとブルーは悩んでいるのか、唸り声を上げた。

「グラウンドに蛸の爆弾があるのかどうかは、正直なところ見えないからわからん。さっきグリーンの足を狙って移動して来たもののように近くまで寄って来て、その上で動いていないと判別できない気がする。実はグリーンに迫った爆弾も、最初は音で気付いたしな」

 ブルーの返答は、レッドたち四人に独特な溜息を吐かせた。

(困りましたわね。ブルー隊長の目でも辛うじて見えるかどうかの擬態精度。不用意にグラウンドに降りたら、確実に足が吹っ飛ばされる。ですけど重傷者を長時間放っていたら、彼らの命に関わりますし…。インスピも湧いてきませんわ)

 マゼンタはグラウンドを見渡し、大怪我を負って倒れ伏した大男たちを案じる。メットの下にある彼女の顔は、歯軋りするように口を真一文字に結んでいた。

  

次回へ続く!

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