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社員戦隊ホウセキ V/第142話;宝石になるか。鉱毒になるか。

前回


 六月四日の金曜日、熱田あつた十縷とおるはニクシムによって過去の憎しみを呼び起こされ、苛怨かえん戦士せんしと化した。

 六月五日の土曜日、仲間たちの奮闘によって十縷は元に戻ったが、日付が変わるのとほぼ同時に、十縷は社員戦隊を降りるという選択をした。憎しみを抱えた自分は、不適格だと判断して。

 そして六月九日の水曜日、十縷を欠く四人の社員戦隊は氷結ひょうけつゾウオと交戦。相手の圧倒的な力に屈し、更にはザイガの介入もあり、光里ひかり和都かずと伊禰いねの三人が重傷を負った。


 光里たちが搬送された十王じゅうおう病院。
 光里は意識が戻ったもののベッドに横たえており、点滴で二種類の液を投与されている。ベッドの傍らには椅子が三つあり、うち二つには伊禰と和都が座っている。伊禰は右足に、和都は左腕に、それぞれ包帯を巻いていた。

「目を醒まされて、本当に良かったです。もし、このまま意識が戻らなかったら、責任の取りようもありませんし…」

 伊禰は涙ぐみながら、光里にそう話していた。光里が冷凍液を浴びたのは、自分を庇ったから。その認識が、彼女にそう言わせるのだろう。光里は伊禰の意識を感じてか、伊禰を励ますべく微笑んでみせる。

「死なずに済んだのは、お姐さんのお蔭です。私が凍らされた後、すぐに対応してくれたんですよね? 気絶してたから知りませんけど。絶対にお姐さんが治してくれるって、いつも確信してますから。今日も迷惑しましちゃ」

 光里は伊禰に贈ったのは、感謝と労いの言葉だった。和都もそれに続く。

「俺もですよ。姐さん、すぐに何とかしてくれたんですよね? 俺も気絶してたから知りませんけど。自分だって大怪我してたのに。本当、ありがとうございます」

 和都はそう言いつつ、隣の伊禰に頭を下げた。伊禰の目からは別の意味で涙が溢れてくる。しかし、こういう煽てを真に受ける程、伊禰は愚かではない。

「お礼は十王病院の先生方にもお願い致します。主な処置はこの病院が行っていて、私はやったのは応急処置に過ぎませんから」

 伊禰は照れ隠しを謙遜に織り交ぜて、そう呟いた。だが的を射ており、光里と和都は「確かに」とすぐに頷いた。

 それなりに和んでいた三人の元に、愛作あいさくが少し急ぎ足で入って来た。彼は空いている三つ目の椅子に座った。

「社長。さっきの反応、何だったんですか?」

 和都が愛作に問う。すると愛作は渋い顔で答えた。

「北野に聞いたんだが、熱田が寿得じゅえる神社に来てたらしい。ここからは俺の憶測だが…。熱田は姫と北野きたのから戦いの話を聞いて、ザイガに怒ったんだろう。神社のイマージュエルが反応したのは、きっと熱田の怒りに対してだ」

 愛作が少しの間だけ席を外したこと、その原因は彼の指環が発光した為だということが、彼の話から推察できた。
 愛作の話を聞き、四人は思い浮かべた。十縷の体を橙色の電光が襲う様を。そして、その想像は正しかった。

 場の雰囲気は自ずと重くなった。しかしこれを悪いと捉えるのか否かは、もしかしたら単に視点の問題に過ぎないのかもしれない。

「だけど、私はちょっと安心してます。ワットさんが左手潰されかけたんですよ。それ聞いて怒らなかったら、それはもうジュールじゃないって言うか…。何とも思わない人より、怒ったり泣いたりする人の方が、私は好きだな」

 光里は天井を見上げながら、静かに語った。十縷が憎心ぞうしんりょくを発することが問題視されている中、変わった視点を見せた彼女。しかし奇抜な意見には、賛同者がすぐに増えないのが常で、今回もそれは同じだった。

「そうかもしれんが、あいつの場合は怒りが憎心力になるからな…。この前は、それを敵にも利用された訳で。熱田もそれを気にして、社員戦隊を降りたんだし…」

 愛作の言う通り、この点が最も十縷を苦しめている。しかし光里の中では、これに対する答はもう出ていた。

「気にする必要あるんでしょうか? って、ジュールには言いたいです」

 まずそう切り出した光里。この言葉に一同が目を丸くする中、光里は続けた。

「確かに、あいつは危険なのかもしれません。でもワットさんも言ってましたけど、あいつが怒る理由は、まともじゃないですか。だから、ニクシムとは違います」

 まず光里が語ったのは、最初に十縷が憎心力を見せた時に、後で和都が話した内容。光里はこれに、もう一つ付け加えていた。

「あと思うんです。あいつが憎しみに囚われるのかどうかは、私たち次第なのかなって。私たち、苛怨戦士になったあいつを元に戻せたじゃないですか。また似たようなことが起きても、私たちが止めれば良い。それが仲間なのかなって…」

 光里は事態を楽観視し過ぎている。そう言われても仕方ないだろう。それを物語るように、和都がすぐに指摘した。

「お前、自分が殺されかけたって解ってるのか? 何度も上手く行くとは限らねえぞ」

 和都の指摘は的確だ。しかし、光里の答は速かった。

「でも、死ななかったじゃないですか。ワットさんとお姐さんと隊長が頑張ってくれたから。ワットさん、また頑張ってくれますよね?」

 光里の言っていることは屁理屈に近かった。和都は半ば呆れ、「お前なぁ」と呟いたっきり言葉が続かない。すると、代わりに伊禰が声を発した。

「同じクロムでも、六価クロムになるのかルビーの成分になるのかは環境次第。それと同じで、彼を危険人物にするのか情に厚い人にするのかは私たち次第。仰りたいのは、そういうことですわよね」

 伊禰は宝石にたとえて、光里の言いたいことを要約した。クロムのことは愛作が解説した。

 クロムという金属にはいろいろな種類があり、中でも三価クロムと六価クロムが有名であり、三価はルビーやアレキサンドライトなどの宝石の成分だが、六価は猛毒なのだと。
 水が温度によって氷や水蒸気に姿を変えるように、クロムも周囲の環境次第で三価になったり六価になったり、姿を変えるということも。

 光里はそれを聞いて「そう!」と即答した。和都の口からは乾いた笑いが零れる。

「なんか、お前は頭の中がお花畑って言うか…。でも、ジュールがどうなるのかは、本当に俺たち次第なんだろうな」

 和都は呆れながらも、光里に賛同した。かくして、この場の雰囲気はすぐに明るくなった。


    三人の話が盛り上がってきたところで、愛作は「やり残した仕事がある」と言って、この場を後にした。

(六価クロムになるかルビーになるのかは、仲間次第か…。祐徳ゆうとくのヤツ、上手いこと言いやがって。いつか訓辞で言いたいが、パクりは駄目か…)

 病院の廊下を歩きつつ、愛作は先に伊禰が言った喩え話を振り返っていた。そしてこれを起点に、彼はいろいろと思う。

(ザイガが憎しみの塊になったのは、周りに恵まれなかったからなのかもな…。だから、俺たち新杜あらとの人間は、イマージュエルに選ばれなかったんだろうな)

 まず浮かんだのは自責の念。深い関係ではなかったが、それでも自分たちはザイガに対して何か気付けなかったのか? それができていたら、事態は違っていたのでは?

 イマージュエルに選ばれた社員を戦場に送り出し危険なことをさせておきながら、それを何とも思わずに受け流せる程、彼は腐ってはいない。考えても仕方ないが、どうしてもそう思ってしまう。

    そして、悩んでいると称して何もせずにウジウジしている程、腐ってもいない。ちゃんと、希望も見出していた。

(やっぱり、五色のイマージュエルに選ばれたお前らは俺たちとは違う。お前らなら絶対に、熱田を宝石にできる。その助けになるように、俺もできることをする。頼むぞ!)

 これを敢えて光里たちには言わず、心の中だけに留めた愛作。言わなくても、彼らは適切な行動をする。愛作はそう確信していた。


 時計の針は、もうすぐ午後六時を回ろうとしていた。
    寿得神社から戻って来た十縷は仕事を再開したが、どうにも集中できない。気付けば空席の隣を眺め、光里と和都が入院したという事実、そして怒った自分が寿得神社のイマージュエルに拒絶されたという事実が思い出され、溜息ばかり吐いてしまう。

(あんまり長居しても、この調子じゃ残業代泥棒だな。帰るか…)

 そう考えた十縷が席を立とうとした瞬間だった。彼のスマホが振動したのは。十縷は鞄からスマホを取り出し、画面を確認する。すると、十縷は目を見開いた。

「えっ? ワットさん!?」

 画面には【伊勢和都】と表示されていた。この名前は十縷に喜びや安心感を与え、気分も高揚させた。

 十縷はスマホを持って部屋を飛び出し、同じフロアーの一角にある休憩所まで走った。ここにはソファーがコの字に並べられ、自販機も置いてある。普段はここで茶を飲む人も多いが、今日はたまたま誰も居なかった。
 十縷はここのソファーに座り、いざこの電話に出た。

「ワットさん! ザイガに左手をやられたって聞いたんですけど、大丈夫ですか!? もう、それが気になって仕方なくて…」

 電話に出るや、十縷は感情のまま喋り出した。喋っていると、自ずと涙も溢れて来た。電話の向こうの和都は、少々呆れた雰囲気だった。

『いきなり泣くな、面倒な奴だな。ザイガ如きの攻撃で、俺が再起不能になる訳ないだろ。安心しろ』

 まずそう言った和都。十縷が少し落ち着くと、和都は続けて語った。

『お前と毎日鍛えて、筋肉屋で大将の飯食って創ってる体だぞ。ちょっとやられた程度で壊れて堪るか。しかも、姐さんという最強の名医までついてんだ。すぐに処置して貰えるから、大事に何か至る筈がねえ。だから安心しろ』

 この電話の目的は、十縷を安心させることなのだろう。和都の語る内容から、それは痛い程伝わって来た。理由は滅茶苦茶だが、何故かこの話には説得力があった。十縷は涙を流しながら、ただこれに頷く。
    暫くすると、電話の相手は別の人物に代わった。

『ジュール。私、光里だよ。サボらずに仕事してた?』

 その人物とは光里だった。この声に、十縷は再び驚かされる。
    光里はゾウオの冷凍液を生身で食らったのだ。それがこうして電話を架けられるレベルにまで回復していることに、十縷は驚きを隠せなかった。

『この通り、私もワットさんも大丈夫だから。明後日には普通に出勤するから、それまでちゃんと真面目に働いてなさいよ。サボってたら、私の独断で給料引いとくからね』

 光里の口調はいつも通りで、完全に健康そうだった。意外だが、こんなに嬉しいことは無い。十縷は大いに勇気づけられた。そして、また電話は和都に代わる。

『夕食はちゃんと筋肉屋で食えよ。大将の飯は最強だからな』

 これで通話は終わった。電話を切った時、十縷の表情は随分と晴れやかなものに変わっていた。

(ワットさんも光里ちゃんも、大事には至ってなかった! 本当に良かった!)

 まだ病床には居るが、光里と和都は回復の途上にあった。このことを十縷は素直に喜んだ。そして、少しだけ上向いた気持ちのまま、和都に言われた通り夕食を筋肉屋で摂ることにし、会社を後にした。


次回へ続く!

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