理系女と文系男/第3話;文筆部
中三の終わり際、数学の授業でテストを解かされた。私たちの中学の上の高校の入試問題だった。
「お前らは中学三年間、遊び呆けてたが、高校から入ってくる奴らは必死に勉強してたんだ! 頑張らないと、ドベになるぞ!」
先生的には、入試なしでエスカレーター式で進学する私たちに、高校入試を受ける子との差を実感させて、危機感を煽りたかったらしい。
(ですよね~。ケイみたいに、アニメ観るのが忙しくて、勉強してる暇も無い子もいることですし~)
私は余裕綽々だった。自慢っぽいけど、このテストの点数、私は80点代だった。
その一方、先生が危機感を与えたかったケイとその友人たちは…。
「まりかは俺らと違うなぁ」
私の点数を見て、他人事のようなコメントをしているだけだった。
(先生~。こいつら、危機感まるで無いですよ~)
なんて優等生気取りだった私も、別に意識が高かった訳ではない。
(高校に上がっても、制服すら変わらないとか、詰まらないよね。私もJKになるんだから、JKと言えば…!)
卒業式と称する中三の終了式が終わった後、調子に乗ってスカートを切って短くしてしまった。
高校デビューと称して、スカートを短くしたり髪を染めたりする先輩方が多かったらしいけど、私も同じ道を辿った。
かくして私たちは高校に進学した。
いや。隣の校舎に移って、中学四年生になったっだけか?
高一の時、私はケイともシュー君ともタケ君とも違うクラスになった。
と言うか、ケイとシュー君だけが同じクラスだった。
だけどケイとシュー君のクラスは私のクラスの隣だったから、割と頻繁に行き来していた。
4月のある日だった。休み時間に、シュー君が私のクラスを訪れた。
「まりか。ケイ君が新しい部活を作りたいって言っててさ」
要するシュー君は、ケイからの伝言を受けて私を訪ねたのである。
話によると、ケイは【文筆部】たる部活を作りたいらしいかった。
取り敢えず、目標は部で機関誌を出すこと。社説的なものを書いても良し、小説を書いても良し、詩を書いても良し。文であれば何でもOK。ジャンルは自由。概要はそんな感じだった。
今思えば、noteの共同マガジンを印刷物にしたようなものだろうか。
「新しい部を作るには、四人の署名が必要で、まりかが必須なんだって。俺とケイ君とタケだけじゃ、一人足りないからさ。まりかにも文筆部にも入って欲しいんだって。だけど、まりかは劇があるから、厳しいんじゃないかって言ったんだけど……。」
当時、私は中学の時から引き続き演劇部を続けていた。と言うか、中高一貫校ではそんなものだ。
数合わせであと一人必要という話はわかるけど、私よりも帰宅部の子を指名した方が良いのでは? どうして私が必須?
と思っていると、質問するより先にシュー君は説明してくれた。
「ケイ君が言うには、まりかにはオタサーの姫になって欲しいとかなんとかで。キャピキャピ系のまりかが入れば、陰キャの印象が薄くなるとかも言ってたな」
この理由は少々イラっとした。
「あいつ、私のこと何だと思ってんの? オタサーの姫? 男子三人の中に私を入れたいなら、戦隊のピンクとでも言えって」
私はその苛立ちを、そのまま愚痴にして漏らした。
私の発言を聞いて、シュー君の顔は「駄目か」と言ったが、それは早合点だった。
「ケイのお願いを聞いてくれる人なんて、シュー君とタケ君以外じゃ、私くらいしかいないからね。いいよ。文筆部、入るよ」
愚痴に続けて、私はそう言った。
これは予想外だったみたいで、シュー君は「本当にいいのか?」と確認するように訊いてきた。勿論、私は首を縦に振った。
私が文筆部に入ると答えた理由は二つ。
演劇部で台本を書いても、学生レベルの劇でできることには限界がある。私が本当に書きたいヒーロー物の台本は、絶対に演劇部では書けない。だけど新しいこの部なら、それができるのでは? これが一つ目。
もう一つは、演劇部は文化祭で劇を発表する以外に、目立った活動をしていなかったという点。9月までは頑張るけど、10月以降は帰宅部と化す。演劇部はそんな感じだった。だけどケイたちと作るだろう新しい部なら、一年間を通して活動できるのでは? そこに私は期待していたという訳だ。
「ありがとな。ケイ君に話してくるわ」
私からOKサインをもらったシュー君は、任務完了とばかりに退散しようとしたが、そこで私は彼を呼び止めた。
「ちょい待て。聞いておきたいことがあるんだけど…」
私は席を立って、背を向けて歩き出したシュー君の手を掴んだ。面倒くさそうに振り向いたシュー君に、私は訊ねた。
「どうしてケイは自分で言いに来なかったの?」
そう。これだ。
自分が新しい部を作りたくて、そのメンバーを集めてるのなら、自分で頼みに来るべきでは? どうしてそれを他人に任せたのか? 私はその理由が気になった。
問われたシュー君は、心底面倒くさそうに眉間に皺を寄せた。
「ケイ君、口下手じゃん。上手く説明できなくて、まりかを怒らせて逃げられたら嫌だから、俺に言って来てくれって」
シュー君は正直に答えた。非常に納得できる内容だった。
確かにケイは口下手と言うよりも言葉選びが下手だ。
ついでに変にプライドが高く、場を丸く収めることよりも、相手を論破することを優先する奴だった。中一の時、先生に「走ってない。早歩きだ」と言ったのが良い例だ。
要するに、ケイは交渉ごとに全く向いていなかったのだ。
(中一の時から変わらんね、あいつは。ちょっとは喋れるようになっただけで)
かれこれケイとの付き合いも四年目。彼の進歩の無さを、私はしみじみと噛み締めた。
自分のことを棚に上げて。
そして、こんなことも思った。
(ケイには私が居なきゃ駄目なんだ)
私はケイの姉になった気で、彼の面倒を見なければと思っていた。
自分の方がケイにいろいろと助けられていたのに、その事実を完全に度外視して。
「私、次の文化祭の劇の台本も担当するから。9月までは劇の方に集中させて。当面のところ、文筆部は名前だけで。本格的な合流は10月からでお願い」
私は文筆部メンバーにそう伝えたし、実際に一学期のうちは劇に力を割いていた。
と言うか、文筆部の方は何の活動も始まっていなかった。
部長がタケ君、副部長がケイで、シュー君は平部員、私は幽霊部員という役割分担は何となく決まっていたけど、顧問の先生が居なかった。と言うか、顧問を引き受けてくれる先生が居なければ、そもそも部として認められないという状況だった。
ところで、言いだしっぺのケイが部長ではない理由は察しがつくだろう。
先生に顧問を依頼するという交渉は、ケイの最も苦手なことだったからだ。
ここはタケ君が頑張ってくれたみたいで、なんとか顧問を引き受けてくれる先生を見つけ出したようだ。
一学期の中間テストが始まる頃、部長のタケ君から伝えられた。顧問を引き受けてくれる先生が、全員と顔合わせしたいらしく、中間テストの最終日のテスト終了後に集まって欲しいと言っていると。
これが私の、文筆部員としての初めての活動になった。
だけど、ちょっと不安なことがあった。
(このスカート、印象悪いかもね…)
そう。私のスカートは校則で規定されている長さよりも短くなっていた。
私は背丈の割に横幅が無かったから、ウエストに合わせるとどうしてもスカートが短くなりがちだった…。
というのは、スカート丈を指摘された時の言い訳。
膝上15 cm以上って、明らかに自分で短くしたでしょう!!
そう。中学を卒業した時、調子に乗って自分で短くしたのだ。
(しまったな。切って短くしたのは、失敗だったかも…)
中間テストの最終日の朝、制服を着る時に、短くしてしまったスカートを眺めて、私は溜息を吐いた。
ミニを穿きこなす自分は可愛いと自惚れて、成績が悪くなければ文句は言われないと高を括っていた自分を、この時は悔いた。
後悔、先に立たず。