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社員戦隊ホウセキ V /第128話;君に人を殺させない!

前回


 苛怨かえん戦士せんし引手ひきてリゾートがおく田間たまに作った新しいホテルを襲撃すると予想したホウセキVは、六月五日の土曜日、億田間に赴いた。

 そして午後六時半頃、苛怨戦士は出現した。引手リゾートが億田間に作った新しいホテルに。

 標的は勿論、現社長の引手ひきて暈典みつのりと、都議会議員になった暈典の父親。十縷とおるが怨む人物だった。



 苛怨戦士が暴れ出した頃、光里ひかりたちはまだ蕎麦屋に居た。
 伊禰いねが店主の話し相手をする隣で、光里たち三人は窓から臨む引手リゾートのホテルを凝視する。そして、彼らは見た。

「何!? 今の光、まさか爆発!?」

 空が淡い紫に近い色になり、影も濃くなっていたが、それでもはっきり見えた。ガラス張りになったホテルの外壁が、黒に近い紫の閃光と共に砕け散るのが。これにはホテルを気にしていた光里たちだけでなく、伊禰との話にのめり込んでいた店主でさえ反応した。

「何だ、今のは!? 普通の爆発の色じゃねえぞ!!」

 異様な色の爆炎に店主が動転すると、同じタイミングで時雨しぐれのスマホに架電があった。愛作あいさくからだ。時雨はすぐ着信に応じ、他三人は神妙な面持ちでその様子を窺う。

『そっちの方でニクシムの反応があった。姫が出した映像だと、苛怨戦士が引手リゾートの社長たちに襲い掛かってる。社員戦隊、今すぐ急行してくれ』

 時雨たちの状況に配慮し、ブレスではなく電話で伝えた愛作は賢明だ。時雨は「了解しました」と言って電話を切ると、険しい表情で「ついに出た」と仲間たちに告げる。ついにこの時が来たかと、彼らは席を立った。

「私たちは急用ができましたので、今すぐ行って参ります。危険なので、くれぐれも引手リゾートのホテルには近づかないでくださいませ」

 伊禰が別れの挨拶代わりに店主を宥めると、そのまま四人は店の外へと駆け出した。
 なお、伊禰は店主を宥めるついでに、「釣銭は要りませんから」と言って店主に一万円札を二枚握らせた。意味不明な急展開に、店主は首を傾げるばかりだった。


 苛怨戦士は蕎麦屋からも確認された火球を放った後、引手親子を捕らえてガラス壁に開けた穴から飛び降りた。

 自由落下で引手親子を絶叫させながら舞い降りたのは、ホテルの露天風呂だった。女湯で、若い女性が三人ほど入浴していたが、苛怨戦士の姿を見るや叫びながら逃げ出した。
 本来の十縷なら若い女性の裸を見て卒倒するだろうが、苛怨戦士となった今は無頓着だ。
    今の彼は、引手親子への復讐にしか興味が無い。

「お前らに一番相応しい死に方を思いついた」

 苛怨戦士はそう言うと、再び額の宝石を光らせた。今度は火球ではなく、サーチライトのような薄紫色の光だ。それを露天風呂の湯に照射した。すると無色透明だった湯はたちまち白濁し、温泉特有の硫黄臭も別の匂いに変わった。
 その匂いを感知した瞬間、それまで恐怖一色だった引手親子の表情は、何故か満面の笑みに変わった。

「酒だ! 酒だぞ!!」

 引手親子が騒ぎ出すと、苛怨戦士は彼らを掴む手を放した。すると笑顔の引手親子は引き寄せられるように白濁した湯の方へと走り、なんとそのまま飛び込んだ。

「最高だ! 酒の温泉なんて、天国そのものだ!」

 白濁した湯の中で、引手親子は騒ぐ。苛怨戦士は露天風呂の湯を、酒のような液体に変えたのだ。ところで彼らが酒好きとは言え、この反応は異様。言うまでも無く、湯が変化した液体は酒そのものではない。
 そのことは次の瞬間に明白となった。

「あの時、轢かれた奴か? 轢いたのは枝井えだいだろう!? 俺を怨むのはお門違いだ!!」

「不当解雇だと!? めろ! お前が悪いんだろう!!」

 引手親子の顔色は火照った赤から蒼褪めものに変わり、目の前で手を振り回して怯え始めた。彼らが幻影を見ていること、そしてその幻影がどのようなものなのか、察するのは難くなかった。
 引手親子は暫く湯の中で暴れていたが、活力を失ってゆっくりと瞼を閉じて動きを止めた。二人はそのまま、白濁した液の中に沈んでいく。その様を苛怨戦士は嘲笑った。

「最高だな! 大好きな酒にまみれて、怨まれて死んでいく。お前らにはこの死に方が相応しい! じっくり時間を掛けて死ね!!」

 苛怨戦士の言葉には、十縷の中に眠っていた計り知れない憎しみが存分に籠っていた。

 逃げ出した入浴客と入れ替わる形で、チャイナドレスのゲジョーがこの場に現れた。彼女は現れるや、この様子をスマホで撮影する。その表情はレストランの時と同じく、何処か曇っていた。

(こいつらは受けるべき罰を受けているだけだ。苛怨戦士となった熱田あつた十縷とおるも少しは報われ、こいつらの苦しみでニクシム神は強くなる。しかし…。シャイン戦隊はこれを止めに来るのだろう)

 ゲジョーがそんなことを思っていた最中、彼女のペンダントに備わった緑の宝石が発光した。ゲジョーがそれに気付くと、同時に空から四つの声が降り注いできた。

「ジュール、めろ!!」

 ゲジョーと苛怨戦士が見上げた先には、レストランの穴から飛び降りてくるカラフルな四つの人影があった。言うまでも無く、レッドを除いたホウセキVだ。落下してきた彼らは、そのまま酒のような液体と化した湯の中に飛び入り、液面を激しく揺らして飛沫も盛大に散らした。そして、すぐさま引手親子の救助に当たる。

「来ましたね、皆さん。来ると思ってましたけど、邪魔はめてください!!」

 かつての仲間の登場を、苛怨戦士は歓迎しなかった。苛立ちを露わに吼えつつ左手を前方に翳し、その左手に装着されたブレスの紫色をした宝石から鉄紺色の光球を二つ飛ばした。
 これにはブルーとイエローが対応し、ホウセキディフェンダーを展開して防御した。彼らの後ろではで、グリーンとマゼンタがぐったりした引手親子を湯から引っ張り出し、肩を担ぐように立たせていた。

「絶対に人は殺させん! お前にだけは!!」

 光球をホウセキディフェンダーで防いだ後、ブルーとイエローは湯から飛び出して苛怨戦士に組み付いた。これを振り解こうと、苛怨戦士は暴れる。その間に、グリーンとマゼンタは引手親子を湯から引っ張り出していた。

「被害者の状態が危険ですわね。こちらの治療を優先します。グリーンは私の助手をお願いします」

 マゼンタは苛怨戦士を引き止めるブルーとイエローを気にしたが、同時に引手親子の呼吸や心拍が弱まっているのを確認できたので、こちらを優先することにした。その旨をグリーン及びブレスの向こうの愛作とリヨモに伝え、そのまま二人で引手親子を脱衣所の方へと連れて行った。


 苛怨戦士の働きはゲジョーに撮影され、ニクシムの本拠地たる小惑星に映像として送られていた。ニクシム神の祭壇のある部屋にて、マダムとザイガとスケイリーの三名がいつものように、銅鏡でその様子を確認する。

「来たか、シャイン戦隊! さあ、ニクシム神に苦痛を捧げろ!」

 レッドを除くホウセキVが登場した時、スケイリーはそう言って大笑いした。苛怨戦士となった十縷との戦いは社員戦隊に多大な苦痛を与えるものと予想され、その証拠にニクシム神から発される光も強くなっているように見えた。

かたき討ちを邪魔されて、苛怨戦士が怒っておる。良いぞ、怒れ! その怒りと憎しみを叩きつけるのじゃ! 虐げられた叫びを見せつけるのじゃ!」

 苛怨戦士と同じブレスレットを付けたマダムには、十縷の感情が伝わる。怒りや憎しみが。そしてマダムはそれを増強させるべくブレスレットに更なる憎心力を込め、ブレスレットはニクシム神から更なる力を引き出し、より強い光に包まれる。銅鏡に映る苛怨戦士もそれに同調し、左手のブレスレットからより強く鉄紺色の光を発するようになっていた。

(ここまでは予想通りだが…)

 スケイリーやマダムが浮かれている一方、ザイガの方は何の音も立てずにじっと銅鏡の映像を見つめていた。やはり彼は、この点を気にしていた。

(憎心力やダークネストーンの力を消せる能力を持っているのは、誰なのか? 見破ってやる)

 苛怨戦士の出撃前と同じく、ザイガの視点はマダムとスケイリーとは違った。


 ゲジョーの撮影する映像から外れたグリーンとマゼンタは、引手親子を脱衣所まで運んでいた。

 そこには先程逃げ出した三名の若い女性がおり、裸体にタオルを巻いただけの姿でまだざわついていたが、グリーンとマゼンタが入って来ると更に騒がしくなった。
 気が動転している彼女らに、グリーンが一応詫びる。

「女湯に男の人を連れ込んで迷惑ですけど、緊急事態だから勘弁してください」

 しかし彼女らは、グリーンの発言を聞き取っていなかった。

 そしてマゼンタはそんな彼女らには目もくれず、Y字型の抗体を模した装飾を持つもつピンクゴールドの指輪・グロブリングを装着する。
 マゼンタは床に寝かせた引手親子に、グロブリングが発する抗体状の光を照射した。すると彼らの体から、ピンクの光の抗体に凝集させられた鉄紺色のしょうの塊が抜け出てきた。

「あのお湯、やはり猛毒でしたのね。ホウセキスーツを着ていなかったら、私たちもどうなっていたことか…」

 犇々ひしひしと伝わる毒の強さに身震いしながらも、マゼンタは瘴気の塊二つに正拳突きを一発ずつ繰り出した。これで瘴気の塊は霧散し、遅れて引手親子の顔色が健常に戻る。

(この人たちが引手リゾートの社長親子…。ジュールはこの人たちを憎んでた。だけど、何とか殺させずに済んだ…)

 横たえたままの二人の顔を見ながら、グリーンはそう思って一先ず安堵した。

 しかし、これはまだ序の口だ。まだまだ、最大の問題は解決の【か】の字にも到達していない。

「皆さま。恐縮ですが、救急車を呼んで頂けませんか? このお二人、応急措置は致しましたが、まだ危険な状態ですので。お願い致します」

 マゼンタは、まだ脱衣所に居るタオル巻きの若い三人の女性にそう告げた。それから、グリーンの方を向く。

「次に参りますわよ」

    マゼンタの言葉は簡素だが、籠められた気持ちを伝えるには充分だ。グリーンは深く頷いた。
   そして二人は踵を返し、再び露天風呂の方へと駆けて行く。苛怨戦士…十縷を止める為に。


次回へ続く!

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