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理系女と文系男/第21話;崩される慢心

大学二年の8月、自動車の運転免許を取る為に自動車教習所に通っていた。車に乗りたかった訳じゃなくて、身分証代わりに運転免許をもらいたかっただけだ。

で…。
同じ時期、シュー君も教習所に通っていた。完全な偶然だ。話し相手になってくれる人がいるのは、通う上で非常にありがたかった。

因みに、私はAT限定コースを受講していたけど、シュー君はMTコースを受講していた。
私たちより一年先に運転免許を取ったケイも、MTコースだった。

「やっぱシフトチェンジが車の醍醐味でしょう」

二人とも、そんなことを言っていた。

(市販で出回ってる車なんてAT車が主流なんだから、AT限定免許で充分じゃん)

としか私は思わなかった。

シフトチェンジが云々って言うのは、おそらく男のロマンとやらなんだろうね。
私には理解できない話だった。

余計だけどシュー君はお世辞にも運転が上手いとは言えず、MTの教習車を頻繁にエンストさせていた。


8月のある日、中高時代の友達経由で一通のメールが来た。
2月に同窓会があるとの連絡だった。主催は当時の生徒会メンバーで、場所はまあまあ大きなホテルの宴会場だった。

(2月なら定期試験の後だから、お許しを出してもらえるかな?  成人式の代わりに行くか)

私はそう考えて、この旨を両親に話した。定期試験の後なら良いという理由で、認められた。

翌日、自動車教習所でシュー君にこの話をした。

「その件か。俺はパスだな」

そう言ったシュー君の表情は、何処か物憂げだった。しかし彼の表情より、次の一言の方が私には突き刺さった。

「あの学校さ。また会いたい奴より、二度と会いたくない奴の方がずっと多いから」

二度と会いたくない奴…。その代表格が誰なのかは、言うまでもない。
私にもその気持ちは少しあった。だけど、シュー君は私よりもその気持ちを強く持っていた。確かにそうだろう。彼はあの一件の最大の被害者なんだから。

多分この時、私は明確に落ち込んだ顔をしていたんだろう。
シュー君は私を気遣うように、この言葉を付け加えた。

「お前らなら、いつでも会ってくれるだろう?」

思えば彼は、この頃から女の扱い方が上手くなっていた。暗く沈んだ私の気持ちは、一瞬で回復した。

「当然だよ。大学を卒業した後も結婚した後も、ずっと友達だよ」

私は喜びの感情を正直に言葉にした。

だけど今になって思えば、言葉の選択を誤っていた気がする。シュー君は僅かに首を捻った。

「あのさ…。余計なお世話かもしれないけど、ケイ君にはちゃんと気持ちを伝えておいた方がいいと思うぞ」

奥歯に物が挟まったような喋り方で、シュー君は私に告げた。
彼が何を言いたいのか、私には理解できなかった。

「 別にウソ吐いたりしてないし、遠慮もしてないけど」

戸惑いのまま、私はそう返した。
私の返答にどう返すべきか、シュー君は悩んでいるのか顔を歪めた。だけど鐘が鳴ったので、会話はここで打ち止めになった。


数日後、元文筆部+カブト先生による【ノンアルコールのプチ同窓会】が開かれた。

この会で、2月の同窓会のことが話題に上がった。
私とシュー君以外では、ケイが出席でタケ君が欠席という回答だった。

「大学で居合いを始めてさ。そっちの関係で、2月に帰省するのは難しいんだよね」

タケ君が欠席する理由は、シュー君とは違った。今更だけど、大学に入ったらタケ君が居合いを始めたのは意外だった。

マッチョになったケイの回答も、負けず劣らず意外だった。

「一応、お世話になった先生方に挨拶したいからな」

先生に口答えばっかりしてた奴が「お世話になった先生方」とか言うなんて…。
ケイは、私の知らない間に成長したみたいだった。

そして私は相変わらず、子どものままだった。

(ちょっと待って。2月は二人だけなんだよね? もしかして、もしかすると…!)

この時、私は愚かな期待をしていた。

私はケイに好意を抱いていたし、ずっとアピールしていた。明言しなかったけど。
当然、ケイは私に好意があると、信じ込んでいた。
ケイが「お前が好きだ」と言ってくれる日を勝手に待っていた。
そして、この同窓会でついに私は告白される!
更に大学を卒業した後、私はケイの妻・【西野まりか】になる。

そんな愚かな期待を…。


時は経ち、2月の同窓会の当日になった。

気合い満々の私は、母に手伝ってもらって着物を着た。私の為に母が購入した物で、緑の地に紅梅が描かれたものだ。

普段はしないメイクも、この日は母に指導されながらやってみた。塗り絵みたいで面白かった。

メイクを張り切った割に髪型はお粗末で、ただ後ろ髪を玉状にまとめただけだった。

頼んでもないのに父が私の為に買った黒い革製のハンドバックがあったが、ようやく使う日が来た。
このバッグの持ち手にマイメロを括り付けた。

そしていざ、私は出陣した。


同窓会は14:00 ~ 18:00という時刻で予定されていた。

私はまず12:00頃にケイのお祖母さんの家でケイと合流し、一緒に昼食を摂ってから会場に向かう予定にしていた。

特に支障なくケイのお祖母さんの家に到着した。私はケイとお祖母さんに出迎えられた。

お祖母さんは私を見るや少し大袈裟に感嘆し、ケイは一瞬だけ私を見た後すぐ視線を逸らした。ケイの顔は少し赤くなっていた。

「祖母ちゃん、写真を頼む」

ケイはお祖母さんにスマホを託した。
お祖母さんは、まず私一人だけの写真を撮影。それから、ケイと二人で並んだ写真を撮影した。

基本的に私は持ち上げられて気分が良かったのだけど、お祖母さんのこの一言だけが少し気になった。

「ケイ。あんたは本当に幸せだよ。こんな綺麗なお友達がいるんだから」

友達じゃなくて彼女!
そう言いたかったけど、さすがに流した。

写真を撮った後、私はケイと一緒に、二階のケイが使っていた部屋に移動した。文筆部時代、ミーティングの場にも使われた思い出の一室だ。

「懐かしーい! じゅり恵のゲームとか、めっちゃ思い出す! あれ!?」

私は開口一番そう言ったけど、よく見たら部屋は少し変わっていた。
ジムにありそうなベンチプレスや腹筋台が置いてあったのだ。ケイがマッチョになった原因はこれだろうけど、一体どうして?

私が目を丸くしていると、ケイは説明した。

「高二の夏休みに買ったんだよ。急に筋肉つけたくなってな」

ケイの喋り方はいつも通りぶっきら棒だったけど、私は目が潤みそうになった。

(高二の夏休みってことは、私がツケルに襲われた後だよね。まさか、私を守る為に?)

私はそう思った。これの真偽は今でも解らない。私の自惚れかもしれない。だけど、時期的にその可能性は充分にあった。

程なくして、お祖母さんが昼ごはんを持って来てくださった。
高校生の時と同じで、出前のお寿司だった。ケイには鮪や帆立などの通常ネタを、私にはかっぱ巻きや玉子巻きや納豆巻きなどの安いネタを、別々の皿に取り分けてくださっていた。
ありがたく頂いた。


昼食の後、私とケイは同窓会の会場に向かった。ケイの運転する車で。
助手席に座った私は興奮した。

(ちょっと待って! 私もう、完全に奥さんじゃん!)

ルームミラーに映った私の顔は、猛烈にニヤけていた。

20分くらいで会場のホテルに着いた。時間前だったけど、ロビーには既に沢山の同級生が待っていた。

「きゃあああああああっ! ミキちゃん、久しぶり! めっちゃ可愛い!!」

親しかった女の子を見かけたら、私は高い声で相手を誉めまくった。
私が女の子たちと喋っている間、ケイは暇そうにボケーっとしていた。

ツケルとサセコの姿は無かった。


14:00になったら会場のドアが開いた。立食パーティー形式だったけど時間的にご飯はなく、テーブルにはお菓子が並んでいた。ケーキバイキングみたいだった。
最初はケーキなどを食べまくり、それから喋りまくった。

暫くすると、お呼ばれした先生方が姿を見せた。壇上みたいなところに一人ずつ上がって、短めの演説を一人ずつされていた。
文筆部の顧問の先生は来てなかったけど、ピー先生はいらしていた。

(後でピー先生を捕まえて話そう!)

ピー先生が壇上に上がった時、私はそう思っていた。

先生方は演説を終えた後、立食パーティーに混じってきた。私は高三の時の担任の先生に挨拶をした後、最大の恩師であるピー先生のもとに向かおうとしたのだけど…。

ピー先生には意外な先客と話していた。

「その節はお世話になりました。数学は最後までできませんでしたけど、他に教えて頂いたことは理解したつもりです」

その先客とはケイだった。これを見て私は思った。
加他真理の発禁処分が告げられた時、ケイはピー先生から厳しいことを言われたけど、多分あれがケイを変えたんだろうと。

「そんなに仲間が大事なら、こんなこと書かないで済むように立ち回れよ! やられてから文句書いたって、意味ねえだろ! お前は誰も守れなかった! 違うか?」

その言葉を思い出すると、私は目が潤んでしまう。

さてピー先生だけど、ケイの言葉をしっかりと受け取っていた。

「お前には文句を言った憶えしかねえけどな。だけど、それでお前が何か学んだと思ってるなら、良いんじゃねえか」

ピー先生は相変わらず、ニヒルにカッコつけていた。

そのピー先生がふと私の方を振り返った。私は驚き、涙が零れないことを祈った。その間にも、ピー先生は私に歩み寄ってきた。

「西野と言えば、バカ女もセット販売だったな。お前の方はどんな感じだ?」

ごく自然な質問だったけど、私は少し狼狽えてしまった。

「あの…。授業は難しくて、ついて行くのが精一杯ですけど…。まあ、ちゃんとやってるつもりです!」

ケイみたいにカッコいいことは言えなかった。そんな私にピー先生は微笑んだ。

「しっかりやれよ、理系女」

理系女とピー先生に言われて、なんか嬉しかった。何を認められたのか知らないけど、取り敢えずバカ女から脱却したらしい。
私は「はい!」と、威勢よく返事した。

そしてピー先生は私からも離れて、他の子に話し掛けていた。
するとケイが私の方に寄ってきた。だから私はケイに訊いた。

「お世話になった先生って、ピー先生のことだったの?」

ケイはその問いに深く頷いた。

「まりかも尊敬してるだろ? ピーさんのこと」

私は「もちろん」と答えた。


あっという間に会は終わった。

その後、二次会は各自の自由と言った感じで、当時のグループ毎に解散していた。

私は女子のグループには加わらず、帰りともケイと行動を共にした。
ケイの車で適当なファミレスに移動して、そこで夕飯とした。

私とケイは二人掛けの席で、向かい合って座った。ケイは、まだ着物の私が見慣れないらしい。見たいけど、あんまり長く見ていると照れてしまう。だから数秒だけ私を見て、すぐ視線を下に落とす。そんな感じだった。

そんなケイを見ていると、私はニヤけてしまう。対するケイは、私に訊ねてきた。

「良いのか? 他の女子と一緒に行かなくて?」

この問に、私はニンマリと笑いながら答えた。

「二次会って、酒が出そうだから嫌なんだよね。あんまり遅くなると、親がキレるし。そんなことより、私が居なくなったら君が一人になってしまうではないか」

最後の一言を、ケイは鼻で笑った。

「調子に乗んな…と言いたいけど、事実だからな。ありがとな」

ケイに礼を言われて、今度は私が何だか恥ずかしくなった。

(いや、ありがとうって…。あんたは一人にならないよ。ずっと私が傍にいるから)

と、私は心の中だけで言った。


夕飯を食べた後、ケイは車で私を家まで送ってくれた。車内でいろいろ喋った。
楽しかった。途中でケイが、この一言を発するまでは。

「大学で彼氏ができたら、すぐ俺に言えよ」

どういう意味なのか私は理解できなかった。

(作る訳ないじゃん。あんたが居るのに…)

私はそう思ったけど、よくよく考えたら怖くなってきた。

(私はケイの彼女でしょう? 違うの? そもそも何を以って彼女と言えるの? 休日にデートとか、したこと無いよね。大学生になってから、会う回数も減ったよね…。まだ、“好き”って、言って貰ってないよね?)

ケイは私を彼女だと思っていないのでは? そもそも私に好意を抱いていないのでは?

今までの慢心が、たった一言で崩された。

ケイは私を家の近くまで運んでくれたけど、私の中に変な不安が残ってしまった。



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