社員戦隊ホウセキ V/第140話;痛みが解る人
前回
六月九日の水曜日、体内にイマージュエルを仕込んだ新しいタイプのゾウオ・氷結ゾウオに十縷を欠く四人の社員戦隊は圧倒され、光里、和都、伊禰の三人が救急搬送された。
午後十二時半頃、職場にてその話を聞いた十縷は、居ても立っても居られなり、寿得神社の離れに駆け込み、時雨とリヨモから話を詳しい話を聞いた。
時雨たちは氷結ゾウオに追い詰められたが、氷結ゾウオもいきなり体に変調を来し、戦闘不能となった。光里とゲジョーの計らいもあり、戦いはそのまま痛み分けになるかと思われたが…。
そこに黒のイマージュエルが出現し、ホウセキブラックに変身したザイガが現れた。
『待て、ザイガ! そいつらを殺すな!』
ブレス越しに愛作が訴える。ブラックはその声にも答えつつ、自分の思惑を述べた。
「ああ、殺さんさ。私なら、お主よりもこの者たちを有効利用できる」
有効利用とは? と問われるより先に、ブラックは拘束した時雨たちに訊ねた。
「今までお主たちの戦いを見てきてが、お主たちは有能だ。ジュエランドのシャイン戦隊とは訳が違う。そこでと言ってはなんだが、お主らニクシムに来んか? 今、こうして戦っていても、地球でのお主らの待遇は変わらん。しかしニクシムならば、活躍した分だけ評価される。どうだ? こちらで力を有効利用せんか?」
引き抜きの勧誘だった。
演説の間、四人はずっとブラックに鋭い視線を送っており、賛同する気配を見せなかった。そして、それを言葉でも明確にした。
「答は前と同じだ。お前たちの仲間になる気は無い」
「俺もだ。侵略の片棒担がされるくらいなら、死んだ方がマシだ」
真っ先に否定したのは、時雨と和都。少し遅れて、伊禰と光里も発言する。
「初めて私たちと戦った時、刑務所に居る罪人なら殺して良いと仰ったり、先のジュエランド王の首を姫様の前で壊してみせたりされていましたわよね? そのような方とは、とても一緒に仕事はできません」
「私も。今のあんたなら仲間になれない」
四人とも、差異はあれど内容は似ていた。
この展開は予想通りだったのだろうか? ブラックは全く動じる様子を見せず、むしろ頷いていた。
「命乞いで身売りするような陳腐な者はおらず、厳しい状況でも己の信念を貫く者ばかり。流石だ。これがお主らの想造力の源なのだな。敬意を表する」
ブラックは四人の近くに歩み寄りながら、賛辞を送った。対する四人は、ブラックの言葉に耳を貸さない。彼が自分たちに何をする気なのかを警戒しているからだ。
「仲間にならぬなら、ニクシム神の糧になれ」
ブラックは和都の前に立つと、徐に彼を蹴り倒した。この行動に、光里たち三人は息を呑む。そしてブラックは、倒した和都の左腕を踏みつけ始めた。左腕を。一帯に和都の悲鳴が響く。
この行動を目の前にして、光里たちは居ても立ってもいられなくなった。
「止めろ! そいつの左手だけは止めろ!」
「貴方も宝飾品を創られるのですわよね? でしたら、止めてください!」
時雨と伊禰が口々に叫ぶが、光の縄に縛られている為、動こうとしてもその場で転がるだけで、実力行使はできない。
この場に居ない愛作も、和都のブレスから訴えた。
『ザイガ! そいつは左利きのジュエリーデザイナーだ。知ってるのか?』
ブラックは冷淡にも感情の音を全く立てず、和都の左腕を踏みながら愛作の問い掛けに応じた。
「ああ、知っているとも。こ奴のピアス、前にゲジョーが買って来たな。決して悪い出来ではなかった。それから左利きであることも、戦いを見ていれば判る」
知った上での行動と聞き、愛作は『ならどうして?』と問い掛け、「だからだろう」とブラックは即答する。和都の左腕を踏みながら。
「こ奴らから苦痛を集めるには、これが最も有効だと判断した。こ奴が宝飾品を創れなくなると思えば、他の者は苦しむのではないか? こ奴らが苦しめば、ニクシム神は強くなる。仲間にならんなら、ニクシム神に苦しみを捧げろ」
ブラックの考えは非情に合理的で的を射ていた。この話に、現場の時雨と伊禰、更には寿得神社の愛作も言葉を失う。平然とこんなことを言ってのけたブラックに、恐怖すら覚えていた。
『外道めが……。其方は悪魔だ。ジュエランド王家の血を継ぐ者ではない』
和都のブレスからは、リヨモが単調な罵声と湯の沸くような音を送ってくる。しかし、リヨモの言葉などブラックに何の影響も与えない。ブラックは全く構わず、和都への攻撃を続ける。
そんな風に一同がブラックの行いに絶句したり憤慨したりしている中、光里の反応だけは少し違った。
(ゲジョーが寿得神社に来た時、社長はゲジョーに言ってたよね? ザイガは他人を思いやれる人だって…。そんな人が、どうしてこんなことするの?)
勿論、光里もザイガの行為に嫌悪感は抱いていた。しかし同時に、過去の記憶と照らし合わせて違和感も覚えていた。そして、更に光里の目は別の所にも向いた。
(ゲジョー…。やっぱり嫌なんじゃん! 貴方、こんなの望んでないよね!)
光里が確認したのは、ゲジョーの表情だ。氷結ゾウオに肩を貸す彼女は、執拗に和都を攻撃するブラックから目を背け、強く唇を噛み締めていた。はっきりと眉を顰めながら。まるで、絶え間なく聞こえてくる和都の悲鳴に心を傷めているかのように。
その顔を確認した時、光里の意志は決まった。
「ねえ、ザイガ。やっぱり貴方、他人の痛みが解かる人なんだね。だからこうして、私たちにとって一番キツいことをピンポイントでやって…」
ブラックは一瞬だけ光里の方を向いたが、それ以外の反応は見せない。おそらく、何を言っても彼が考えを改めることはないだろう。と、誰もが思っていた。しかし…。
「だから役人の痛みを理解して、助けようとしてたんだよね!? 昔から他人の痛みが解かる人だったから!」
光里の言葉は、ザイガの想定外のものだった。
だから驚いたのだろうか? ブラックは和都への攻撃を止め、光里の方を向いた。対する光里は地に伏せたまま、ブラックを見上げている。
「苦しんでいた人を助けようとしていた人が、人を苦しめるようなことをしないで!」
喋っている途中で、光里の目には涙が浮かんできて、そのうち嗚咽が混じってまともに喋れなくなっていったが、それでも言い切った。
直立不動で聞いていたブラックは、体から湯の沸くような音を鳴らし始めた。
「薄っぺらい綺麗を並べるな。私はニクシム神を強くする為に、お主らに苦痛を与えたまで。敵を傷めつけて何が悪い? 私たちは敵同士で、今は戦争中なのだ。そのことを忘れるな」
ブラックは光里に言い返した。
腹這いのまま、その言葉を受けた光里。意外にも、彼女はこの言葉を否定しなかった。
「敵だから…そうだよね。それを言われたら、反論できないね。だったら、自分の仲間には気を遣って。貴方、マ・スラオンの首を壊した時もそうだったけど…。ゲジョーがどんな顔してるか、一瞬でも見た?」
光里に言われて、後ろを振り向いたブラック。彼は確かに見た。ゲジョーが斜め下に視線を落とし、涙を堪えて唇を噛み締めていたのを。
顔を見られたゲジョーは、慌てて弁明する。
「私は何の問題もありません! 敵に惑わされては駄目です!」
ゲジョーは咄嗟に取り繕おうとしたが、涙声だ。ブラックは、依然として湯の沸くような音を立てたままだが、硬直して動かなくなった。そして、光里は最後に言った。
「仲間を悲しませたら駄目だよ。自分の長所を見失わないで」
光里がそう言った直後だった。ブラックのスーツが濃紺色の光の粒子と化し、霧散した。それと同時に、光里たちを拘束していた濃紺色の光の蛇が消失した。拘束が解け、一同は驚く。
解放されるとすぐに伊禰はヒーリングを装着し、その位置のまま手をいっぱいに伸ばして、和都に治癒の光を照射した。
光里と時雨は、和都の元に駆け寄った。
変身の解けたザイガは湯の沸くような音を立てたまま、その場に立ち尽くしていた。
(スケイリーとゲジョーの申す通りだ。確かにマダムに似ている…)
光里の言葉を脳内で反復し、ザイガはそう実感していた。彼が先の光里に抱いた感想は、以前にゲジョーが光里に抱いたものと殆ど同じだった。
(この抗えない安心感、あの奇人と同じだ。しかし謎だ。何故こ奴が? こ奴も奇人だが、あの奇人とは違う。こ奴には威圧感も憎しみも無い。何故だ?)
光里とマダムは完全に一致している訳ではない。スケイリーやゲジョーとは違い、ザイガはその点を具体的に分析できた。
しかし、それでも理解し切れない。そして安心感を抱いて戦意を削がれた筈なのに、何故か光里に対して苛立ちも同時に抱いている。これは以前、スケイリーが「マダムに似ているが苛々する」と言ったのと同じなのだろうか?
あの時、スケイリーはすぐに暴れ出したが、ザイガは暴れる代わりに言葉を発した。
「氷結ゾウオ。力を使いこなせんとは、お主には失望したぞ。この程度だったなら、そのイマージュエルは呪詛ゾウオに渡しておいた方が良かったな」
それまで忘れ去られていた氷結ゾウオに向けて、ふとザイガはそう漏らした。
ゲジョーに肩を借りてグロッキーになっていた氷結ゾウオは、こう言われたら黙っていられなかった。
「何を仰いますか!? 私はこの程度ではありません!!」
氷結ゾウオはそう叫ぶや、自分を支えるゲジョーを突き倒し、その勢いで走り出した。傷付いた和都に寄り添う光里たちの元へ。
当然、光里たちもすぐこれに気付いて振り返ったが、それ以上の対応はできない。
その間にも氷結ゾウオは彼らに迫る。
「一匹は殺す! 死ね!!」
口から大粒の冷凍液を吐き出した。標的は伊禰だ。右足を負傷し、殆ど動けない彼女を狙ったのは的確な判断だろう。
しかし、氷結ゾウオの狙った標的には当たらなかった。
「光里ちゃん! しっかりなさって!」
咄嗟に光里が伊禰の前に出て、壁となったからだ。ホウセキディフェンダーを形成しようとする動きも見せていたが、それは間に合わなかった。光里は冷凍液を生身で受けてしまった。
たちまち光里は全身に霜が降りたように薄く白い氷に包まれ、そのまま天を仰いで後ろに倒れ伏した。
伊禰の悲鳴が響き渡り、時雨も堪らず息を呑む。かくしてこの場は騒然となった。
「ご覧になられましたか、ザイガ将軍…。私の力…」
氷結ゾウオもこれが精一杯だったのか、力なくその場に崩れた。
ゲジョーが健気にも自分を突き飛ばした氷結ゾウオにすぐ駆け寄り、それと同時に倒れた光里にも視線を送った。
(どうして他人の盾になる? 紫の戦士の代わりに、お前がやられただけだろ! それに何の意味がある? 何処まで馬鹿なんだ、お前は!)
敵一人に大打撃を与えたのだが、ゲジョーは喜べなかった。光里に送る視線は何処か悔しそうだ。そんな中、ザイガが歩み寄ってくる。
「氷結ゾウオ、上出来だ。今日はここまでだ。戻るぞ」
ザイガの声に従い、上空に浮いた黒のイマージュエルから木漏れ日のような光が照射される。ザイガはゲジョーと氷結ゾウオと共に、黒のイマージュエルの中に吸い込まれていった。そして黒のイマージュエルは空を突き破り、この場から去っていった。
敵は去ったが、社員戦隊が受けた損害は甚大だ。
和都は失神しており、光里も全身を凍結させられて生死が危うい。彼らに処置を施そうとする伊禰も、右足に重傷を負っている。時雨が最も軽傷だが無傷ではない。
『十王病院が対応してくれる! 早く神明と伊勢を連れて行くんだ!』
ホウセキブレスから愛作の声が聞こえてくる。相変わらず、その手配の速さには驚かされるが、今は感心している場合ではない。
伊禰がガーネットを召還し、四人ともこれに乗せて指示された病院へと急行した。
病院で治療を受けただけで解放されたのは時雨だけで、他三人はそのまま入院した。
次回へ続く!
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