社員戦隊ホウセキ V/第130話;ぶつけるのは魂
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六月五日の土曜日、午後六時半頃に苛怨戦士は出現した。引手リゾートが億田間に作った新しいホテルに。
十縷が心の奥底に封じていた、積年の怨みを晴らす為。
これを止めるべく社員戦隊は苛怨戦士に挑んだが、イエローとブルーはかつての仲間との戦いを躊躇している間に攻撃され、意を決して十縷に引導を渡そうとしたマゼンタは却って苛怨戦士を興奮させ…。
イエロー、ブルー、マゼンタが沈められ、残るはグリーンのみとなった。
「という訳で光里ちゃん。引手リゾートの轢き逃げ社長親子は何処?」
三人を下した苛怨戦士は軽い口調でグリーンに問う。勿論、グリーンはこの問に答えない。三カ所で別々に倒れる和都、時雨、伊禰の三人は、苦悶の表情でこの情景を見守る。
そんな中、青いチャイナドレスのゲジョーが、スマホで撮影を続けながらグリーンに歩み寄ってきた。
「お前らには、あいつを戻すことも殺すこともできん。だったら、あいつに復讐させてやらないか? 引手リゾートの社長親子がどんな奴らか、知っているのだろう?」
グリーンに近づいたゲジョーは、諭すような口調で話し掛けてきた。グリーンは苛怨戦士の方を見たまま、姿勢を変えない。そんなグリーンに、ゲジョーは訴え続けた。
「昨日の呪いの連中もそうだが、あんな奴らは生きていても害になるだけだ。そんな奴らを守る為に体を張り、命を賭けるのはどうかと思うぞ。緑の戦士としての立場など捨て置き、神明光里として真剣に考えろ」
ゲジョーの眼差しは真剣だった。この状況になって、ゲジョーの中に再び光里に辛い思いをさせたくないという気持ちが湧いてきたようだ。
しかし光里とゲジョーの思想には、根本的に相容れない部分があった。
「やっぱり貴方、優しい子なんだね。敵なのに私のことを思ってくれて、凄く嬉しい。だけど、私は貴方みたいには考えられない。昨日の呪いの人たちも引手リゾートの社長親子も、殺したら絶対に駄目だよ」
グリーンは一度だけゲジョーの方を振り向いたが、すぐまた苛怨戦士の方を向いた。そしてグリーンは腰のホルスターに下げたホウセキアタッカーに手を伸ばしてみたが、武器が手に触れた瞬間、思った。
(できる? 本当に殺す気でジュールを剣で斬れる? 銃で撃てる?)
脳裏には二つの光景が甦る。
本気で十縷を葬る気で、殺法を繰り出したマゼンタ。
十縷に引導を渡そうとしたが、銃の引金を引けなかったブルー。
これらの記憶が、グリーンの手を武器から遠ざけさせた。
(できない。それに、やりたくない)
なら、どうする? その疑問に応えるように、彼女の脳裏に別の記憶が甦ってきた。
それは…。昨日、苛怨戦士と化した十縷が光里の頭を鉈でかち割りそうになったが、寸前で手を止めた光景だった。
(確率は低いかもしれないけど…。一縷の望みを信じたい!)
そう思い立つとグリーンは変身を解き、光里の姿に戻った。そして、苛怨戦士に向かって歩き始めた。
武装解除して敵に近づくという行動に、一同は目を見張る。そんな中、光里は苛怨戦士に向けて言った。
「ジュール。ワットさんから聞いたよ。引手リゾートの社長、犯罪者なんだね。社長の父親も、とんでもない人だね。ジュールのお父さん、災難だったね」
光里の言葉は、十縷の憎しみに同調するような内容だった。苛怨戦士は「なら殺させてよ」と即答したが、光里は首を横に振った。
「引手リゾートは憎まれて当然だと思う。だけどさ、復讐は違うよ。貴方のお父さんが間違ってなかったことを認めて、皆で支える。それが大切なんじゃない? 貴方たち家族は、それができてた筈じゃん!? だから間違えないでよ!!」
光里は足を止め、声を張り上げて苛怨戦士に訴えた。すると苛怨戦士は動きを止め、動揺するかのように息を荒くし始めた。
「ほざけ…。見た訳でもないのに! 想像で語るな!!」
苛怨戦士は首を激しく横に振りながら、光里に怒鳴った。しかし光里は屈しない。
「語るよ! あんた見てたら想像できるから! それに…。私の想像、間違ってる? 違うならどう違うのか、ちゃんと話してよ!」
光里は涙を浮かべながら叫んだ。苛怨戦士は言い返さず、息を荒くするだけ。そんな中、苛怨戦士には、見逃せない変化が起きていた。
「石の色が変わっている!? どうして、こんなことが!?」
アレキサンドライトのような苛怨戦士の額と胸の宝石が、夜なのに深い紫から澄んだ緑へと変色しつつあった。
それを最初に見つけたゲジョーは、思わず息を呑んだ。
次に気付いた時雨と伊禰と和都は、希望を抱かずにはいられなかった。
苛怨戦士の変化は、ニクシムの本拠地でも確認されていた。
「いかん…! ニクシム神の力が伝わりにくくなっておる!!」
それを最も強く感じていたのは、苛怨戦士を制御しているマダム。苛怨戦士の宝石が緑になると、途端に自分とのリンクが弱くなるのを感じ、焦りを覚えずにはいられなかった。
「また緑の戦士か。こいつ、面倒くせぇな…」
スケイリーは不快そうに呟く。
その隣でザイガは、湯の沸くような音を立てていた。何が気に入らないのかは定かでないが。
「ええい! これならどうじゃぁっ!!」
マダムは自身の憎心力を高め、ニクシム神から更なる力を引き出す。すると彼女のブレスレットは更に強く鉄紺色の光を放つようになった。
マダムのブレスレットと同調して、苛怨戦士のブレスレットも激しく鉄紺色の光を放つ。その光は苛怨戦士の全身を覆う。しかし額と胸の宝石は、澄んだ緑色のままだ。
「黙れ! 綺麗ごとばかり並べるな!!」
苛怨戦士は叫びながら突進した。光里は前を向いたまま動かず、そのまま苛怨戦士に押し倒された。
光里の上に乗った苛怨戦士はウラームのものと同じ型の鉈を取り出し、これを振り上げる。光里はそれでも屈さず、苛怨戦士から目を逸らさなかった。
「それからもう一つ。あんたが話してくれた、中二の時に助けてくれた女の子の話、忘れてないよね? 助けて貰ったことが嬉しかったなら、他の誰かにそれをしてあげてって言われたこと」
この危機的状況で光里が語ったのは、つい先日に十縷から聞いた話。この話題が出ると、十縷の脳裏にあの少女の言葉が甦って来た。
そして光里は、十縷の脳裏に甦った言葉に続けるように叫んだ。
「やろうよ! その為に、イマージュエルはあんたを選んでくれたんだよ! 私も、ワットさんも、お姐さんも、隊長も…。リヨモちゃんも社長も。みんなでやろうよ!!」
この声は苛怨戦士に突き刺さったのだろうか? 彼は鉈を振り上げたまま、動きを止めた。呼吸は荒く、鉈を握った手は震えている。そして、額と胸の宝石は澄んだ緑色のままだ。
また、光里の言葉は苛怨戦士以外の者たちにも影響を与えた。
「そう言えば、そんな話してたな…。思い出したぜ!」
和都はそう呟きながら、痛む体を押して立ち上がった。彼に少し遅れて、時雨と伊禰も触発されるように立ち上がる。
「マゼンタ、イエロー! グリーンを援護! 苛怨戦士を押さえ込め! 今からレッドを取り返す!!」
時雨が吼えた。これで彼の意思が通じたのか、伊禰と和都は苛怨戦士に向かって走り出した。
近かった伊禰が先に苛怨戦士に接近し、苛怨戦士の右手に回し蹴りを叩き込んだ。これで彼の手許から、鉈が弾き飛ばされる。
「一縷の望みではなく、望みは十個でも何個でもありましたわね! さっきの落椿を避けてくださったこと、感謝致しますわ!」
蹴りを決めた伊禰の表情はこの上なく清々しかった。一方、手を蹴られた苛怨戦士は咄嗟に標的を光里から伊禰に変更し、伊禰に掴み掛かった。さすがに変身していない伊禰は力の差で押し倒されたが、すぐに援護が入った。
「どんな時でも十縷の望みに縋れる! ついでに希望の光が差したってところか!?」
伊禰より遠い位置から走り出した和都が苛怨戦士にタックルして、彼を伊禰の上から退かした。和都はそのまま寝技に持ち込み、苛怨戦士を拘束しようとしたが、相手も抵抗する。激しい揉み合いとなったが、今度は伊禰が和都の援護に回る。
(花英拳奥義・極法・宿木!)
伊禰は和都と交錯する苛怨戦士の背の上に乗り、彼の左腕を背に回して両手両足を絡めて固定した。そして和都も、形は汚いながらも苛怨戦士に圧し掛かり、何とか押さえ込もうとする。苛怨戦士は抵抗するが、力は先程よりも弱くなっている。
「時雨君! 今のうちに!」
苛怨戦士の左腕を封じる伊禰が叫ぶ。その声を受けて、時雨は走り出した。ソードモードのホウセキアタッカーを手にして。
「ジュール! 戻って来い!」
突撃してきた時雨は、苛怨戦士の横を駆け抜けながら剣を水平に薙いだ。狙ったのは、苛怨戦士の左手首に付けられたブレスレットだ。時雨の刃は確実にこれを捉えた。
そして…。
ブレスレットは切れて苛怨戦士の手首から離れて落下した。その瞬間、黒いスーツは鉄紺色の光の粒子と化して霧散し、苛怨戦士の姿が消えて十縷に戻る。苛怨戦士の変身が解けると、ブレスレットに備わった紫色の宝石がガラス細工のように砕け散った。変身の解けた十縷は気を失い、和都と伊禰に拘束されたまま脱力した。
『神社のイマージュエルの反応が消えた…! やったぞ!!』
ブレスレットが破壊された数秒後、四人のブレスには愛作の声が届いた。橙色のイマージュエルの反応が消えたということは、強い憎心力やダークネストーンの力が感知されなくなったということ。つまり、十縷はニクシム神から解放されたのだ。
「脈拍は正常です。呼吸もされてますわね…」
それに続いて、十縷を拘束していた伊禰が彼の安否を確認する。十縷は生きていた。彼らは見事、十縷を救出することに成功したのだ。
そのことが判明すると、時雨と和都は一気に脱力して、その場に倒れ伏した。伊禰は静かに涙を浮かべ、光里は号泣する。
夜の山林は、独特な歓喜に包まれた。
「お前らの勝ちか。侮れんな、シャイン戦隊」
それを遠巻きに見ていたゲジョーは裏拳で宙を叩き、景色に開けた穴を通ってこの場を後にした。彼女の顔は悔しそうなのか安堵しているのか、複雑な表情を浮かべていた。
かくして十縷を苛怨戦士にして暴れさせようとしたニクシムの作戦は、失敗に終わった。マダムたちは銅鏡の映像でそれを確認し、溜息を吐く。
「妾の術を破るとは…。こ奴ら、大したものじゃな」
ブレスレットを左手首から外しつつ呟いたマダムの口調に、悔しさは余り籠っていなかった。
「面白ぇじゃねえか、こいつら。想像以上だ!」
スケイリーは声が上ずっていた。相手が強い程、戦いが愉しめると思っているのだろう。
ところでザイガは対照的に、湯の沸くような音を鳴らしていた。
(何が『間違ってなかったことを認めて、皆で支える』だ。綺麗ごとを抜かしおって。緑の戦士、腹立たしい…)
先程、急に怒り始めたザイガだが、原因は光里の発言だったようだ。詳細は不明だが、とにかく光里の発言は彼の琴線に触れたらしい。
(お主のように、理想ばかり抜かす夢想家が最も疎ましい。その心、必ず圧し折ってやる!!)
どういう風の吹き回しか、ザイガの怒りの矛先は光里へと向きつつあった。
次回へ続く!