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社員戦隊ホウセキ V/第118話;想定外の来訪者

前回


 六月四日の金曜日、十縷がザイガによってニクシム神と交信させられ、苛怨かえん戦士せんしに変貌してしまった。

 その後、帰宅した光里にリヨモから通信があり、二人で十縷を救出する方法を検討しようとしたが、余りにも障壁が大きいという事実ばかりを確認する結果になってしまい…。

 そんな中、なんとゲジョーが光里の住む女子寮に来訪した。



 管理人から内線電話で告げられた内容は、光里を猛烈に困惑させた。

(ゲジョー!? 何のつもり!? どうして私の所に!?)

 彼女を自室に上げても良いものか、光里は悩んだ。しかし考えていると、数秒でこんな心の声が生じた。

(でも、ジュールのことを聞き出せるかもね)

 そう思った光里は、「対応できます」と言って内線電話を切った。そして、この件をすぐリヨモに伝える。

「ゲジョーが来たって、管理人さんから内線があった。もうすぐ、私の部屋まで来ると思う」

 光里がそう伝えると、ブレスからは激しく鉄を叩くような音が聞こえてきた。

『そんな…。なりません。ニクシムの尖兵を家に上げるなど、危険過ぎます』

 リヨモの指摘は当然だ。しかし、光里も考え無しで敵のゲジョーを家に上げる訳ではない。

「確かに、相手が何企んでるのか解らないけど…。今までは、ザイガからの伝言を伝えに来てたよね。だから今回も似たような任務で、襲って来るとかはまずないと思うの。それと、相手はジュールの情報を持ってる筈だから、上手く聞き出せればって思ってね」

 光里は自分の思惑を語った。それでも、リヨモが鳴らす驚きや緊迫の音は止まらない。そんなやり取りをしているうちに、光里の部屋のインターホンが鳴った。光里が再び壁掛けの電話を取ると、ゲジョーの声が聞こえてきた。

『クシミです。入れて貰って大丈夫ですか?』

 それは確かにゲジョーの声だったが、何の芝居か随分と可愛らしく作っていた。普段とのギャップが大きく、光里は思わず吹き出しそうになったが、取り敢えず玄関まで行ってドアを開けた。
 かくして、光里とゲジョーは対面する。

「いらっしゃい。両隣の部屋、今は誰も住んでないから、変な芝居しなくても良いよ。勿論、会話の内容も心配する必要ないから」

 ドアを開けてゲジョーの顔を確認すると、光里はまずそう言った。
    白と濃紺の夏仕様セーラー服を着て後ろ髪を降ろしていたゲジョーは、そう言われて声をいつもの調子に戻す。

「そうか。それは良かった。では、邪魔するぞ」

 かくして、ゲジョーは光里の部屋に上がって来た。ところでゲジョー、首に掛けたペンダントはイマージュエルである緑の宝石を備えたものだったが、耳に付けていたピアスは和都作のタンザナイトの花であり、ニクシム神との交信に用いるものではなかった。

(ピアスはワットさんのヤツだ。ニクシム神と交信するのじゃないね)

 光里はゲジョーを居室のちゃぶ台まで彼女を誘導しつつ、ピアスを確認した。
 そして彼女を座らせた後、安い緑茶を淹れてちゃぶ台に運んだ。

「今日はどうしたの? 家にまで来るなんて」

 光里はゲジョーと対面し、まずは来訪の理由を訊ねた。ゲジョーは敵なのだが、意外に恐怖心や警戒心はそんなに生じない。光里は本当に落ち着いていた。

「今日は私用で来た。お前がどんなショボくれた顔をしているのか、拝みたくてな」

 問われたゲジョーはそう答えた。対する光里は、思わず笑ってしまう。

「性格悪っ…!? 折角美人に生まれたのに、その性格じゃ台無しだよ」

 光里は友達相手のように饒舌だが、これに対してゲジョーは特に言い返さない。だから、光里は自分からどんどん話した。

「あんたよく見ると、改めて美人だよね。ワットさんがデザインしたそのピアスも、あんたが付けると百倍映える。そのピアス、私の友達も持っててさ…。同じデザインで、石がアクアマリンになってる色違いのヤツ。私がプレゼントしたんだ。ワットさんのピアス付けたその子も、なかなか綺麗だよ」

 光里は完全にリラックスしていて、ゲジョーの顔を眺めてその容姿を称えた。
 そして話の勢いで自分のスマホを取り出し、ある写真をゲジョーに見せる。それは和都がデザインした、花を模したピアスのアクアマリン版のものを装着した若い女性の顔のアップだった。これが話の人物であることは理解できるが、ゲジョーは些か反応に困っていた。

「誰だ、こいつ? 短距離走の知り合いか?」

 顔を顰めるゲジョーに、光里は笑いながら頷いた。

「そう。同じ高校で陸上部員だった子。リレーだと、私が第二走者でこの子が第一走者だったんだ。今は引退して、普通の会社員なんだけど、まだ仲良くしてくれてさ。本当に、凄く良い子なんだ。ずっと友達でいたい。ずっと…」

 思い出話を始めた光里だが、話している途中で何故か目に涙が溢れ出し、そのまま嗚咽を始めた。突拍子もないこの展開に、ゲジョーは堪らずたじろぐ。そんなゲジョーの反応に構わず、光里は嗚咽を号泣に変えた。

最音子もねこだけじゃないよ。リヨモちゃんも、お姐さんも、ワットさんも、隊長も…。勿論ジュールも…! 私、誰が欠けても嫌! ずっと一緒に居たい…!」

 半ば強引に話を十縷に結び付けて泣くとは、ある意味で高等技術だ。
 かくして写真の人物の名はモネコだと判明したが、そんなことはどうでもいい。「ショボくれた顔を見に来た」と言っていたが、光里の泣き顔を眼前にしたゲジョーはひたすら困惑していた。
    そして、光里はこの勢いでゲジョーに訴える。

「今、ジュールはどうしてるの? あんたたちは、ジュールに何をさせる気なの? お願いだから、ジュールを元に戻してよ!」

 今の光里の様は、泣きついてきたと言って差し支えなかった。泣きつかれたゲジョーは視線を落とし、呟くように答える。

「奴はもう、ニクシムの苛怨戦士だ。これからは悪しき者たちを苦しめて、それをニクシム神に捧げる為に従事する。眠っていた奴の正義を、マダムやザイガ将軍が目醒めさせたのだ。もう元には戻らん」

 ボソボソ喋りだったが、光里にはしっかりと聞き取れた。そして、ゲジョーの使ったいろいろな語句に、光里は激しい違和感を覚えた。

「正義って何? 憎しみじゃないの? あんなに怒り狂って…。あんたたち、ジュールを怒らせて、暴走させただけじゃん。何が正義なの?」

 光里が最も違和感を覚えたのは、正義という単語だ。そう言われることをゲジョーは想定していたのか、特に動じないで淡々と返した。

「知らんのか? 憎心力の源は悪に対する怒りだ。実際に奴は、ふざけた理由で呪いを掛けた馬鹿共に怒っていただろう。奴は正しく、悪しき者に怒ったのだ」

 ゲジョーの説明を、光里は意外に思った。今まで光里が抱いていた憎心力の印象は、ゲジョーが語ったものと違った。しかし、ゲジョーの話と十縷の行動を照らし合わせると、それなりに整合性が取れる。
    光里は泣きながらも驚き、目を点にしていた。

『ニクシムの密偵よ、出鱈目を申すな。何が正義の心だ。憎心力は悪の心だ』

 脇に置いたブレスからは、そんなリヨモの声が聞こえてきた。湯の沸くような音もしていて、怒っていることがよく解かる。
    しかしゲジョーはこれを相手にせず、光里に対して語り続けた。

「それはそうと、お前。赤の戦士の敵になるのは辛いだろう? そして私は、お前に借りがある。だから…。借りを返す意味も込めて、お前には提案したい」

 ゲジョーは真剣な顔で光里に言った。その雰囲気に光里も思わず引き締まる。ちょっとした緊張感が漂う中、ゲジョーは言った。

「お前もニクシムに入れ。そして共に戦おう。それが一番いい」

 自然な流れで、ゲジョーはそんなことを言った。
 当然、光里は驚いた。目を見開き、暫く何も言えなかった。ブレスを介して会話を聞いていたリヨモも、驚いて鉄を叩くような音を鳴らしていた。
 そんな中、ゲジョーは真っ直ぐな視線を光里に向け続けている。本当に真っ直ぐな視線を。

(これ、この子の意志だ。ザイガやマダムに言われたんじゃない。この子、本当に私をニクシムに入れたいんだ)

 その視線にはゲジョーの純粋な感情が籠められていた。それこそ、光里が簡単に察することができるくらいには。そして、光里はゲジョーの視線からこんな気持ちも読み取っていた。

(これは何かの罠? 違う。この子、私を助けようと思ってるの?)

 ゲジョーの真意は断定しかねるが、少なくとも視線や語調に悪意は全く感じない。しかし善意だとしても、ゲジョーの問い掛けは返答に困る内容だ。
 光里は独特な困惑に見舞われ、暫く言葉を失った。


次回へ強く!


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