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社員戦隊ホウセキ V/第93話;宝石が砕けた日

前回


 五月二十九日の土曜日の夜、リヨモは寿得神社の離れで、物思いに耽っていた。

「燐光ゾウオ、殺刃さつじんゾウオ、念力ゾウオ、剛腕ゾウオ…。ジュエランドを襲ったゾウオは、壊猛かいもうゾウオを残すのみとなりました」

 リヨモは雨のような音と耳鳴りのような音を鳴らしながら、夜空を見上げる。

(しかし、ワタクシの知らないゾウオが二体も送り込まれてきました。また新たなゾウオが創られる危険もあります…)

 戦いは終わる気配が無い。依然として、光里たちを危険な目に遭わせ続ける。自分が地球に亡命してきたせいで、光里たちはかつての平穏を奪われた。光里たちはそれを否定するが、ずっとリヨモは罪悪感を抱き続けていた。

 マダム・モンスターの討伐に向かったザイガが、マダム・モンスターと結託した。
 同行した当時のシャイン戦隊の亡骸と共に送られたきた声明文はジュエランド城を騒然とさせ、すぐさま王族と国の要職に就く者たちが招集された。その中には、元服前のマ・カ・リヨモも含まれた。

「マ・ツ・ザイガもシャイン戦隊も居ない。マ・ツ・ザイガは敵になった。その後ろには、シャイン戦隊を倒した者たちも居る。残った軍勢では勝ち目が無い…」
 国軍の役割も務める公安職の者が、弱気な発言をする。しかし、これは紛れもない事実だ。王であるスラオンも悩み、歯車が軋むような音を立てていた。

「怯むな。どんな状協でも最善は尽くさねばならん。犠牲者は最小限で済ませたい。だから…。余が一人でザイガと戦おう。大将のみで決着をつけるよう、敵に提案する」

 悩んだ末に、スラオンはそう言った。勿論、周囲は猛反対した。もし王が敗れ、命を落としたら…。王妃や臣下がそう思うのは当然だったが、王の心は決まっていた。

「それが最も犠牲が少なく済む方法であろう。そもそも王家は民に守られる存在ではない。民を守る存在なのだ。今、余が成すべき王としての務めが、これなのだ」

 スラオンはそう言い放った。王にここまで強く言われては、誰も反論できなかった。

 リヨモはこの場にただ同席していただけだったが、この勇ましい言葉に心打たれたことは、今でも克明に憶えている。彼女の目には、父の姿は眩しく映っていた。彼女は心の中で、何度もその言葉を反復していた。
   そんな娘の元に、父のスラオンは歩み寄ってきた。

「リヨモ。其方は地球へ亡命せよ。其方だけは生き残るのだ」

 スラオンはリヨモの両肩を強く掴み、そう言った。この展開を想定していなかったリヨモは鉄を叩くような音を立てて反論した。

「なりません。ジュエランド王家の者として、自分だけ逃げるなど…」

 父が王としての役割を全うしようとしている今、娘の自分が逃げ延びるなど、リヨモには考えられなかった。そんな娘に、父は言い聞かせた。

「逃げるのではない。生きるのだ。其方だけは生きよ」

 当時のリヨモは、父が何を言いたいのかよく理解できなかった。しかしこの言葉もまた、やたらと印象に残った。印象的な言葉に呆然としているリヨモを、今度は母である王妃のマ・ゴ・ツギロが後ろから抱きしめ、言い聞かせてきた。

「私も陛下と同じ気持ちです。貴方だけは生きて」

 その時、母は雨のような音を鳴らしていた。耳元でそれを聞いていると、連鎖的にリヨモも同じ音を鳴らしてしまった。
―――――――――――――――――――――――――
 このやり取りの後、リヨモは城の一角にある、イマージュエルを保管する倉庫に連れて行かれた。倉庫と言っても外観は宮殿にしか見えず、中も床や壁は大理石で、金の装飾まで施されて豪華だ。その広間に、大きなイマージュエルが六つ静置している。シャイン戦隊が交信する直方体の形をした五色のイマージュエルと、王家の者が交信する六角柱の形をした無色透明のイマージュエルだ。この時点では、まだ無色透明のイマージュエルは割れておらず、美しい水晶柱のようだった。

「愛作、大変だ。ザイガが裏切った。国が落とされる。娘をそっちに送ることにした。申し訳ないが、娘を頼む」

 親子三人と従者数名でこの建物に入ると、スラオンはブレスレットですぐ地球に居る新杜愛作に連絡を始めた。ニクシムがいつ攻めて来てもおかしくないという状況なので、スラオンはかなり焦っていて、愛作との通信にもそれが現れていた。
    そして通信している最中、彼を焦らせていた想像が現実となった。

「黒のイマージュエル。やはりマ・ツ・ザイガは…」

 黒のイマージュエルが飛来したのだ。着地はせず、ジュエランドを見下ろすように空に浮いていた。その光景が大きな窓から見え、リヨモは思わずそう口走った。

「愛作。これまでだ。ザイガが来た」

 スラオンも空に浮く黒のイマージュエルを確認すると、すぐに愛作との通信を切った。そしてリヨモの方を振り向き、彼女にある物を手渡した。それは五つのホウセキブレスだった。適合者を失い、輝きを失った。それを両手に受け取ったものの、意図が解らずに呆然とするリヨモに、スラオンは言い聞かせた。

「ホウセキブレスと五色のイマージュエルも、地球に持って行け。地球でシャイン戦隊を結成するのだ。ニクシムが地球に現れた時、地球のシャイン戦隊と共に地球を守れ。地球だけは、ジュエランドやスカルプタのようにするな」

 そう言うと、スラオンはリヨモを強く抱き締めた。それに続き、母のツギロも後ろから強くリヨモを抱き締めた。

 両親が腕を放すと、リヨモはティアラに念じて無色透明のイマージュエルから木漏れ日のような光を照射させ、その中に入った。

   リヨモがイマージュエルの中に入ると、スラオンとツギロはそれぞれブレスとティアラを通じて自身の想造力をイマージュエルに送る。
    すると無色透明のイマージュエルは光を放ち、その光で五色のイマージュエルも包み込もうとする。そして、イマージュエルの後ろの風景は少しずつ皹割れ始めた。

「おそらく、これで地球へと行けるな。では、こちらも急ごう。ザイガが国民を手に掛ける前に」

 スラオンは娘の乗るイマージュエルに背を向け、この場を発った。妻のツギロ、そして従者数名もそれに続いた。その光景を、リヨモはイマージュエルの中でしっかりと目にしていた。

(父上、母上。どうかご無事で)

 間もなく自分は地球へと送られる。そして両親は、国の命運を掛けた戦いに臨む。リヨモには祈るしかできなかった。
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 強大なイマージュエル六つを、時空を歪めて何光年も彼方へと瞬間移動させるのは負荷が大きく、リヨモとイマージュエルはすぐに地球へと転送されず、暫くジュエランドに留まっていた。これがリヨモにとっての不幸だったのかもしれない。

『ザイガよ、聞こえるか。余が其方と戦おう。余は国民の盾となる』

 無色透明のイマージュエルはまだスラオンと交信していた為、彼がザイガへ送った通信はそのイマージュエルの中に居るリヨモの耳にも入った。この声が聞こえると、どうしてもリヨモは気になった。

(父上と母上は、助かるのでしょうか?)

 そしてイマージュエルはこの感情を受信し、彼女に見せた。父と母の現状を。二人の居る場所の光景が、映画のスクリーンのように投影される。思わず、リヨモはそれに見入ってしまった。

 スラオンとツギロは、城の中庭に居た。
    スラオンは金属製の杖を手にしていた。この杖はジュエランドの王のみが持つことを許される杖で、ブリリアントカットのダイヤモンドに似た小型のイマージュエルが先端に備えられている。そのイマージュエルが輝き、スラオンは金一色の甲冑に身を包んだ。
 彼の後ろにいたツギロは、銀色の甲冑に身を纏っており、手には金色の短剣を握っていた。

『私と戦う? 武芸も学芸も想造力も、全ての点で私より劣る分際で。身の程知らずもここまで来ると、才能かも知れんな』

 黒のイマージュエルはスラオンからの通信を受け、中庭の上空まで移動してきた。黒のイマージュエルはザイガの厭味と共に木漏れ日のような光を照射し、ザイガとその仲間たちを降ろした。

(マ・ツ・ザイガ…。鎧が変わっている)

 映像を見て、リヨモは気付いた。現れたザイガの身を包む戦闘スーツが以前と異なっていることに。
    凡は以前と同じだが、額と胸にあったジュエランド王家の紋章が消えていた。代わりに、額にはアメジストのような紫の宝石と金の装飾、そして胸にはエメラルドのような宝石と金の装飾が施されていた。

(この者はスカルプタの民? マダム・モンスターか? ティアラとブローチは、マ・ツ・ザイガの鎧と同じ。マ・ツ・ザイガは本当に裏切ったのですね)

 ザイガの後ろにはドレスを着た女性が居て、それがマダム・モンスターだとリヨモは直感した。そして気付いた。彼女のティアラとザイガの額、そして彼女のブローチとザイガの胸は、デザインが同じだと。これはザイガがジュエランドを裏切った証だと、リヨモは確信した。
   リヨモの目は、更にその後ろにも及んだ。

(何と禍々しい姿…。これがシャイン戦隊を殺した者たち?)

 二人の後ろには、五体のゾウオが構えていた。それぞれの名前は、後で各位が名乗ったことで明らかとなり、以降もリヨモは彼らの姿と名前を忘れなかった。

 リヨモが見守る中、スラオンとザイガの戦いはすぐに始まった。ザイガはダマスカス鋼の刀、スラオンは杖を手に、それぞれ走り込む。そして、互いに一撃を振るった。

    勝負は一瞬だった。

    ザイガの一刀はスラオンの胴を捉え、金の鎧を切り裂いて体まで刃を届かせた。
   スラオンはこの一撃に屈し、天を仰いでその場に伏した。金の鎧は光の粒子と化して霧散し、スラオンは普通の服装に戻った。

「父上…」

 その様を見た時、リヨモは鉄を叩くような音を大きく立てたが、それは一瞬だった。何故か、それから感情の音は一切消えた。

 スラオンが伏した後、ザイガはスラオンと何か言葉を交わしていたが、それをリヨモは憶えていない。鮮明に憶えているのは、ザイガが最後にスラオンへ向けた言葉と、それと同時に剣でスラオンの喉を刺し貫いたことだった。

『お主は何処まで無能なのだ』

 スラオンが斃れた後、ザイガの言動に対して湯の沸くような音を立て、ツギロがザイガに突撃した。ツギロは金の短剣で刺突を繰り出したが、ザイガには通じなかった。ひらりと避けられ、簡単に腕を捻られて地に転ばされ、更には蹴られて吹っ飛ばされた。

『この者に興味はない。しかし、悪しき思想に染まった愚か者。生きていたら有害だ。壊猛ゾウオよ、殺しておけ』

 ザイガのこの発言も、リヨモには衝撃的だった。
 指示を受けた巻貝のような意匠を持つ異形は、先端が輪宝貝のようになった大きな棒状武器で、ツギロの体を何発も打ち据えた。一撃で殺さないよう、わざと腕や脚を殴っているようだった。

 まだイマージュエルは転送されなかった。だから、リヨモはこの様もしっかりと見てしまった。
   加えて、その王妃を救おうと立ち向かった従者たちが、ザイガの連れてきた他の異形たちに襲われ、斃れていく様も。
    ザイガとマダム・モンスターはツギロたちには本当に関心が無いのか、踵を返して何処かへ発っていった。

「父上と母上が殺された…。ジュエランドは滅ぼされる…」

 一連の光景は、まだ少女であるリヨモには辛すぎた。もう感情などを通り越し、意識を失いそうになっていた。朦朧とした意識の中で彼女が呟いた数秒後に、ようやくイマージュエルは地球へと転送された。それは、スラオンが愛作に連絡をしてから、およそ五分後のことだった。

 なお、無理な移動には猛烈な負担が掛かり、寿得神社の裏山に着いた直後に、無色透明のイマージュエルは皹割れ、幾らかの破片を散らした。

   

次回へ続く!

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