第136話;善戦!…しかし?
前回
六月六日の日曜日、十縷は社員戦隊を脱退した。
その三日後である六月九日の水曜日。午後十二時半頃に、次なるニクシムの尖兵・氷結ゾウオが出現した。
社員戦隊は、氷結ゾウオの暴挙を止めるべく出撃したが、人数は四人。その中に、十縷の姿は無かった。
氷結ゾウオが凍らせて交通事故が連発した都心の間を通る高速では、程なくすると事故は起こらなくなった。軒並み、車が転んだからだ。
しかしそれは、惨劇が終わったという意味ではない。
「あらあら、わざわざ車から這い出して来るとは、とんだ物好きね」
被害者のうち動ける者は何とか車外に出て、この場から逃げようとしていた。しかし路面は凍結しており、歩こうとしても滑って全く進めない。そんな者たちを氷結ゾウオは嘲笑い、ウラームの鉈を持って静かに迫る。
「ニクシム神に捧げ物をしたいのかしら? なら、望み通りにしてあげるわ!!」
凍結した路面も氷結ゾウオは全く苦にせず、普通に歩く。そして、すぐ進めない人々の眼前まで迫り、一人ずつ鉈で斬っていった。
頭をかち割ったりはしない。肩や背中など、急所ではない部位を浅く斬るだけだ。
人々は死なず、傷の痛みに苦しんで絶叫する。その声は何光年もの距離を越えて、ニクシム神に捧げられる。氷結ゾウオは的確に任務を遂行していた。
「あら。もうお前一人ね。ふふふ…」
外に這い出した者のうち、斬られていない者は若い男性一人だけになった。他の者が斬られて苦しむ様を何人分も見せられた彼の頭の中は、もう恐怖で一杯だ。目の前で鉈を振り上げる氷結ゾウオの姿を、涙目で見上げるしかできない。しかし…彼は運が良かった。
「何っ!? 風? それとも光?」
唐突に脇から何かが飛んで来て、氷結ゾウオが斬ろうとした人物を抱えて移動させた。かくして氷結ゾウオの鉈は目標を見失い、空気を切る。
氷結ゾウオの目には、緑の風か光が脇から現れ、瞬時に人物を連れ去ったようにしか見えなかった。緑の風か光が何なのかを確認するべく、氷結ゾウオはそれが逃げた方向に目を向ける。彼女が見た光景は、だいたい予想通りだった。
「緑の戦士か。この氷の女王の邪魔をするとは、いい度胸ね」
緑の風か光の正体はホウセキグリーンだった。グリーンは氷結ゾウオが斬ろうとしていた男性に飛びつき、そのまま彼を抱えて路肩の方まで移動していたのだ。
かくして氷結ゾウオは標的をグリーンに変更して迫ろうとしたが、グリーンとの戦闘にはならなかった。
「お前の相手は俺たちだ!」
そんな男声が響き渡ると、声の発信源の方からブルーとイエローが走って来るのが見えた。二人はソードモードのホウセキアタッカーを手にしており、距離を詰めるやすぐ氷結ゾウオに斬り掛かってきた。
氷結ゾウオは慌てず鉈で相手の斬撃を上手く受け流すが、ブルーとイエローも強い。代わる代わる間断なく斬撃を繰り出し、氷結ゾウオに反撃の機会を与えない。
ブルーとイエローが氷結ゾウオを引き付けている間に、グリーンは救助活動に勤しむ。
「フロギストンショット!…歩ける人は、今のうちに逃げてください!」
グリーンはガンモードのホウセキアタッカーを路面に向け、ガスバーナーの細い炎を模した緑色の光線を照射する。光線は路面に当たると、全体を包み込んでいた氷を瞬時に温い水に変えていく。
これで滑る心配は無くなり、グリーンに助けられた男性をはじめ無傷や軽傷の者たちは、一番近い出入り口を目指して走り出した。
「もう大丈夫ですわよ。救急隊もすぐそこにいらっしゃいますので」
マゼンタは主に、怪我人の対応を引き受けていた。まずは、車外に出たところを氷結ゾウオに斬られた者たちへの応急処置を行う。
ベルトからピンクゴールドの指環を取り出し、右手の薬指に装着する。今回の指環はフィブリング。血止草のような円形の葉の装飾が施された、止血専用の指環だ。この指輪を嵌めたマゼンタの右掌から、うねる糸のようなピンク色の光が何本も照射された。その光が怪我人の傷口に当たると、すぐ瘡蓋ができて血が止まった。
マゼンタは応急処置を済ませると、グリーンと共同で怪我人たちに肩を貸し、動ける人たちが逃げて行ったのと同じ方向に彼らを連れて行く。
その先には停車した数台の救急車と、ストレッチャーを転がして走ってくる沢山の救急隊員が見える。マゼンタの言った通り、救急隊はすぐそこまで来ていた。
「救急隊がこんなに早く来るなんて…。社長のコネ、凄いですよね」
グリーンとマゼンタは、怪我人たちを次々と救急隊に引き渡す。その中で、ふとグリーンはマゼンタにそう言った。マゼンタはグリーンとの会話をそこそこに、現場全体を見渡す。
まだ横転した車の中には、怪我をして出られない人々が残されている。そして少し離れた場所では、ブルーとイエローが氷結ゾウオと戦っている。戦況はブルーとイエローが優勢のようだ。
「グリーン。残りの救助活動は救急隊の方たちにお任せてして、私たちはゾウオの殲滅を優先しましょう。あの感じなら、四人で畳み掛ければ確実に倒せます」
戦況からそう判断したマゼンタ。それはグリーンも同感だった。かくして二人は被害者を救急隊に任せ、自分たちは戦場へと走っていく。
その時、ブルーとイエローは氷結ゾウオと剣戟を繰り広げていた。その中で、ブルーは持ち前の聴力でグリーンとマゼンタが向かって来るのを感知し、丁度良いタイミングを見計らって声を掛ける。
「イエロー! 横に動け! 選手交代だ!」
イエローはブルーの意図を察し、彼の言う通りに動く。かくして、ブルーとイエローはそれぞれ左右に動き、氷結ゾウオの前から退く。
しかし氷結ゾウオの正面は無人にはならず、俊足のグリーンが一気に距離を詰めて来た。
(速い! ようやく二人の攻撃パターンに慣れて来たのに…!)
不意に青と黄の自動ドアが開き、そこから飛び込んで来た緑の光。グリーンは短剣から矢継ぎ早に小刻みな斬撃や刺突を繰り出し、その中に蹴りも織り交ぜて、氷結ゾウオを攻め立てる。
ブルーとイエローの攻撃に合わせていた氷結ゾウオは、速さも型も異なるグリーンに思わず舌打ちするほど手を焼いていた。その為、氷結ゾウオは正面のグリーンに集中せざるを得ず、周囲への注意が自ずと疎かになっていた。
「四対一のリンチ状態だということをお忘れなく! 花英拳奥義・打法・鳥兜!」
マゼンタも戦闘に加わったことに氷結ゾウオが気付いたのは、攻撃を食らう寸前だった。走って来たマゼンタは、円を描くような足運びでグリーンと交戦する氷結ゾウオの左脇を通り過ぎ、回転運動に乗せた左腕の肘撃ちを、すれ違い様に氷結ゾウオの盆の窪に叩き込んだ。
これをまともに食らった氷結ゾウオは、たちまち全身が痺れる感覚に襲われ、堪らず倒れそうになる。
グリーンとマゼンタはこの隙を突いて仕留めに掛かるのかと思いきや、二人とも跳ぶように氷結ゾウオから離れた。彼女らはお膳立て要員で、トドメの担当は別にいるからだ。
「ソードフィニッシュ!」
グリーンとマゼンタが退くと、今度はブルーとイエローが突撃してきた。それぞれの色に光る剣を振り翳して。氷結ゾウオをグリーンとマゼンタが引き受けている間に、二人がホウセキアタッカーに充分なイマージュエルの力を宿らせていたのは語るまでも無い。
グリーンの素早さに手を焼いていた氷結ゾウオはそのことに気付けず、更にマゼンタの鳥兜を食らった今、体が痺れてこれに対応することはできなくなっていた。
「ああああっ!」
氷結ゾウオはまずイエローの斬撃で胴体と右腕を、続いてブルーの斬撃で首をそれぞれ斬られた。鉈を持った右腕と、憎悪の紋章を備えた頭部がそれぞれ胴体から離れて吹っ飛ぶ。そして、右腕と頭を失った体は力なく両膝を折り、そのまま路面に伏せた。
レッドが不在でも、社員戦隊は見事な連携で氷結ゾウオを伏せさせた。寿得神社では、リヨモのティアラがその光景を映し出していた。
「ゾウオを倒しました。皆さん、見事です」
リヨモは言葉こそ単調だが、体内から激しく響く鈴のような音で歓喜を表していた。
愛作も表情を綻ばせたが、それは一瞬だった。すぐに彼は息を呑み、映像と自分の手許を交互に見比べていた。明確に不信感を含んだ眼差しで。
リヨモもこの様子をすぐに覚り、感情の音を鈴のようなものから噛み合わせの悪い歯車のようなものに変える。
「どうされたのですか?」
単純に質問したリヨモ。確かに思えば変だ。そして愛作だけではない。ブルーも殲滅の報告をしない。
ティアラの映像をよく見てみると、リヨモも妙な点に気付いた。
斬られた氷結ゾウオの体が泥化せず、形を維持しているのだ。斃した筈なのに。
「神社のイマージュエルの反応が消えないんです。ゾウオを斃した筈なのに…」
深刻な表情のまま、愛作は静かに言った。彼が交信している橙色のイマージュエルは、憎心力やダークネストーンの力を感知する。通常、ゾウオが撤退したり活動を停止したりすれば、この反応は消える。しかし、今回は反応が消えず、愛作の指環は依然として警告灯のような橙色の光を放ち続けている。
「どういうことでしょうか? まさか、他にもゾウオがいる…? それとも、あのゾウオはまだ生きている?」
リヨモの中で嫌な想像が膨らみ、その想像は耳鳴りのような音を彼女に鳴らさせた。
「社員戦隊、注意しろ。まだ神社のイマージュエルが反応している。周囲に他のゾウオがいるか、はたまたそのゾウオが生きているのか…。どの道、まだ戦いは終わっていない」
愛作は指環を介して、現場で戦う一同にその旨を伝えた。
愛作に伝えられる前から、現場の四人はこの不穏な空気を察していた。
「体が崩壊しない点に鑑みますと、あのゾウオはご存命なのでしょうね」
そうマゼンタが呟いた次の瞬間だった。路面に転がっていた氷結ゾウオの右腕が、いきなり一直線に社員戦隊の方へと飛んできた。まだウラームの鉈を握っている手が。
「マゼンタの予想は正しいみたいだな!」
斬られた腕が飛んでくるのを予想していたかのように、ブルーは素早く前に出て、剣のホウセキアタッカーで迎撃した。右腕は手首を斬られて、手先と小手が別れて力なく地に落ちる。ブルーの対応で事なきを得たが、まだ緊張の時は続く。
「あははははは! あははははは!」
突如、一帯に女声の高笑いが響き渡った。社員戦隊の四人は思わず息を呑む。四人とも聞き憶えがある声だ。と言うか先までこの声を聞いていた。些か恐怖を覚えつつも、四人は声の方向に目をやる。するとそこには、予想通りだが、目を疑う光景が広がっていた。
「やるわね。そこそこ戦えるじゃない」
声を発していたのは、路上に転がっていた氷結ゾウオの頭部だった。体と切り離されても平然と喋る頭部は四人に独特な威圧感を与え、攻撃しようという気力を奪った。四人は独特な気配に押され、凍り付いたように動けない。
その間に、今度は氷結ゾウオの体がゆっくりと立ち上がった。右腕と頭を失った体が。その体は左右に大きくふらつきながらも、転がった頭の方まで静かに歩いて行く。そして頭の位置まで到達すると、体に残っていた左手一本で転がっていた頭を拾い上げ、首の上に乗せた。すると瞬時に首は体と繋がった。
「何なの、このゾウオ? 不死身?」
思わずグリーンがそう言ってしまったが、他三人の戦士や愛作とリヨモも同じことを思っていたのは言うまでもない。
この氷結ゾウオは、簡単に勝てる相手ではなさそうだった。
次回へ続く!
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