社員戦隊ホウセキ V/第116話;鎮静。そして呪詛返し。
前回
六月四日の金曜日、ザイガの策略によって十縷は謎のブレスレットを装着させられた。ブレスレットを介して十縷はニクシム神の力と交信させられ、苛怨戦士へと変貌してしまった。
苛怨戦士は怒りのままに刃を振るう。しかし、十縷に人を殺させまいと、光里が飛び出して…。
「お願い! 殺さないで!!」
呪詛ゾウオに縋った者の一人、大学生の金髪女を鉈で斬ろうとした苛怨戦士。光里は彼女の前に立ち、彼女を守ろうとする。このままでは、苛怨戦士の鉈は光里の頭をかち割ってしまう。
この光景に時雨たちは息を呑み、ゲジョーも思わず声を上げそうになったが…。
「苛怨戦士の動きが止まった? どういうことだ?」
鉈は光里の脳天に触れる寸前で止まった。安堵したのか、緊迫感が続いているのか、独特な雰囲気が一帯を支配する。
和都たち三人とゲジョーは固唾を呑んでこの光景を見守り、ブラックは歯車のような音を鳴らしている。
光里は苛怨戦士を真っ直ぐ見据えたまま微動だにしない。苛怨戦士も光里の頭をかち割る寸前で鉈を止め、硬直したまま動かない。まるで時が止まったかのようだ。
しかし実際には時間は流れており、状況は確実に変化していた。
「アレキサンドライトの色が変わってる…!」
苛怨戦士の額と胸に備えられた宝石が、深い紫色から透き通る青緑色に変化した。最初にそれを確認したのは和都。この変化に一縷の望みを感じたのか、思わず声が上ずった。続いてこれに気付いた伊禰と時雨も、同様に表情を明るくする。
「光里ちゃん…」
苛怨戦士は呟き、そのまま脱力してその場に崩れた。どういう訳か、苛怨戦士は鎮まった。和都たちは「助かった」と胸を撫で下ろす。
しかし、ブラックの反応は正反対だ。
「おのれ、余計な真似を…!」
そう呟くと、ブラックは光里に向かって突進した。その猛烈な速度は、日本の女性の中で最も足が速い光里ですら対応できず、ブラックに捕まって投げ飛ばされてしまった。それからブラックは自分のブレスに向かって囁く。
「ここは一先ず撤退する。マダム、呪詛ギルバスを頼む」
その時、投げられた光里を案じて和都たちが駆け寄ろうとしていたが、それと同時に上空に控えた黒のイマージュエルも動き出していた。黒のイマージュエルは木漏れ日のような光を照射し、これでブラックと苛怨戦士を捕捉する。二人はこの光に沿って浮き上がり、黒のイマージュエルの中へと吸い込まれていく。
「いかん…、ジュールが!!」
和都たちの注意は投げられた光里から、攫われる十縷へと移行する。十縷を何とか奪還しなければと彼らは思ったが、そんな彼らの邪魔する者がすぐに現れた。
「キシャアアアアアッ!!」
空がガラスのように割れ、巨大な異形が飛び出して来たからだ。
それは鋭い歯をトラバサミのように並べた、真っ青な背鰭が帆の様な細長い体の黒い魚。額には柱仙人掌を模した金細工を備え、全身からは仙人掌のような針が生えている。そして、側頭部には火を燈した蝋燭が二本、角のように生えていて、尾鰭に当たる部分は木槌のようになっている。
呪詛ゾウオと同じ憎悪の紋章を持つ、呪詛ギルバスだ。
「お主らの相手はこいつだ」
その言葉を別れの挨拶にして、黒のイマージュエルは空を割って遥か彼方へと逃げ去った。ところでゲジョーは、この場に残って律儀に撮影を続けていた。
その頃、寿得神社の離れは騒然となっていた。十縷が苛怨戦士にされただけでも衝撃的なのに、その十縷がザイガに連れ去られ、更には呪詛ギルバスまで出現した。
「ジュールさんがザイガに攫われてしまいました。これは大変です。助けなければいけません。しかし、どうすれば…」
リヨモからは壊れた歯車のような音と鉄を叩くような音、更には耳鳴りのような音がそれぞれ騒々しく鳴り響く。もの凄く困惑している証拠だ。若いリヨモがこうなると、年長の愛作は却って意識して己を律し、何とか冷静さを保とうとする。
「ザイガを追うのは難しい。だから今はレッドの救出よりも、憎悪獣による被害を食い止めるのが優先だ。社員戦隊、宝世機を呼んで憎悪獣を撃退しろ」
十縷を半ば見捨てる形になるのは辛かったが、これから起こる被害の防止を優先することにした愛作。心の中では抵抗を覚えながらも、滑らかな口調で指環に語り掛け、現場で戦う光里たち四人に指令を送った。
その非情な指令を受けた社員戦隊四人は、それを遂行するべく動こうとしていた。ブラックに投げられて伏せていた光里は立ち上がり、仲間三人が彼女の元に駆け寄る。
「こんな状況で憎悪獣が出るなんて、最悪なんだけど…」
出現した呪詛ギルバスを見上げながら、光里が憎々しく呟く。
十縷=レッドの不在の為、ホウセキングやシンゴウキングは出撃できない。戦力ダウンは必至だ。加えて、彼が連れ去られたという精神的打撃も、短時間ではそうそう癒えない。本当に状況は最悪だった。
「キシャアアアアアッ!!」
一人欠けたホウセキVを嘲笑うように呪詛ギルバスは口から種子を吐き、巨大な柱仙人掌を発芽させた。この仙人掌には、生えた時から既に色紙を巻いた藁人形が磔にされている。人形は四体。色紙は灰色、紺色、サーモンピンク、ベージュの四色。これは、集められた四人が呪いを込めた人形と同じ色だ。嫌な雰囲気を醸し出す中、呪詛ギルバスは尾の槌で人形に刺した針を打った。不吉な音が一帯に響き渡ると、次の刹那には異変が起きた。
「うっ…! 何、これ……。めっちゃ痛い…」
灰色の紙を巻いた人形に刺した針が打たれた瞬間、金髪女が苦しみながら倒れた。その間にも、呪詛ギルバスは他の人形の針も次々と打っていく。すると、他の三人も次々と苦しんで倒れ出す。この展開に光里たち四人は騒然となった。
「呪詛返し? まさか、ここまで仕組まれてたなんて…」
一番近くなった眼鏡男に寄り添った光里たちは実感した。
ニクシムは、彼らの怨みを晴らす為に動いたのではない。最初は彼らが怨む人物から苦痛を集め、次は彼ら自身から苦痛を集め、それらをニクシム神に届けるのが彼らの狙いだった。
最初から解っていた話だが、改めて思い知らされると気分が悪かった。
「マゼンタ。彼らの治療を頼む。他は宝世機であの憎悪獣を倒すぞ!」
気合を入れ直すように時雨が号令を掛けると、一同は再び変身した。グリーンたち三人はイマージュエルを召還し、宝世機に変形させてこれに乗り込む。
マゼンタは戦いから一時的に背を向け、グロブリングの光を四人に照射した。
(まさに人を呪わば穴二つ。この方々がこれに懲りて、己の愚かさを悔い改めてくだされば良いのですが…)
グロブリングの光が四人の体から除去した四本の針を、マゼンタは回し蹴りで右から左へと一気に圧し折っていく。その作業の最中、彼女は彼らが反省することを願ったが、おそらくはそれは叶わない願いなのだろうと、バイザーの下の目は言っていた。
マゼンタがグロブリングの照射を始めた時、呪詛ギルバスが打っていた針がピンク色の光に包まれ始めていた。それでも構わず呪詛ギルバスは針を打とうと尾の槌を振るおうとしたが、それは宝世機に妨害された。
「させないよ! 呪いなんて、悪趣味過ぎ!!」
グリーンの意思を受けたヒスイが、高速で地上を走りながら浮き上がり、呪詛ギルバスに体当たりを敢行する。呪詛ギルバスは細長い体をくねらせてヒスイの攻撃を回避したが、これで柱仙人掌から離されたのは必至だ。その間に、トパーズが柱仙人掌に迫る。
「こんなモンは撤去だ! んでもって、針はお前が貰っとけ!!」
イエローの意思を受けて、トパーズはショベルアームのグラップルで柱仙人掌を把握し、力任せに引き抜いた。更にトパーズはこの仙人掌を離さず、ショベルアームを振り回しながら車体上部を回転させ、仙人掌を棍棒のように操って呪詛ギルバスへ打撃を繰り出した。
「ギャシャアアアッ!!」
呪詛ギルバスはヒスイに気を取られており、トパーズの攻撃には無頓着だった。結果、呪詛ギルバスは自分が生やした柱仙人掌で殴られ、撃墜されて地に叩きつけられた。その間にマゼンタは呪詛を受けた四人への治療を完了し、仙人掌に磔にされた藁人形に突き刺さっていた針は全て消失する。
「行くぞ、マゼンタ! 飛翔合体だ!!」
治療を終えたマゼンタがガーネットに乗り込むと、この時を待っていたブルーが合体を促す。かくしてサファイアとガーネットは合体し、ハバタキングになった。
「グリーン。ヒスイとトパーズの力をハバタキングに送るぞ!」
ハバタキングへの合体が完了すると、イエローがグリーンにそう言った。
確かにハバタキングには、豪華絢爛宝石斬りに相当する強力な技が無い。他のイマージュエルの力を注がなければ、憎悪獣を撃破する程の力は得られないだろう。
グリーンもそれを承諾し、かくして地上のヒスイとトパーズからそれぞれ緑と黄の光が、空中のハバタキングへと送られた。ハバタキングの機体の周囲に、送られた緑と黄の光が帯のように纏わりつき、更にハバタキング自身のピンクと青の光がそこに絡む。
「パワー充填完了! 行きますわよ! 花英拳奥義・打法・落椿!」
マゼンタの意思で、ハバタキングは回転踵落としを繰り出す。その蹴りには、四色の光が宿っていた。呪詛ギルバスはようやく持ち直したところだったが、再び浮遊して早々に側頭部を蹴られる形になった。この一撃は強烈で、呪詛ギルバスは四色に輝く無数の光の粒子と化し、四方八方に舞い散った。
次回へ続く!
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