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社員戦隊ホウセキ V/第138話;氷の女王

前回


 六月九日の水曜日、都心を通る高速道路に出現した氷結ゾウオの暴挙を止める為、十縷とおるを欠く四人の社員戦隊は出撃した。午後十二時半頃だった。

 その後、職場で午後の業務に当たっていた十縷は、恐ろしい話を聞いた。
 光里ひかり和都かずと伊禰いねの三人が救急搬送されたという話を。

 居ても立っても居られなくなった十縷は寿得じゅえる神社の離れに駆け込んだ。

 そこでは、気が動転したリヨモを時雨しぐれが宥めていた。

 そして、十縷は二人から聞くこととなった。

 つい先刻、何が起きたのかを。


「ここからが本領発揮よ! 氷の女王の強さ、とくと思い知りなさい!」

 斬られた体を再生させて立ち上がった氷結ゾウオは、胸元にブリリアントカットを施した無色透明のダイヤモンドのようなイマージュエルを出現させた。そのイマージュエルがチェレンコフ光のような青白い光を放つと、空に分厚い雲が出現して一帯は猛吹雪に見舞われた。
 吹雪は高速道路だけでなく、周辺にも及んでいた。付近のビルで窓拭き用のゴンドラに乗り、戦いを見守っていたゲジョーも例外なくその影響を受けていた。

「さすがに冷えるな…。氷結ゾウオ、流石は過去最強のゾウオだ」

 ゲジョーは寒さに耐えかね、ペンダントの力を使って服装を変えた。
 いかにも清掃員らしい灰色の繋ぎから、黒いダウンジャケットに茶色のニット帽、そして茶色のブーツという具合に。なお、ダウンジャケットの裾は膝まであったが、その下からは紺色のタイツに包まれた足が覗いていたので、ボトムズは膝丈より短いスカートかパンツだと推測される。
 男性視点なら、寒さ対策としては微妙と思われる服装だった。

「遂にゾウオが地球のシャイン戦隊を破るのか…」

 この時点で、ゲジョーは氷結ゾウオの勝利を確信していた。
 しかし、湧いてくるのは喜びや興奮ではない。不安か悲しさか、何とも複雑な感情。自分はニクシムの勝利を心の何処かで望んでいない。その複雑な心境は、はっきりと表情に現れていた。


 ゲジョーの気持ち、愛作社長やリヨモの心配、マダムたちの期待を受け、氷結ゾウオと四人のホウセキVは激闘を繰り広げる。

「フロギストンショット!」

 横に並び立ったブルーとイエローが、同時にガンモードのホウセキアタッカーの引き金を引く。銃口から出たのは、それぞれのテーマカラーに輝く、細い炎のような光線だ。

 対する氷結ゾウオは放漫な動きで避ける気配すら見せず、この光線をまともに浴びた。先はグリーンが同じ技を発動し、その時は路面を覆う氷を全て融かしたが…。

「これで私の氷を融かすつもり? 笑わせないで!」

 二人のフロギストンショットは、氷結ゾウオに全く効いていなかった。氷結ゾウオは徐に右掌を胸元まで上げると、掌の上に無数の氷柱が浮遊した状態で出現した。その氷柱を、氷結ゾウオは吐息で吹き飛ばした。
 無数の氷柱は猛烈な速度で飛んでいき、フロギストンショットに晒されても融ける気配を全く見せず、瞬時にブルーとイエローの元まで到達した。その速さはブルーとイエローにホウセキディフェンダーを張る暇すら与えず、蜂の巣にした。

 二人は氷柱攻撃に屈し、後方に吹っ飛ばされて天を仰ぐ。

「このっ…! ガンフィニッシュ!」

 ブルーとイエローが対応している間に、ホウセキアタッカーにイマージュエルの力を蓄えていたグリーン。持ち前の俊敏さを活かして氷結ゾウオの後ろに回り、蓄えたイマージュエルの力を大きな緑色の光球として発射した。光球は氷結ゾウオの背を捉えていたが…。

「その無駄なステップは攪乱のつもりだったの?」

 氷結ゾウオは素早く後ろを振り向き、右足を強く前に踏み出した。すると、その右足の少し先からアスファルトを突き破って、巨大な霜柱が伸びてきた。その霜柱には氷結ゾウオをすっぽり覆う程の太さと高さがあり、グリーンのガンフィニッシュはこれに当たることとなった。ところで、驚くのは氷結ゾウオの対応の速さだけではない。

「ウソ…。全然効かないとか、アリなの?」

 ガンフィニッシュの光球は巨大な霜柱に当たるやいなや、無数の光の粒子と化して霧散した。対する霜柱の方は無傷で、光球が当たる前の形を維持していた。この堅牢さに、グリーンは目を見張るしかできなかった。

「まだまだですわよ! キックフィニッシュ…花英かえいけん奥義おうぎ打法だほうおち椿つばき!」

 今度はマゼンタが攻撃を敢行する。グリーンの方を向いていた氷結ゾウオの後方から迫り、時計回りに回転しながら跳び上がった。そして回転動作に乗せて、ピンクの光を放つ右の踵を相手の側頭部に叩き込むべく振るったが…。

「さっきの肘打ち、痛かったわよ。お返ししないとね!」

 氷結ゾウオは素早く振り返り、ウラームの鉈を振るった。その刃の表面を氷で覆って。かくして、マゼンタのキックフィニッシュと氷結ゾウオの斬撃が激突する。そして…。

「強い…! ああああああっ!!」

 氷結ゾウオの斬撃はマゼンタの落椿と衝突した瞬間、彼女の踵に宿った光を霧散させた。それだけでない。氷の礫を纏った刃はホウセキスーツを切り裂き、マゼンタの右脹脛に盛大な裂傷を負わせた。
 マゼンタは跳ね飛ばされ、雪の積もったアスファルトに叩きつけられる。

「お姐さん、しっかり!!」

 倒れるマゼンタの元に、グリーンたち三人がすぐ駆け寄った。マゼンタは「大丈夫」と答えるが、右足から流れる血が白い雪を赤く染めている。この状況を氷結ゾウオは嘲笑う。

「もうネタ切れかしら? なら、こちらから行くわよ」

 氷結ゾウオはそう言うと、上下に広げた両手の掌から凍気を発し、胸の前に集中させる。それは徐々に、氷の塊という形を得ていった。これを発射してくることは想像に難くない。
 この攻撃に対して、四人のホウセキVもただでやられる気は無かった。

「まだホウセキャノンがあります! 最後まで粘りましょう!!」

 そう吼えたのはイエロー。しかし、すぐに異論が出た。

「待て。マゼンタが万全ではない。反動の大きい武器は危険だ」

 ブルーは、右足を負傷したマゼンタを案じていた。事実、マゼンタは未だに立てず、グリーンに寄り添われている。しかし、マゼンタは首を横に振った。

「ご心配なく。それより、あのゾウオへの対応を考えてください。何もしなければ、全滅します!」

 マゼンタはフィブリングを装着し、糸状の光を負傷した自身の右足に当てて止血しながら、ブルーに訴えた。未だ右足は膝立ちのままだ。
 隣のグリーンは猛烈に不安そうで、最初にホウセキャノンの使用を唱えたイエローも今はグリーンと同じ気持ちだ。

 本来なら、マゼンタには今すぐ治療を施すべきだ。しかし、相手はその暇を与えてくれない。
 この状況を考慮し、更にマゼンタの意志も汲んでブルーが考えを変えた。

「ホウセキャノンで行くぞ!」

 ブルーは吼えた。これが号令となり、躊躇していたグリーンとイエローも動いた。
 かくしてグリーンが先頭、左にイエロー、右にマゼンタ、最後尾にブルーという配置に並ぶ。ブルーの声に呼ばれてホウセキャノンが出現し、四人に担がれた。緑、黄、ピンク、青の光が無色透明の大砲の中を駆け巡る。

「ホウセキャノン・ファイアー!」

 ブルーが引き金を引くと、砲身の中を走っていた四色の光が青白い炎と化し、勢いよく銃口から噴出された。それに少し遅れて、氷結ゾウオは攻撃を繰り出す。

「氷の女王の力、思い知りなさい!」

 氷結ゾウオは上下に広げた両手を胸元に寄せてから、両掌を勢いよく前方に突き出した。その動きによって、氷の塊が凍気を纏いつつ前方に射出される。その氷の塊は、無色透明の大砲から発射された青白い火炎放射と正面衝突した。
 そして…。

「ホウセキャノンまで…!!」

 氷の塊は火炎放射に融かされるどころか、どんどん大きくなりながら飛んでくる。射出速度も全く減衰しない。
    対する青白い火炎放射はこの氷の塊に掻き分けられ、氷結ゾウオに達することはおろか、氷の塊を防ぐことすらできなかった。

「うわあああああああっ!!」

 氷の塊がホウセキャノンを担ぐ四人の元に到達した時、その直径は2m程になっていた。四人は雪崩に飲み込まれるかの如くこの氷に押され、一気に後退させられて防音壁に叩きつけられた。防音壁は氷の威力に負けて倒壊して、四人はそのまま防音壁の後ろ、つまり空中へと投げ出された。
    四人はホウセキャノンすら破られ、高架の下へと叩き落されてしまった。

「これが私の強さよ!」

 氷結ゾウオは防音壁の途切れた所まで歩み寄り、高架の下に転落した四人を見下ろす。下道も雪が積もっており、それがクッションになったのだろうか。四人とも倒れていたが、生きてはいた。
    とは言えダメージは大きく、四人のスーツが光の粒子と化して変身が解けた。
    氷結ゾウオは勝利を確信しているのか、高笑いが止まらなかった。


 社員戦隊が氷結ゾウオに打ちのめされ、寿得神社の離れは騒然となっていた。

北野きたの! 神明しんめい! 伊勢いせ! 祐徳ゆうとく! 生きてるか!? 生きてるなら逃げろ!」

 愛作は焦りを顔に浮かべ、指環を通じて四人の生死を確認すると共に撤退を促す。幸い、返事はすぐに来た。

『こちらブルー、全員生存してます。しかし社長の仰る通り、これ以上の戦闘は厳しそうです…』

 指環からは、苦しそうな時雨しぐれの声が聞こえて来た。一応の応答に愛作は少し安堵するが、決して気は抜けない。リヨモが発する耳鳴りのような音も鳴りっ放しだ。
    そして、ちゃぶ台に置かれたリヨモのティアラは、象徴的な映像を映し出していた。

『皆さん、私は捨てて逃げてください。ご覧の通り、私はもう無理ですので…』

 この弱気な発言は伊禰のものだ。先に右脹脛を斬られた彼女。フィブリングで止血したが、高架から突き落とされて傷口が開いてしまった。立ち上がろうとしても、すぐ右足から体勢が崩れてしまう。足元の白い雪も真っ赤だ。自分を見捨てて逃げろと言うのも解らなくもない。
 その言葉を聞いたリヨモは雨のような音は大きくし、愛作はすぐ「諦めるな!」と指環に怒鳴る。
    現地でも反応は同様だ。

『ネガティブ発言は俺の専売特許でしょう。姐さんが言ったら駄目ですよ』

『そうだよ! 次そんなこと言ったら、怒るよ!』

 何とか立ち上がった和都と光里が伊禰に寄り添い、二人がかりで左右から伊禰を支えて立たせようとする。この対応に伊禰は自然と目を潤ませ、下唇を噛んだ。なお、和都は平静を装っていたが、光里の方は初めから泣いていた。

『イエロー、グリーン。イマージュエルを呼べ。撤退するぞ。俺が隙を作る』

 伊禰に寄り添わなかった時雨は、まだ中腰で立てていなかった。それでもガンモードのホウセキアタッカーを手にして、光里と和都に指示を出す。オウラムショットで氷結ゾウオの目を晦まし、その隙に呼び出したイマージュエルに乗って逃げる。
 その彼の思考は自ずと光里と和都、更には伊禰にも共有された。しかし、それが実行されることはなかった。

『逃がさないわよ!』

 その女声と共に、空から何か流体の塊らしき物が飛んできて、時雨が手にしたホウセキアタッカーに当たった。たちまちホウセキアタッカーは氷漬けになり、使用不能となる。ティアラが投影する映像ではその様子しか確認できなかったが、氷結ゾウオが高架の上から攻撃をして時雨の銃を凍らせたのは明白だった。
    この展開に愛作は息を呑み、リヨモは鉄を叩くような音を響かせた。

 ティアラの映像では、憎々し気に高架の方を見上げる四人の表情が、はっきりと映っていた。


次回へ続く!


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