社員戦隊ホウセキ V/第117話;問題が山積
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六月四日の金曜日、十縷がザイガによってニクシム神と交信させられ、苛怨戦士に変貌してしまった。そして、苛怨戦士はザイガに連れられ、おそらくニクシムの本拠地たる小惑星へと連れて行かれた。
十縷を奪還したい光里たちの前に呪詛ギルバスが出現し、彼らはこれに対応せざるを得なかった。持ち前の連携で呪詛ギルバスは撃破したが、それは十縷が連れ去られた後の話だった。
採石場には、戦いを撮影し続けていたゲジョーの他、失神した呪いの四人、彼らをここまで乗せてきたマイクロバス、ホウセキVのキャンピングカー、そして十縷が付けていた赤のホウセキブレスが残された。
戦いが終わると宝世機はイマージュエルの形に戻り、空に浮いたまま木漏れ日のような光を出して変身を解いた光里たちを採石場に降ろした。そして光里は、この場に残された十縷のホウセキブレスを拾う。
「ジュール…。嫌だよ、こんなの!! 戻って来てよ!!」
光里はその場に座り込み、十縷のブレスを握りしめながら泣き始めた。和都と時雨は彼女に掛ける言葉が解らず、立ち尽くしたままその背を見つめる。光里の隣にしゃがんで励まそうとしたのは、伊禰だった。
「おそらくジュール君のことですから、心配は要りませんわ。初めてイマージュエルを宝世機に変えたのも彼ですし、宝世機を想造神に合体させたのも彼ですし…。きっと今回も、凄いミラクルを起こしてくださいますわよ!」
伊禰は景気の良いことを並べたが、自分の顔も割と沈んでいる。そしてここには、合理的に考えて悲観的な結論を言ってしまう人も居た。
「だけど、今回はどうなんでしょう? さっき理性が戻りそうになったけど、すぐザイガに妨害されましたし…。ピジョンブラッドの水ならあのブレスレットを無力化できるかもしれませんけど、ジュールが居ないなら無理ですし…」
現実的に考えて、奇跡などそうそう起きないのでは? 伊禰の言葉を受けて、和都はそんな考えに至る。そして彼のこの点が、根本的に伊禰と相容れない部分だった。
「どうして、そういう悲観的なことしか仰れないのですか!? ワット君は、ジュール君が戻って来られることを望んでいらっしゃらないのですか!?」
自分の言葉に水を差されたと感じたのか、伊禰は立ち上がって和都に迫った。充血した目に涙を浮かべながら、和都の顔を睨み上げて。伊禰が露骨な怒りを見せたのが意外だったのか和都は目を丸くしたが、すぐ伊禰と同じような目つきに変わった。
「そんなこと言ってないでしょう! 根拠の無いことを言いたくないだけですよ! そっちこそ、無責任に『大丈夫』とか言ってないで、どうすればジュールを助けられるのか、現実的なこと考えてくださいよ!」
光里のように泣き出さないものの、和都も精神的に余裕が無くなっていた。だから、いつに増して苛立ち、言葉も刺々しくなってしまった。対する今の伊禰も、これを許容する精神的な余裕は無くなっていた。
「無責任って何ですか? 励ましたら駄目なんですか? 『あれも駄目、これも駄目』と悲観的な事実を並べて、それで事態が好転されるのですか? それが責任感のある行動だと仰るのですか?」
無責任がかなり堪えたらしく、伊禰の声は怒声から嗚咽を押し殺したものに変わり、そのまま大粒の涙を目から零し始めた。伊禰に泣かれて和都は我に返った。勢いでかなり言ってしまったが、どうして良いものか解らず立ち往生してしまう。
ここで時雨が動いた。まず和都の背を時雨が軽く叩き、「馬鹿か」と囁く。それから彼は伊禰に寄り添い、「気にするな」と声を掛けた。そして愛作も加勢した。
『仲代総合病院に連絡が付いた。そこに、ニクシムに唆された人たちを運んで欲しい。この任務は祐徳にと思ってたが、北野の方が良いか?』
ブレスが届けた愛作の声は実務連絡だった。彼は仕事が早く、呪詛ギルバスが愚かな四人に呪いを掛けた時点で既に、自分の繋がりのある病院に連絡していたのだ。そして、このタイミングで話題を逸らしたのは、事態を収拾させる意味合いもあった。
「いいえ、私がやります。三分後には泣き止みますので」
伊禰はそう言うと、足早に失神している呪いの四人の方に駆けて行った。そして空中で待たせている紫のイマージュエルをガーネットに変形させ、これに自身と四人を乗り込ませて、そのまま目的の病院の方へと飛んでいった。
「さあ、俺たちは戻るぞ。神明、行けるか?」
飛んでいったガーネットを見送ると、時雨はまだしゃがんでいた光里に声を掛けた。そろそろ涙が治まっていた光里は、これに頷いて静かに立ち上がる。そのまま光里、和都、時雨の三人でキャンピングカーに戻ろうとしたが、ここで愛作がもう一つ連絡を入れてきた。
『神明。神社に戻ったら、熱田のホウセキブレスは北野か伊勢に預けて、お前は帰宅しろ。その調子で会社に戻っても、仕事にならんだろう』
そう言われた時、思わず光里は立ち止まり、ブレスを通じて愛作に返答した。
「いえ。そんな訳には…。怪我もしてませんし…」
義務感が彼女を通常業務へと駆り立てるが、愛作はそれを却下した。
『これは社長からの指示として受け取ってくれ。無理をさせて、ぶっ壊す訳にはいかないんだ。今のお前の仕事は、休むことだ』
自分だけがこんなことを言われて、光里は少し心外だった。しかしあんな号泣をしたのだから、そう思われても仕方ないかもしれない。
(確かに、今の私じゃジュールのことばっか考えて、ミスするだろうね。だったら、帰った方が皆に迷惑掛けないか…)
光里はそう思い、この現状を受け止めた。そんなやり取りを経て、三人はキャンピングカーに乗り込み、帰路に就いた。
ところでゲジョーは小惑星に帰還せず、少し離れた所でこの光景をずっと見据えていた。その間ずっと唇を横に噛み締め、目も細めて居た堪れない表情をしていた。
(狙い通り、赤の戦士は苛怨戦士になった。そしてあの調子では、シャイン戦隊は苛怨戦士とは戦えん。策略通り、こちらが勝てるのだろうが…)
今回の作戦の本命は、十縷を苛怨戦士にしてニクシム側に引き込むこと。それは見事に成功した。しかし、ゲジョーは喜べなかった。
(私は何故、あんな奴のことを気にしている?)
ゲジョーが気にしていたのは光里だ。彼女が十縷のブレスを握り締めて号泣した時、非常に胸が痛くなった。と同時に、ゲジョーは思い出した。
自分が念力ゾウオに八つ当たりで攻撃された時、そしてザイガが自分を巻き込むつもりで銃撃してきた時…。自分を救ったのは、いずれも光里だった。その事実が、光里に対する義理のような感情をゲジョーに抱かせる。
しかし同時に、ニクシムへの帰属意識が「敵に情けを抱くな」と言って来る。ゲジョーの心境もまた、非常に複雑だ。
(全ては虐げられる者たちを救う為。その為には、幾分かの犠牲は避けられない…)
ゲジョーは自分にそう言い聞かせた。そして、ホウセキVのキャンピングカーが発つのを見届けると、自分も景色を割って小惑星へと帰還した。
その後、和都と時雨は仕事に戻り、伊禰も呪いの四人を病院に送ってから、仕事に戻った。
光里は愛作の指示通り、仕事には戻らず会社の女子寮に帰った。仕事用のリクルートスーツから部屋着に替え、何もやる気がしないので、ただベッドに寝そべっていた。
それから少し経つと、外したブレスにリヨモからの通信が入って来た。
『光里ちゃん。今、お時間宜しいですか? ワタクシ、どうしても心配で……』
ブレスから聞こえてきたリヨモの声の後ろには、耳鳴りのような音と雨のような音が微かに紛れていた。リヨモもまた、気が気でないのだろう。光里はそれを察して、ベッドから起き上がってブレスを手に取った。
「ううん。暇だから大丈夫だよ。心配してくれて迷惑しちゃね」
話が長くなるのはいつも通り。話題は必然的に、攫われた十縷のことになった。
「ねえ。ニクシムの本拠地に行く手段ってあるの? ジュエランド王家って、地球に何度も来てるんでしょう。ゲジョーだって、向こうとこっちを頻繁に行き来してるし。私たちも、何とかできないのかな?」
話していると、やがて光里はそんなことを言いだした。やはり十縷を助けたくて仕方ない。それを受けて、リヨモは壊れかけた歯車が回るような音を鳴らす。
『星と星の間を行き来する為には、行先の星に目標となるイマージュエルやダークネストーンがあることが必須です。自分が交信する石を目標となる石に共鳴させ、行先を定めるのです』
星と星との間を行き来する方法について、リヨモは説明し始めた。
今の彼らが何光年も離れた星に行く為には、困難な点が二つあるとのことだ。
一つは行先の目標となる石。それはニクシム神や黒のイマージュエルになるのだが、それらの石と自分の石を共鳴させるのは至難の業で、一朝一夕でできる話ではないようだ。
もう一点が自分たちのイマージュエルの問題。五色のイマージュエルを向こうに持って行かなければ、光里たちは戦えない。
しかし強力な石を遠方の星に送るのは石自体に負担が掛かると、リヨモは語った。五色のイマージュエルの運搬を強行したジュエランド王家に伝わる無色透明のイマージュエルが負荷に耐えかねて破損した事実に鑑みると、石ごと転送した場合には五色のイマージュエルも破損しかねないというのは想像に難くなかった。
「そっか…。そんなに難しいんだね」
リヨモの話を受け、光里は溜息交じりに呟き、そして思った。
(そんな大変なのに、ニクシム神はゾウオや憎悪獣どころか黒のイマージュエルまで送り込むなんて、強過ぎ! それからゲジョーも、自分の憎心力は弱いとか言ってるけど、向こうと地球を毎日のように行き来して…。本当に弱いの?)
自分たちには困難と言われることを、敵側は平気でやっている。彼らと自分たちの間には、とてつもない能力差があるようだ。そう考えると、先は本当に暗い。しかし、十縷を救う手が無い訳ではない。
『ジュールさんには、まだ理性が残っています。先程も、光里ちゃんの呼び掛けに応じられていました。おそらく、ニクシムは苛怨戦士になったジュールさんを送り込んでくる筈です。その時に、またジュールさんの理性を呼び醒ますことができたら…。と言うか、それしか手は無いかと思われます』
リヨモは一つの可能性を示唆してきた。先の展開を思い返すと、不可能ではなさそうだ。しかし光里の方は眉間に皺を寄せ、自信の無さを顔に表す。
「確かに、さっきは鎮まりそうになったけど…。次も上手く行くのかな? いや、やるしかない! できることはしなきゃ!!」
それでも光里は思い直し、自らを奮い立たせた。そんな彼女をリヨモも応援する。
『大丈夫です。光里ちゃんなら、必ずできます』
と、鈴のような音を鳴らしながらリヨモは言ったが、そう言う根拠はあった。
(貴方はワタクシの憎しみも消せたのですから…)
しかしその根拠は語らずに、心の中だけに留めた。
ところで、リヨモとの通信の最中だった。時計の針が午後三時を回った頃、光里の部屋の壁に備え付けられた電話が鳴った。寮の管理人からの内線だ。光里はリヨモに断り、これに応じた。
『神明さん。調子が悪いところ申し訳ないわね。お客さんがいらしてるんだけど、大丈夫かしら?』
管理人はそう言った。客と言われて、光里は目を丸くする。人が来る予定は無かった筈で、一体誰が来たのか? 光里がそれを問うと、管理人はすぐ答えた。
『下条クシミさんですって』
管理人がさらりと言ったその名前に、光里は思わず仰天した。
(ゲジョー!? 何のつもり!? どうして私の所に!?)
下条クシミ。つまりはゲジョーだ。
彼女が自分たちに接触してきたことは何度もある。しかし自分の所にピンポイントで現れたというのは、かなり大きな衝撃だった。
次回へ続く!