社員戦隊ホウセキ V/第135話;彼のいない戦隊
前回
ニクシムによって騒動の中心にされてしまった十縷は、六月七日の月曜日から仕事に復帰した。
欠勤も先週金曜日の午後だけで、仕事に大きな穴を開けることは無かった。光里や和都、仲間たちの配慮のお蔭である。
「本当に光里ちゃんとワットさん。いえ、社員戦隊の皆さんには大感謝ですね。もし何のフォローも無かったら、気まずくて会社に行くのもキツかったでしょうから」
六月九日の水曜日、男子寮の食堂での昼食の場で、十縷は和都にしみじみと謝意を述べた。和都はこれに淡々と返す。
「礼を言われる程のことはしてねえ。そんな話より、次はコンペで俺に勝つことを目指せ。大将も応援してくれてるんだからな」
叱咤で返すところが和都らしかった。これで十縷の表情には嬉しさが垣間見えたが、同時に寂しさも漂わせていた。その表情の変化は和都にも覚られ、少し不安がられた。
和都の情動を読んだのか、十縷は答え合わせのように表情の理由を語った。
「そう言いたいところなんですけど…。僕、来週から制作の方に配置換えみたいなんですよね。勉強の一環で。すぐデザインの方に戻すとは言われてるんですけど、暫くはデザインの仕事をしなくなるんで…」
これは先週の木曜日、社長の愛作が少し話していた内容だった。そして今日、社林部長から正式に、制作への異動を命じられたのである。
事前に伝えられてはいたものの、いざ正式に伝えられて独特な寂しさを覚えている。十縷の心境はそんなところだった。
しかし、告白された和都は特に動じていなかった。
「ああ、その話か。制作の仕事は貴重な経験になるから、良いと思うぞ。二度と会えなくなる訳でもないし、落ち込むなよ」
そして、和都は遠くを見るような目になって、話を続けた。
「俺は入社した時、まず制作に配属されたな。希望はデザインの方で出してたけど。でも、大学の頃は絵しかやってなかったから、まず金属の強度とか宝石の性質を知る必要があるって、社長が判断してな」
これは先週の木曜日、愛作が語っていた内容と一致していた。愛作の話を思い出し、十縷は感心したように頷いた。
異動の話は長くなり、昼食を終えて職場に戻る途中でも続いていた。
「やっぱり、自分的には最高のものを考えたつもりでも、単なる独り善がりってこともあるからな。だから、金属や宝石の性質は知らなきゃいけないんだ。それと、どういうものが人にウケるのかってことも」
語る和都と聞く十縷という構図で、話は続いていた。和都の話に、「ご尤も」と十縷は頷く。
(いろいろ知らなきゃ、良いデザインはできない。その為の異動だ。いつかデザインにも戻して貰えるんだし。そう思って、しっかり勉強しておこう)
和都の話を聞き、十縷は前向きな気持ちになっていた。
しかし…。
やはり和都は、壊す事実を突き付けてムードを破壊するのが本当に得意だった。
「顧客のニーズを勉強する為に、営業に回される人も居るんだよ。俺と同じ時期に入った葦田さんって人、最初はデザインだったけど営業に異動したな。だけどあの人、営業に行ったっキリだな。もう何年だ?」
この話を聞くと、十縷は堪らず顔を歪めた。
(ちょっと待って。行ったっキリ戻って来ないって…。いや、その人は部を跨いだ異動で、同じデザイン制作部の中で異動する僕とは違う。いや、待て。だけどワットさんだって、制作に入ってからデザインに異動して、それっきり動いてない。もしかして、異動したらそのまま固定になるのか!?)
葦田という人物の話を聞き、十縷が先までに抱いていた前向きな感情は、独特な不安で打ち消されつつあった。
そんな日常会話に花を咲かせていた、まさにその時だった。十縷の不安を一発で消し飛ばす事態が起きた。
和都の右手首に付けられた腕時計が、黄色の光を放ちながらホウセキブレスに姿を変えて、切迫した愛作の声を伝えてきた。
『ゾウオが現れた! 社員戦隊、今すぐ出動してくれ!』
十縷の腕時計には起こらない現象だ。今、彼が付けているのは、入社前から持っていた普通の腕時計だからだ。ホウセキブレスは先日、愛作に返してしまった。
以前なら、このまま和都と一緒に寿得神社へと走っていたが、今日は一人で向かう和都を見送るだけになる。この現状に、十縷は独特な気まずさを覚えた。
和都もまた、気合満々で出撃とはならなかった。
「俺はこれから行って来るが…。悪いけど、部長に伝えといてくれるか?」
和都の言葉に気迫や歯切れ良さは無い。十縷の返答にも元気が無い。
かくして和都は寿得神社へと走っていくが、その後ろ姿に普段のような力強さは感じられなかった。
(社員戦隊、降りて良かったのかな? いや、僕みたいな奴は降りるべきだよ! でも、ワットさんや光里ちゃんたちは戦いに行くんだよね。危険な役割を引き受け続けるんだよね…。僕は危険から逃げたのか?)
辞退したのは自分の意思だったが、いざニクシムが出現したら、自分が出撃しないことに罪悪感に、似た感情が湧いてくる。しかし、自分が隊員として不適格だという認識も依然としてある。十縷の心境はとてつもなく複雑だった。
愛作が通信を入れた三分後だった。四人が寿得神社の駐車場に集合したのは。
「レッドは来ないのか?」
キャンピングカーに乗る前に、時雨が訊ねた。和都は簡素に「はい」とだけ返し、時雨は「そうか」と軽く流した。その会話を聞く光里と伊禰は、下唇を噛み締めていた。
十縷が居ない。この独特な雰囲気の悪さは、寿得神社の離れでも同じだった。
四人だけのホウセキVが集結して神社の駐車場を発った直後、愛作は寿得神社の離れに駆けつけた。離れには既にリヨモが居て、出撃した四人に現地の映像を送っていた。
「愛作さん。やはりジュールさんはいらっしゃらないのですね…」
ちゃぶ台の前で作業をしながら、入って来た愛作の方を振り向いたリヨモ。体からは雨のような音が響いている。その音を聞くと、愛作も自ずと表情が曇る。
「ジュールさん抜きで、勝てるでしょうか?」
リヨモは独りでに、募る不安を言葉にする。それを聞きながら居間に上がった愛作は、俯くリヨモの肩に手をやった。
「姫、弱気になっては駄目です。確かに戦力ダウンは心配ですが、あいつらは負けません。そんな軟な連中ではないと、貴方もご存じでしょう?」
リヨモを励まそうと、愛作はそう言い聞かせた。リヨモは顔を上げ、愛作の顔を見上げる。
キャンピングカーで現地へ向かう一行は、ブレスを介してこのやり取りを聞いていた。愛作に続く形で、ちゃぶ台に置かれたティアラから、光里たちの声が代わる代わる聞こえてきた。
『社長の仰る通り、弱気になっては駄目です。どんな状況でも、十縷の望みに縋れるんですから。良い想像をしてください』
最初に言葉を送って来たのは時雨。これで、リヨモが鳴らす雨のような音は和らいだ。
すると時雨に続いて、次は伊禰が言葉を送ってきた。
『ご心配には及びませんわよ、姫様。私たち、ジュール君が入る前、私たちは四人だけでゾウオを二体も倒してますのよ! しかもあの頃と違って、今はホウセキャノンや宝世機もあります! ゾウオなんて、恐れるに足りませんわ!』
それなりの根拠を示して励ますのが、いかにも伊禰らしい喋り方だ。
しかしそんな彼女の言葉に、「ホウセキャノンの威力、一番想造力の強いジュール抜きじゃ高が知れてますよね」などと和都が無粋なツッコミを入れそうだが、今日は違った。
『それに “ 地球を第二のジュエランドにしない ” って気持ちは、ジュールが居ようが居まいが同じですから。俺たちの想造力は萎えてませんよ』
伊禰に続く形で、和都が前向きな発言をする。意外だが非常に心強い。リヨモが発する感情の音は、雨のような音から鈴のような音に変わりつつあった。
『だからリヨモちゃんも、いつも通りサポート宜しく! 社長も。リンゴ待ってますよ!』
この光里の言葉で、リヨモへの激励は締め括られた。一連の通信で、リヨモの鳴らす感情の音は、完全に鈴のような音に置き換わった。
「素晴らしい。これがシャイン戦隊の心の強さ、想造力なんですね…。光里ちゃんたちは、絶対に負けませんね」
リヨモはそう言った後、自分で深く頷いた。愛作はそんなリヨモの隣に座り、凛々しい表情で現場へ向かう四人に伝えた。
「今日は逃げ遅れた人が多いから、俺が救急に連絡しておく。逃げ遅れた人が戦いに巻き込まれないよう、まずは彼らを逃がすことを優先してくれ」
そう話す愛作が見ていたのは、ちゃぶ台に置かれたリヨモのティアラが投影する映像。
場所はビル街の隙間に通された高架。都心に架けられた高速道路だ。六月上旬に相応しくなく、路面は凍結して氷に覆われている。季節がら普通のタイヤしか備えていない車輛は次々とスリップして、中央分離帯を越えて反対車線に乗り出す、豪快にひっくり返る、防音壁を突破して下道に落ちる…などという具合に派手な事故が連発しており、現場の状況は凄惨だった。
映像の片隅には、路面が凍結させた張本人だろうゾウオの姿が見える。
地肌が空色で、胸や肩や頭部は霜が降りたように白い。目と元素記号のような模様は赤で、毒々しいアクセントになっている。額の金細工は、頭巾を被った地球人の女性。
これが今回のゾウオ・氷結ゾウオの外観だった。
ゾウオが凍らせた高速道路の映像は、遠いニクシムの小惑星にも届けられる。ニクシム神の祭壇のある部屋で、マダムら三将軍が銅鏡を通じてゾウオの暴れっぷりを確認していた。
「氷結ゾウオよ、頑張っておるな。地球人の苦しみが、ニクシム神に届いておる」
マダムは銅鏡の映像とニクシム神の発する光を交互に見て、悦に入っていた。対して、スケイリーはこのゾウオに好意的ではない。
「今のところは普通のゾウオと変わらんな。シャイン戦隊と戦わねえと、何とも言えねぇな。こいつが本当に強いのかどうか」
と、余りこのゾウオの活躍を認めたくない様子だった。
この言葉の直後に、ザイガがすぐこのことを確認した。
「ゲジョーよ。シャイン戦隊の様子は判るか?」
黒い宝石を備えたブレスを通じて、ザイガは地球のゲジョーに呼び掛ける。この時、感情の音は彼から全く聞こえなかった。
その時ゲジョーは、都心の高速道路の沿線上に聳える高層ビルに居た。
窓拭き用のゴンドラに乗り、凍り付いた首都高速を見下ろす。清掃員らしく灰色の繋ぎを着ていたが、清掃作業はやっていない。タブレット端末を介してドローンを操り、氷結ゾウオが暴れる高架と、そこへ向かうホウセキVのキャンピングカーを、それぞれ撮影していた。
そしてスマホがザイガからの通信を受けると、すぐこれに応じた。
「シャイン戦隊はもう現場近くに来ました。赤の戦士は…いません。四人です」
その時、ゲジョーが見るタブレット端末の画面には、パーキングメーターに駐めたキャンピングカーから降りて来るホウセキVのうち四人の姿が映し出されていた。
事実を淡々と伝えたゲジョーの顔には、何処か物憂げな雰囲気があった。
(赤の戦士が居なければ、シャイン戦隊は全力を発揮できん。そして今回の氷結ゾウオは、今までのゾウオより確実に強い。もう勝ったも同然…)
戦力を比較すると、ニクシムの勝つ可能性は極めて高い。なのだが、何故かゲジョーはそれを喜べない。
(まだ気にしているのか? ニクシムへの恩義を忘れたのか? 神明光里…。あいつは敵だぞ。私は何を考えている?)
どうしても、画面に映るグリーンの姿に目が向いてしまう。どうしても光里が気になる。その気持ちを振り払うべく、ゲジョーは首を横に振る。ここ最近、ゲジョーは葛藤続きだ。
そんなゲジョーの気持ちには構わず、氷結ゾウオは猛威を振るい、それを阻止するべくグリーンたちは現場を目指して走る。タブレット端末の画面は、無情に映像を映すだけだった。
次回へ続く!
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