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社員戦隊ホウセキ V/第124話;次の動きへ
前回
六月四日の金曜日、ゲジョーが光里の部屋を訪れていた午後三時頃、新杜宝飾の本社では時雨が医務室を訪れていた。
「さっき、ワットにキツく言われていたから、大丈夫なのか気になって…。ジュールがあんなことになって、ただでさえ参っているところなのに…」
時雨は伊禰を案じているという名目で現れたのだが、伊禰はそれらの言葉を聞き流しながら作業を続けていた。
「ジュール君が気になって仕事に手が付かないのはご自分なのに、私を心配しているという建前でサボらないでくださいませ」
伊禰は別の作業しながらも、表情が余り変化しない時雨の視線や手許などから、彼の心理状態を察していた。そしてそれは的確で、図星を指された形の時雨は言葉に詰まった。それを確認すると、伊禰は医務室の棚を整理しながら語った。
「ワット君は強いですわよね。私はあんな風に、悲観的な事実を受け入れられませんから。実際にはそうなのだろうと理解はできても、言葉にする勇気がありません。でも彼は事実を平然と受け入れて、対策まで考えられる。とても敵いませんわ」
和都から無責任と言われたことに対して、伊禰はそんな感想を抱いていた。確かに、この精神力の強さと合理的な思考が和都の強みだ。しかし同時に欠点でもある。
「だがあいつは、自分が他者よりも精神的に強いことを自覚していない。だから、他者に自分と同等の強さを平気で要求する。そして奴のことだから、今回の件をジュールに一番近い自分の責任だと思っていて、それを挽回しようと躍起になるだろう。その結果、他の者に辛い思いをさせるかもしれない…」
和都の欠点から、時雨は少し怖い未来を危惧していた。「辛い思い」とは何を意味しているのか解りかねたが、こういう時に励ますのが伊禰の役割だ。
「そうでしょうか? まあ配慮はなさらないでしょうが、他の方は私よりは強いですから、大丈夫ではありませんか? 光里ちゃんは泣きながらでも立ち向かえますし。時雨君だって、そうでしょう?」
伊禰は棚から離れ、時雨が座る診察用の椅子に近づき、自分の椅子に座りながらそう言った。伊禰は悲観的な事実を受け入れる強さが無い代わりに、最も良い未来を想像できる。
これに救われる者は少なくはなく、時雨もその一人だ。彼は思わず、「そうだな」と呟いて表情を綻ばせた。
そんなやり取りをしている中、ふと第三の人物が医務室を訪れた。他でもない、和都だった。
「あの、さっきはすいません。無責任とか言っちゃって…。ジュールに一番近いのは自分だとか思っていたのにあんなことになって、苛立ちを姐さんにぶつけちゃいました。本当にすいません」
和都は医務室の扉を開けるや、時雨の存在には余り頓着せず、まずは伊禰に先の発言を詫びた。どうやら彼もまた、十縷が気になって仕事に集中できないらしい。
困ったものだと伊禰は頭を掻きながらも、表情は穏やかだった。
「懺悔はどうでも良いです。その件は根に持って、機会があれば蒸し返しますから」
和都を叱責しようとした時雨を諫めつつ、伊禰は満面の笑みで冗談を言うことで怒っていないと意思表示した。
そして和都を安堵させると、次に伊禰は訊ねた。
「ところで貴方のことですから、懺悔を口実にしてサボり目的でいらした訳ではありませんわよね? ジュール君を救出する作戦でも思いついたのですか?」
微妙に時雨を腐しつつ、伊禰は真剣な顔で和都に訊ねた。それまで俯き加減だった和都だが、伊禰に言われると顔を上げた。
「作戦って程でもないんですが…。ジュール…苛怨戦士が現れそう場所の見当がついたんです。それと、そこを襲撃するのは明日だろうって」
言葉を詰まらせながら和都が話した内容に、伊禰と時雨は思わず食いついた。ところで、和都は何を根拠にそう言うのか? 彼は次にそれをちゃんと話した。
「ジュールは引手リゾートを憎んでます。だから苛怨戦士は、明日にオープンする引手リゾートの億田間のホテルを襲撃する可能性が高いと思うんです」
十縷が引手リゾートを憎んでいると聞き、時雨と伊禰は少なからず驚いた。
そんな二人に和都は語った。十縷の過去を。
十縷の父がかつて、唐尾にある引手リゾートのホテルで働いていたこと。そして、引手リゾートの今の社長もそのホテルで働いていたこと。その若かり日の社長が、友人が飲酒運転をする車に同乗し、轢き逃げをしたこと。しかし、若かりし日の社長は罰金で許されてすぐに復職し、凝りもせず飲酒や車の運転を続けていたこと。その点を十縷の父が指摘したら、若かりし日の社長は「傷ついた」などと言って家に引き籠り、彼の父である当時の引手リゾートの社長が十縷の父に退職勧告をしたことを。
「引手リゾート、腐っていますわね。絶対に泊まりませんわ…」
伊禰は心底軽蔑したように顔を歪ませつつ、そう呟いた。時雨の方は、神妙な面持ちで頷いていた。
「そうだったのか…。普段は陽気でも、辛い経験をしてるんだな…」
何はともあれ、三人の中で十縷が引手リゾートを憎んでいることは共有され、苛怨戦士が億田間のホテルを狙う可能性が高いことも、共通の見解となった。
「この件は社長に報告しよう。おそらく、明日は億田間で苛怨戦士を迎え撃つことになるだろうが…。絶対に人死には出さないぞ」
時雨は凛々しい顔になり、己の決意を言葉にした。
「当然ですよ。それにまだ、あいつには理性が残ってる。神明が呼び掛けた時みたいにできれば、元に戻る可能性は充分にあります」
和都もまた決意を言葉にしたが、彼にしては珍しく随分と前向きな内容だった。
「あら、ポジティブな考えもできますのね。私も同感ですわ。絶対に成し遂げましょう」
と、伊禰も続いた。
ゲジョーが光里の元を訪れ、和都が苛怨戦士の襲撃場所を予想していた頃、彼らを騒がしている苛怨戦士は来るべき襲撃に備えて張り切っていた。
「引手リゾート! 絶対にぶっ潰す!! お前たちはこの手で、必ず滅ぼす!!」
苛怨戦士は小惑星・ニクシムの表面で、次から次へと生まれては向かって来るウラームたちを、片っ端から鉈で斬り伏せていた。漲る憎しみを叩きつけるように。
その様子を、ザイガとスケイリーとマダムが片隅から見守っていた。
「いいな、あいつ。凄い憎しみだ。あいつは暴れるぜ…」
スケイリーがほくそ笑む。十縷を最初に推薦したのは彼なので、自分の目に狂いは無かったと満足げだった。
「んで、シャイン戦隊はあいつとは戦えないだろう。少なくとも、青と緑は論外だな。あいつらには憎しみが微塵も無い。あいつを殺せるなら紫か? 黄はどっちだろうな?」
この先に控えた苛怨戦士とホウセキVの戦いを想像し、スケイリーは不敵に笑う。おそらくホウセキVの残り四人は、ゾウオと同じようには苛怨戦士とは戦えない。ニクシムが圧倒的に有利なのは確実で、笑うのはよく解かる。
「赤の戦士が抜けては、ダークネストーンの力を消す水も使えんからのぉ。あれが無ければ地球のシャイン戦隊など、全く怖くはない」
マダムもスケイリーと同感で、自分たちの勝利を確信していた。
十縷をこちらに引き抜いた結果、彼らにとって最も厄介だったピジョンブラッドを封じることができた。これだけでも自分たちは勝利に大きく近づいたと、マダムもスケイリーも思っていたが、ザイガだけは少し違った。何故か彼は、壊れた歯車が回るような音を立てていた。
その音が耳に入ると、マダムとスケイリーは首を傾げる。何故、ザイガは悩んでいるのか?
「厄介な点があるのだとしたら、赤の宝世機にダークネストーンの力を消す能力を与えた者の存在です」
とザイガは言った。だから、その人物はこちらに引き抜いたのだろうと二人は言いそうになったが、それは見当外れな返答だ。
「奴は精神までニクシム神の力に漬かっています。もしダークネストーンの力を消す能力が奴自身のものだったならば、あんな状態にはならない筈です。つまり…赤の宝世機にあの能力を与えたのは、奴ではなく他の四人のうち誰かだったということです」
最初にピジョンブラッドが現れた時、ザイガは語った。
赤の戦士がダークネストーンの力を消す能力を持つ者なのか、或いは他の戦士にその力があり、赤のイマージュエルに影響を与えたのか。
当時はどちらなのか判別できなかったが、今は断言できる。
後者だったと。
そして、それがどう厄介なのか?
「その能力を持った者に、苛怨戦士を元に戻される…。ということが無いとは言い切れません。警戒は必要でしょうか?」
と、ザイガは危惧される展開を淡々と語った。話は非常に解り易く、マダムもスケイリーも頷いた。しかし、それでもマダムは余裕を見せていた。
「しかし、仮に苛怨戦士を戻されても慌てることはない。一度私たちの味方になった奴など、悪しき地球人が受け入れる筈が無い。地球のシャイン戦隊は既に崩壊したのじゃ」
ゲジョーからの伝聞で地球人に悪印象を持っているマダムは、そんな予想をしていた。しかしこれは予想というよりは、希望的観測と言った方が良いのかもしれない。
「それだと良いのですが…」
ザイガは風のような音を立てつつ、そう呟いた。
その時、苛怨戦士はウラームを残り三体まで減らしていたが、この三体は機敏な動きで苛怨戦士の攻撃を避け続けていた。
次回へ続く!