社員戦隊ホウセキ V/第143話;立ち止まりながら進む
前回
六月九日の水曜日、時刻は夜の九時を過ぎた。日は完全に沈み、一帯は暗くなる。
十王病院の面会時間も終わっていた。光里と和都は入院するのだが、和都もいつまでも光里の部屋に入り浸る訳にもいかず、自分の病室と戻る。
夕方は賑やかだった光里の病室も、午後九時を回った今は随分と静まっていた。そんな中、光里は呆然と寝ながら物思いに耽る。
夕方、和都たちと話したことを思い返していた光里。しかし気にしていたのは、自分たちが何をすべきなのかという重要な部分ではなく、もっと些細な部分。
(お花畑か…。ゲジョーもそう言ったよね…)
そう、気にしていたのは和都が言った【お花畑】という言葉だ。光里は以前、ゲジョーからも同じことを言われた。
あれは十縷が苛怨戦士に変えられてニクシムに連れて行かれた日、光里をニクシムに誘うべくゲジョーが光里の部屋を訪れた時のことである。
あの時、光里は自身の理想を語った。
そんな光里の理想を、ゲジョーは貶すように吐き捨てたのだが…。
(悪い事ばっかりじゃないよね。ゲジョーは確実に変わってる。ワットさんも…。本当にできるかもしれない。ジュエルメンの最終回みたいな終わり方…!)
今日のゲジョーの行動に対して光里は希望を見出していた。そして和都は、元より自分に共感してくれる可能性が高い。自分と同じ考えの者が増えれば、理想の終焉も夢ではないのでは? 論理飛躍とも受け取れるが、光里は前向きにそう考えていた。
そんな時だった。腕時計に擬態したホウセキブレスをベッド横のサイドテーブルに置いてあるのだが、これが急に擬態を解き、緑の光を放った。こうなると、どうして「ニクシムか!?」と身構えてしまうのだが、そんな物騒な話ではなかった。
『すみません。リヨモです。ご迷惑でしたか?』
通信はリヨモからだった。彼女のことだから、光里と話さないと落ち着かずに仕方ないのだろう。かと言って、一方的に連絡することに抵抗を感じているらしく、僅かに聞こえてくる小さな耳鳴りのような音がそれを物語っていた。
それはさておき、通信の相手がリヨモだと知ると光里は一気に脱力する。
「ううん。全然、迷惑じゃないよ。むしろ、一人で寂しかったから嬉しいくらい。迷惑しましちゃ。私から連絡してなかったね」
と、定型文のような挨拶から始まった二人の会話。最初にリヨモが光里の体調を気遣う質問をしていた点も定型的だ。
『最悪の事態にならなかったことが、不幸中の幸いです。ですけど、ジュールさんが…。もう、どうすれば良いのかワタクシには…』
はじめ、光里や和都が大事に至らなかったことに安堵していたリヨモだが、十縷がその憎しみで寿得神社のイマージュエルに拒絶された件をかなり気にしていた。雨のような音がかなり激しく聞こえてくる。対する光里は非常に落ち着いていた。
「ジュールなら大丈夫だよ。もう、立ち直ってるんじゃないのかな? 実はさっき、ワットさんと一緒に電話したんだ。多分だけど、あいつなりの答はもう出してる気がする」
ここに来て、思わぬ発言が飛び出した。光里の語り口は、自信たっぷりだった。リヨモは驚き、鉄を叩くような音を鳴らしつつも、鈴のような音も鳴らし始めた。
そんなリヨモを更に落ち着かせる為…という訳ではなく、彼女を友と見込み、光里はここで明かすことにした。
「今回の戦い、実は良かったこともあったんだよ。ゲジョーだけどさ、氷の女王を逃がす時、あの子…」
語ったのはゲジョーの変化について。
ウラームを呼び出していれば自分たちを倒せていたのに、その手を使わなかった点について述べた。
聞き手のリヨモはゲジョーに対して良い感情を抱いていないのか、湯の沸くような音を軽く立てていた。
(やっぱ、リヨモちゃんはゲジョーの話は嫌か…。この前、嫌なこと言われたしね。そもそも、ニクシムに対する感情が私とは違うし…)
光里も、リヨモの感情の音に配慮しない訳ではない。だから、ゲジョーを誉めるのは程々にしていた。そして、そもそも話したかったのはそんな内容ではない。
「初めて話すけど、この戦いがジュエルメンの最終回みたいな結末を迎えたら良いなって、私ずっと思ってるの。今日のゲジョーが持ち掛けた取引みたいなのでも充分。ああやって誰も死なずに終わって欲しい。もしかしたら今日のは第一歩なのかもなって、本気で思うんだ。これ、リヨモちゃんには絶対に解って欲しい」
一番伝えたかったのは、この内容だ。今まで胸の内に秘めていた自分の理想。
先日、どういう訳かこれをゲジョーに話した。それが原因なのか否かは不明だが、以降のゲジョーには変化が見られた。ならば、もう仲間たちにも打ち明けるべきなのではないか? 理想が現実味を帯びてきているのだから。光里はそう考えていた。
打ち明けられたリヨモだが、鈴のような音を響かせていた。
(冷静に考えたら、甘過ぎると言わざるを得ない話です。この方は、ニクシムの残虐性を未だに理解されていない。ご自分とニクシムを、何も違わないと思っていらっしゃる…。なのですが、何故でしょう?)
以前から、光里が敵…主にゲジョーに対して見せる優しさを長所と感じつつも、懐疑的な目も向けていたリヨモ。今回もその気持ちは変わらない。
その筈なのだが、光里の考えを愚弄する気にはなれない。むしろ、全力で支えたいと思っている。本当に不思議だ。気付けば、遠く離れた寿得神社の離れで、リヨモは頷いていた。
『ワタクシには無かった発想です。貴方はどうして、敵にすら慈愛の心を向けられるのですか? 不思議です…』
まずそう語ったリヨモ。鈴のような音の背景に、雨のような音も僅かに響かせていた。そして、リヨモは続ける。
『初めは、この手で両親の仇を討ちたいという気持ちがありました。今でもザイガを許す気はありません。しかし何故でしょう? 殺したいとも思えません。今まで、こちらの気持ちには見向きしていませんでした。しかし、今になって解かった気がします。この気持ちの理由が…』
リヨモも自分の胸中を光里に明かした。両親を奪われた悲しみ、怒り、そして自制心。それらの間で、ずっと彼女は奮闘していたらしい。そして今、その奮闘に対して一定の答を導き出したようだ。
『ですからワタクシも共に目指します。ジュエルメンの最終回を』
リヨモは明確にそう言った。その一言を聞いた瞬間、光里の顔はこれ程に無く輝き、自ずとリヨモにこの言葉を返した。
「リヨモちゃん、迷惑しちゃね。いや、これからも迷惑かけるよ。一緒に創ろう。ジュエルメンの最終回と同じ終わり方…」
現状は暗い。しかし、その中に光里は可能性を見出していた。ほんの僅かでも。
まだ先は全く見えない。それでも光里は理想が実現できそうな方向を模索して、懸命に進もうとしていた。
時は戻る。
六月九日の水曜日、六時半頃。十縷は一人で筋肉屋に来店した。店が流行っていないのはいつも通りで、十縷が一人目の客だった。
「おおっ、いらっしゃい! あれ、ジュール一人か? 和都はどうした?」
十縷が一人なので、大将はそう質問するのは当然だった。有耶無耶にするのも何なので、「仕事で負傷して入院した」と告げた十縷。大将は納得しつつも、不安そうに頷いていた。
「やっぱジュエリー創りは危険と隣り合わせだからな。気を付けないとな」
と、呟いた大将。一体この人は、ジュエリー創りを何だと思っているのだろう? ツッコみたい気もしたが、面倒だからここは流した十縷。しかし、十縷が黙っていても大将の方からいろいろ訊ねて来る。怪我の具合とか、今の様子とかについて。十縷はそれらにそこそこ答え、大将を頷かせる。
「再起不能じゃないみたいなのが、不幸中の幸いだな。最悪の事態にならなかったのは、周りが良かったからだろうな…」
十縷の話を受け、大将はしみじみとそんな風に漏らした。この発言が少し意外だった十縷は目を丸くする。大将はその表情の変化を読み取り、説明するように語った。
「だって、そうだろう。すぐに産業医の人が簡単な手当てして、社長さんもすぐに病院に連絡付けたから、最悪のことにはならなかったんだろう」
それまで、これらの点は余り強調されていなかった。しかし大将の言う通り、和都が大事に至らなかった点については、伊禰や愛作の働きが大きい。十縷はつくづく思い知らされ、大きく頷く。その十縷に、大将は付け加えるように言った。
「仲間とかチームって言葉、本当は嫌いなんだよ。一人一人の意見を潰して、上の命令を押し通す為に使われることが多いから。気に入らない奴を切り捨てる理由に使う場合まである。んだけど、お前んトコの会社は違うみたいだな。和都もお前も、ちゃんと一人の人間として扱われてる。使い捨てにはされてねぇ。今日のことがその証拠だ」
大将は何か辛い過去でもあったのだろうか? 彼の雰囲気からは想像できなかった発言の数々に、十縷は半ば圧倒されそうだった。
しかし、同時に気付かされた。
(一人一人の意見を潰す? 気に入らない奴を切り捨てる? 確かに、引手リゾートの前社長、僕の父さんに『周囲と打ち解ける気が…』とか言ってたっけ。国防隊も、隊長に『和を乱した』とか文句言って追い出して…。確かに仲間とかチームとかって、無理やり言うこと聞かせたり、誰かを責めたりする場合に使われるのかもな…)
まず反応したのは、冒頭のネガティブな部分。自分の父が受けた仕打ち、更には先日知った時雨が受けた仕打ちと照らし合わせて、この話は非常に納得できた。そして、ここで終わっていたら単なる怨み言だったが、十縷は後半の内容もちゃんと反復していた。
(確かに、新杜宝飾だとそういうことは無い…。今回だけじゃない。何だかんだで、僕はずっと守られてる)
いろいろと振り返る十縷。
彼が入って間もない頃、和都と共に無謀な強化に臨んだが、周囲はそれを心配してずっと見守っていた。
自分が苛怨戦士になった先日も、自分を戻す為に全員が奮闘した。
先程も、和都と光里が自分を気遣って電話を架けてきた。
光里と和都だけではない。時雨とリヨモも、寿得神社のイマージュエルに拒絶された自分を気遣っていた。
(あいつは駄目な奴だって見放せば簡単なのに、誰もそれをしない…。それは僕が尊重されてるからなのか?)
ここに来て、十縷は自身が恵まれた環境にあることを実感した。ここまでに遭遇した、不遇な扱いを受けた者たちには申し訳ない程、自分は恵まれているのかもしれない。十縷はそんな気がしてきて、自ずと目から涙が溢れて来た。
「良い奴も悪い奴も、実は周りが創るんだろうな。んで、あいつらはお前を良い奴にできる、最高の仲間だ。大事にしろよ」
語り終わると同時に、大将は蛋白質の塊を差し出した。十縷は小さく礼を言い、静かにこれを食べ始める。これまでの蟠りは、その心から徐々に消えつつあった。
次回へ続く!