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社員戦隊ホウセキ V/第66話;邪念と理性
前回
五月十八日、火曜日。新杜宝飾の健康診断の二日目だ。この日の午後三時頃、伊禰の内科健診に時雨が姿を見せた。
「どうしたのでしょう? 血圧のこの数字、本当に合っていますか? 心音を聞いた感じは、もっと高そうなのですが……。心拍もかなり速いですし、心配ですわね。社員戦隊の隊長という自覚が強過ぎて、プレッシャーになっていませんか?」
聴診器で彼の呼吸音や心音を聴いて、伊禰は真剣に心配した。これは決して体調不良ではなく、時雨本人はその原因を解っていたが、彼はそれを言わなかった。
「多分、それはない。副隊長のお前が、上手くフォローしてくれてるからな」
咄嗟に時雨はそう返した。伊禰は少し驚く。
「あら、意外ですわね。『移動中も色で呼べ』と、いつも怒られてますから。むしろ『副隊長としての自覚を持て』とか言われそうなところですのに……」
そう言った伊禰に、時雨は真剣な顔で語った。
「それとは別だ。お前のお蔭で助かっている。俺と違ってお前が硬すぎないから、ワットや神明、それからジュールが上手く連携できている。奴らが明るい雰囲気でまとまっているのは、全てお前のお蔭だ」
時雨は純粋に伊禰を称えた。しかし当の伊禰には自覚が無く、首を傾げるばかり。
「いえ、むしろまとめているのは時雨君では? 私、貴方が居なかったら、ワット君ともっと激しく口論になってますわよ。光里ちゃんやジュール君だって、貴方の指示は聞きますけど、私の方はどうだか?」
どういう風の吹き回しか、伊禰は時雨を称え返す。彼女は、自分が年少組から信頼されているという自覚が決定的に薄かった。そして時雨の方はその気持ちを読み取らず、ただ自分が思うことを語り続ける。
「爆発ゾウオの件も、感謝している。奴を逃がしたのは俺だから、次出た時は俺が倒すのが筋だったが、お前に倒して貰って……。お前には、世話ばかり掛けっ放しだ」
これについても、伊禰は首を傾げる。
「そうですか? トドメは時雨君が刺されたではありませんか。余り責任とか重く考え過ぎると、本当に体によくありませんわよ」
と、ズレたような的確なような、変な回答が返ってくる。
時雨は悩み、自ずと顔が歪んでしまった。
それはさておき、爆発ゾウオを倒したのは伊禰なのか? 時雨なのか?
それもそうだが、十縷は伊禰に何をエモいことしたのか?
それを知るには、爆発ゾウオが二度目に現れた五月十三日の木曜日を振り返る必要がありそうだった。
五月十三日の木曜日。午後八時頃、社員戦隊のブレスに愛作からゾウオと憎悪獣の出現を知らせる連絡が入った。
社員寮に在住の四人は寿得神社に集合してキャンピングカーに乗り、そのまま現場へ向かう。花英拳の道場は現場と寿得神社のほぼ中間にあったので、キャンピングカーはその道筋に伊禰を乗せることで、五人の集合となった。
『出現したゾウオは爆発ゾウオ。オーストラリア大使館付近で暴れている。憎悪獣はギルバス。小田射場公園や虹色橋を破壊した。今も東京湾を泳いで移動しながら、海岸の施設を破壊している。額の金細工と口から火球を吐く点から、爆発ゾウオと同じ能力を持っていると考えて間違っていないだろう』
伊禰がキャンピングカーに乗った時、愛作が敵の情報や被害情報を伝えてきた。その内容は、リヨモが送る映像と相違が無い。
それを受けて、助手席の時雨は考える。
「二手に分かれざるを得ないな。憎悪獣がギルバスで、飛翔能力と遊泳能力を有しているなら、俺がサファイアで対応するしかないだろう。他の人員配置だが……。マゼンタ、最高奥義は修得できたのか?」
そう彼が伊禰に質問するのは当然だった。痛い質問だが、伊禰は正直に答えた。
「恥ずかしながら、稽古では成功できていませんわ」
それを聞いて、十縷ら三人は衝撃を受けたような顔になった。伊禰の最高奥義を当てにしていたのだから、当然だ。時雨は少しだけ顔を歪め、方針を練り直す。
「そうか。なら、俺が爆発ゾウオに当たった方が良いか? それとも、爆発ゾウオの方にピジョンブラッドを向かわせるか?」
時雨も伊禰の桜吹雪を当てにしていたので、ちょっと困った様子だ。すぐに案が出ない。すると、伊禰がすぐに代案を出した。
「爆発ギルバスは、レッドたち三人にシンゴウキングで応戦して頂きましょう。憎悪獣には想造神でないと厳しいです。そして爆発ゾウオの方は、私とブルーで対応。なるべく早めに倒して、レッドたちに合流。そういう流れで如何ですか?」
言葉を詰まらせることなく、伊禰は滑らかに語った。稽古で桜吹雪を成功させていないのに、躊躇いの無いこの喋り。一同にはこれが意外で、かつ腑に落ちなかった。
「爆発ゾウオにマゼンタって、大丈夫ですか? 最高奥義、できてないんですよね? バリバリ遠距離攻撃の相手に、接近戦専門のマゼンタは……」
そう言ったのは和都。十縷と光里も、「そうそう」と言わんばかりに頷く。
しかし、伊禰は首を横に振った。
「最高奥義は、稽古で成功していないだけですわよ。技の確信は掴めていますから、今の私ならできると思います。ですから、ご心配には及びません」
こんな大見得を切って良いのだろうかと自分で思いながら、伊禰は語った。十縷は微妙な表情をしていたが、時雨たち三人は伊禰の言葉をすんなり信用した。
「お姐さんが言うなら、大丈夫だよ。この人を誰だと思ってんの?」
正面で微妙な顔をしている十縷に、光里は言い聞かせた。和都も「そうだな」とそれに続く。この二人はそれだけ伊禰を信頼していた。時雨も二人とほぼ同じだった。
「マゼンタの案を採用する。イエロー、グリーン、レッドの三人はシンゴウキングで爆発ギルバスに対応。今すぐ宝世機で出撃。俺とマゼンタは車に残り、大使館を目指す」
この流れは、伊禰の能力がチーム内で高く評価されていることの裏返しだが、検証無しで事が運ぶ点は問題かもしれない。
そのことは、実は十縷以上に伊禰が案じていた。だから彼女は安全牌を用意していた。
(桜吹雪の成功率がどの程度かはわかりませんが……。仮に失敗しても、ブルーならタコボンバーが辛うじて見えますし、局面に応じて作戦を考えられる柔軟さもあります……。私が失敗しても、彼ならフォローしてくださる! ですから、私は思い切ってやるだけ!)
そんな理由で、自分の相方にブルーを指名したようだ。尤も、これは口には出さなかったが。彼女もまた時雨を信頼し、それで自分を鼓舞させていた。
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かくして役割分担が決まると、キャンピングカーの運転は和都から時雨に交代。
そして、十縷と光里と和都はそれぞれのイマージュエルを召還し、これが飛来したのを確認すると変身して下車し、イマージュエルに乗り換えた。
伊禰と時雨は、そのまま車で現地を目指すのだが、再発進の直前に伊禰が時雨にこんな申し出をした。
「ブルー隊長。今回の戦闘ですが、変身せずに道着で臨んで宜しいですか? 最高奥義を成功させる為には、直の皮膚感覚が重要ですので。スーツ越しのものより、直の方が良いと思うのです」
この申し出に時雨は悩んだ。しかし、突っ撥ねて失敗されても困る。
(夜だから、顔も見えにくいかな……)
正体がバレるリスクも低いと判断して、すぐOKサインを出した。
そして、キャンピングカーは再発進。伊禰は助手席へは移動せず、居室の一角をカーテンで囲み、その中で普段着から道着に着替え始める。
運転中、ふとルームミラーに目がいった時雨の脳裏に、邪な考えが僅かに過った。
(あのカーテン、意外に薄いな。まさかブルーに変身したら、中が見えるか?)
しかしそう思った途端、いきなり伊禰はカーテンから顔を出した。
「ブルー隊長。今、変身したら覗けるかもとか思いませんでした?」
伊禰の発言は的確過ぎた。図星を指された時雨は、慌ててこれを全否定する。
「馬鹿言うな! ジュールじゃないんだぞ! そんなこと考える訳ないだろ!!」
少しどもりながら否定した時雨は、色で呼ぶことも忘れており、確実に動揺していた。この様子に伊禰は悪戯な笑みを浮かべ、「そうですわよね」と言ってカーテンの中に引っ込む。
ところでこの時、伊禰はほぼ確信していた。
(今、感じたのは、私に向けられた時雨君の邪心と理性。覗きたいという邪心が強く生じて、それを更に強い理性で押さえ込んだ)
カーテンから顔を出した時、伊禰は黒いブラジャーとパンツしか纏っていなかった。服を脱いだ途端に、彼女は独特の違和感を体に覚えた。これはもしやと思い、時雨に確認したら案の定だ。
この事実は伊禰の自信になった。
(この程度の情動を感知できるなら、これより遥かに強い感情の憎心力なら確実に感知できますし、体が自然に反発する筈ですわ! 桜吹雪、理解できましたわ!)
成功とは得てして、思わぬ所に転がっているものだ。今、伊禰はそれを噛み締めていた。
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ところで伊禰と時雨のやり取りは、ブレスを通じてレッドたちにも伝わっていた。
「隊長、僕と同じじゃん。あれ、絶対に図星でしょ」
レッドはメットの下でにやけながら、時雨の対応を嘲笑った。すると、そんなレッドの乗る赤のイマージュエルに、グリーンが乗る緑のイマージュエルがぶつかってきた。
「ふざけないで! あんた、どんだけ気持ち悪かったら気が済むの!?」
グリーンは本気で怒っていた。ここまで強く怒鳴られるとレッドも弱くなり、平謝りするしかない。
そんな二人に、イエローが言った。
「お前ら、引き締めろ! もう現場だぞ!!」
これの一言で、レッドとグリーンはすぐに真顔になった。その数秒後にイマージュエルは空を割り、目的地に到着していた。
次回へ続く!