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社員戦隊ホウセキ V/第139話;二転三転して…。
前回
六月九日の水曜日、都心を通る高速道路に氷結ゾウオが出現した。
このゾウオは体内にイマージュエルが仕込まれた新しいタイプのゾウオで、出撃した十縷を欠く四人の社員戦隊は圧倒され、光里、和都、伊禰の三人が救急搬送された。
職場にてその話を聞いた十縷は、居ても立っても居られなり、寿得神社の離れに駆け込んだ。
そして十縷は、動揺するリヨモと生還した時雨から、詳しい話を聞いた。
ニクシムの本拠地たる小惑星には、ゲジョーの撮影した映像が送られている。内容はリヨモのティアラが投影するものとほぼ同じだが、それを見る者たちの反応は全く違う。
「こいつ、やるな。悔しいが、かなり強いな」
氷結ゾウオが社員戦隊を追い込んでいる事実にスケイリーは舌を打ちつつも、その強さを素直に認めていた。
「氷結ゾウオ! そ奴らを倒し、散って逝った仲間たちの仇を取るのじゃあっ!」
マダムは勝利を確信し、歓喜に沸く。しかし、ここでザイガが待ったをかけた。
「攻撃中止。ゲジョー、氷結ゾウオにそう伝えろ」
ザイガは何の前触れもなく、いきなりブレスにそう呟いた。その声は地球のゲジョーのスマホに届く。即座に『解りました』という返事が来るが、ゲジョーの声には困惑が感じられた。
突拍子もない指示をしたザイガの意図が読めず、マダムとスケイリーは彼の方を振り返って疑問の意を示す。ザイガはすぐに自分の意図を説明した。
「地球のシャイン戦隊が有能であることは、これまでの戦いで証明されています。このまま葬ってしまうのはどうかと思いましてね…。もし心変わりする者が居れば、引き入れたいと思いませんか?」
他者を能力でのみ評価し、有能であれば登用する。ザイガらしい発想だった。マダムとスケイリーは「相変わらず」とでも言いたげに頷く。これは了承の証でもあった。
「という訳で、私も地球に参ります。マダム・モンスター。恐れ入りますが、黒のイマージュエルをお願いします」
ザイガの要求に、マダムは「さよう」と即答した。そして、ザイガはニクシム神を祀るこの部屋を後にする。マダムが術を発動してザイガと黒のイマージュエルを地球に送るのは、この数分後のことだった。
氷結ゾウオは高架の上から冷凍液を口から吐き掛け、時雨の銃を凍らせた。そして豪快に飛び降りてきて、時雨たち四人の前に立ちはだかる。
「あんたたちは逃げられない。ここで私に殺されるのよ」
冷酷に呟いた氷結ゾウオは徐に右掌を胸元まで上げ、掌の上に無数の氷柱を浮遊した状態で出現させる。先刻、ブルーとイエローのフロギストンショットを破った技だ。
変身の解けた彼らがこれに耐えられないのは、言うまでもない。いざ、四人の命を奪おうと氷結ゾウオが息を吹こうとした、まさにその瞬間だった。
「氷結ゾウオ、攻撃を止めろ。ザイガ将軍から指令があった」
氷結ゾウオの視点では、時雨たちの前の景色に皹が入ってガラスのように割れ、そこからゲジョーが現れた。時雨たちからは、いきなり厚着の少女の後ろ姿が現れたように見えていた。
それはさておき、ゲジョーが前に立つ形になって氷結ゾウオは攻撃を見送らざるを得なかったが、彼女からの伝達を氷結ゾウオは簡単に受け入れなかった。
「あと少しで奴らを倒せるのよ。それなのに、撤退命令?」
氷結ゾウオは創り出した氷柱を消さず、ゲジョーに問う。ゲジョーは淡々と答える。
「理由は仰らなかった。それより、指示は撤退ではない。攻撃中止だ」
上の命令は絶対という論調で、ゲジョーは押し切ろうとした。しかし氷結ゾウオは、納得できないと頷かないタイプらしい。
「ふざけないで! 私の使命は、こいつらの抹殺よ! 絶対に成し遂げる!!」
あくまでも、氷結ゾウオは最初に伝えられたシャイン戦隊の討伐を果たそうとしていた。その意識は氷結ゾウオの体を動かし、ゲジョーを押し退けさせた。そして、まだ掌の上に浮遊させていた無数の氷柱を吹き飛ばそうとしたが、その瞬間だった。
「何っ…! ぐはぁぁぁっ!」
唐突に氷結ゾウオは苦しみ出した。
胸のイマージュエルの発光が不規則になり、青白い光がのたうち回るように体を走る。体のあちこちで表皮が破れて黒い粘液が噴出し、やがて氷結ゾウオは両膝を折って両掌も地に付いた。
先まで吹き荒れていた雪は止み、空を覆っていた厚い雲も瞬時に消え去って日光が差してくる。攻撃用に出現させた無数の氷柱も消えた。
「氷結ゾウオ! しっかりしろ!」
氷結ゾウオの身を案じ、ゲジョーが寄り添う。しかし氷結ゾウオは両膝を折って俯いた体勢のまま、何も答えない。口からは言葉の代わりに、黒い粘液が漏れる。
「ニクシム神とイマージュエル。強い力を大量に受信した副作用でしょうか? あれだけの力を使いこなすのは、やはり困難だったようですわね…」
この展開に四人のホウセキVは目を丸くした。伊禰が静かに推論を述べる。しかしこの推論が正しいか否かより、彼らが九死に一生を得たことの方が大きかった。
「作戦変更! イエロー、グリーン。どっちか俺に加勢してくれ!!」
時雨の銃を覆っていた氷も、すぐに融けて銃を解放した。
時雨はその銃を前に突き出しつつ、仲間たちに呼び掛ける。和都が時雨の呼び掛けに応じ、伊禰を光里に任せて自分はホウセキアタッカーの銃を手に時雨の隣に駆け寄った。
このまま弱体化した氷結ゾウオを倒すべく二人は銃を構えたが、ここでゲジョーが動いた。
「待て、お前ら! 手負いの相手を討つなど、卑怯にも程があるぞ」
ゲジョーは時雨と和都の方を向き直り、しゃがんだまま両腕を横に広げて氷結ゾウオを守ろうとした。ついでに上がりつつある気温に合わせて、服装もゴスロリに一瞬で変化させた。
しかし、時雨と和都は銃を降ろさない。
「卑怯でも構わん。それで脅威を除けるならな。そこを退け。さもなくば、お前もろとも殲滅する!」
時雨がゲジョーに警告した内容は、とても冷酷だった。それこそ、隣の和都が思わず顔を歪める程度には。時雨は以前、網野スタジアムにてゲジョーに発砲して剣を突き付けて脅した実績がある。そんな彼だから、ゲジョーごと氷結ゾウオを倒しても不思議ではない。
しかし、対するゲジョーは屈していなかった。相手は変身が解けていて負傷者を抱えているという現状が、ゲジョーを勇気づけていた。
「銃を降ろさんなら、ウラームを呼び出すぞ。お前ら、自分たちも手負いだということを忘れるな。特に強い紫の戦士は、立つのもままならん状態だな」
と、ゲジョーは威嚇し返す。指摘は的確で、狙ったのか否かは不明だが、伊禰を持ち出したのは時雨をおとなしくさせるには、この上なく有効だった。
(確かにウラームに何体も出られたら、今の俺たちでは一たまりもない。伊禰は間違いなく殺される…!)
ウラームを呼び出された状況を想像して、時雨は手が震え始めた。しかし、それでも銃を降ろしたらその瞬間にウラームを呼び出されるかもしれない。ゲジョーも真っ直ぐ時雨と和都を睨んだまま目を逸らさない。このまま緊迫した時間が続きそうだったが、その時間は思わぬ形で幕引きとなった。
「隊長。双方痛み分けってことで、ここは退きましょう。ゲジョーもそれで良いよね」
そう言ったのは、後ろで伊禰を支える光里だ。友達に話し掛けるような軽めのその口調は意外に通りがよく、全員の耳に入った。
その声に伊禰の表情は緩み、ゲジョーはハッとしたように目を見開いた。時雨と和都は困惑しており、殺気は減衰したがなかなか銃は降ろさない。
そんな彼らに、光里は語った。
「これ以上の争いは不毛です。相手を倒すより、死者を出さないことを優先しましょう」
彼女らしい理論だった。そして、この意見は何人かの賛同を呼んでいだ。
『愛作さん。光里ちゃんの仰る通りです。ここは停戦で締めましょう』
賛同した一人はリヨモ。光里たちのブレスから、寿得神社での会話が僅かに聞こえて来た。リヨモに言われた愛作も、初めからそのつもりだったのか『そうですね』と即答していた。かくして次の瞬間、ブレスから愛作の声が一帯に響く。
『ブルー、イエロー。銃を降ろせ。それからゲジョーだったか? 君もそのゾウオを連れてニクシムに戻れ。今日は引き分けだ』
この声を受けて、時雨と和都は静かに銃を降ろした。そしてゲジョーも、消耗した氷結ゾウオに肩を貸し、何とか立たせる。
ずっと伊禰を支え続けている光里は、ゲジョーに暖かい視線を送った。
(ゾウオを逃がすなら、問答無用でウラームを呼び出して私たちを襲わせても良かったのに…。って言うか前はそうしてたのに、今日はやらなかった。ゲジョー、変わったね。ジュエルメンの最終回、目指せそうだね)
ゲジョーの行動が変化していることを、光里はささやかに喜んでいた。ゲジョーの方はそんな光里の視線に気付き、視線を投げ返した。
(お前と一緒にするな。お前みたいに、頭がお花畑になって堪るか…)
ゲジョーとしては睨みつけたつもりだったが、多分そう認識する者は居ないだろう。そんな目をしていた。
思わぬ形で、この戦いは平和的な幕引きをした。これは誰もが内心で望んでいた結果なのかもしれない…。
と決めつけてはいけないのだろう。これを良しとしない者は居た。双方とも撤退しようと踵を返した、まさにその瞬間だった。
「甘いぞ、愛作。ゲジョーもそんな甘い話に耳を貸すな。戦いは終わっていない」
突如として、無機質なアナウンスのような男声が一帯に轟き、それとほぼ同時に青空がガラスのように割れた。そこからは現れたのは、巨大な黒耀石。これが黒のイマージュエルで、声の主がザイガであることは一目瞭然だった。
「ザイガだと!? 何っ!? しまった!」
この展開に驚いている暇など無い。
ザイガはすぐに術を発動したらしく、時雨たちはいきなり濃紺色をした、うねる靄状の光の縄に体を巻かれた。彼らは堪らず転倒する。
そして黒のイマージュエルから木漏れ日のような光が差し、それに乗ってホウセキブラックに変身したザイガが静かに降りて来た。ゲジョーと氷結ゾウオに背を向け、時雨たちを睨む形で、ブラックは地上に降り立った。
『待て、ザイガ! そいつらを殺すな!』
愛作が訴える。その声は時雨たち四人のブレスを介して、一帯に開く。
その言葉に対してホウセキブラックことザイガは…。
次回へ続く!