社員戦隊ホウセキ V/第104話;複雑な気分の晩餐
前回
ザイガが仕掛けた五月三十日の日曜日の戦いは、十縷が創った新たなアイテム・ブンシンジュ、更にはマダム・モンスターの介入によって事なきを得た。
しかし、この戦いでザイガが見せつけた所業、それがリヨモの精神に与えた影響、更には激高した十縷…。懸念されることが多すぎた。
戦いの後、夕食の為に筋肉屋へと赴いた十縷と和都。二人は程なくして筋肉屋に到着した。店内は無人で、大将が威勢良く出迎えてくれるのはいつも通り。いつもは和都が同じノリで答えるが、今日は十縷の方がその役を務めた。だから、大将も意外で首を傾げていた。
「どうした、ジュール? 何か良いことあったか?」
十縷が明るすぎるので、大将は半ば不審がっていた。しかし十縷はその表情に構わない。
「大将の料理が食べられるから、嬉しいんですよ」
さすがに「光里の顔が近くで見れて…」などと大将には言わなかった点が、十縷の理性なのだろう。
そしてこの大将は、この手の煽てに弱い。
「嬉しいこと言ってくれんな! だったら今日も蛋白質を食って、筋肉付けろ! 和都もだぞ! 筋肉付けて、良いジュエリー創れ!」
大将は気を良くし、意気揚々と調理を始めた。十縷は目を輝かせてその様子を見つめ、和都は静かにその横顔を眺める。
(いつもより上機嫌だな。さっきはブチキレて大暴れしてたのに…。マダム・モンスターの攻撃で失神したら、リセットされたのか? それとも、姐さんのヒーリングには機嫌を直す効果もあるのか? それとも本当に神明の胸が見えそうだったから、興奮してるだけなのか?)
気絶して目醒めたら、憤怒が消えて上機嫌になった十縷。全く尾を引かないその理由を和都は探ろうとしていたが、考えても解かる筈がない。
(まあ、熱し易く冷め易いタイプなんだろうな。それと、今のが本当のジュールだよな。ブチキレてたジュールじゃなくて…)
和都はそう思うことにした。そして数分後、十縷と和都に蛋白質の塊が提供された。
一方、寿得神社の離れでは、出前のラーメンが届けられていた。
この時、ジャージを損傷した光里は寿得神社にあった、ぶかぶかの灰色のスウェットに服を替えていた。
伊禰も道着から神社に来た時の普段着に替えていた。今回は白いシャツに黒の薄いニットカーディガンを羽織り、ピンクのロングスカートという服装だ。彼女は訓練の時はいつも、寿得神社で普段着から道着に着替えているので、着て来た服に戻したのだ。
着替えた光里と伊禰、ジャージのままの時雨、そして普段着の愛作と千秋という構成で、出前のラーメンを食べ始めた。
リヨモもこの場に同席していたが、彼女は食べずに眺めているというのはいつも通りだった。
「あんたがザイガに撃たれた時、死んだんじゃないかって思った。生きてて何よりだわ」
戦いの話題を振ったのは千秋だった。初めて戦闘の映像を見た千秋には、衝撃が大きかったらしい。これには「今日はとりわけ激しかった」と愛作が付け加える。
この話題が出ると、思い出したように時雨が口を開いた。
「神明、今日のお前は軽率過ぎた。敵前で軽々しく変身を解くな。今回は結果オーライだったが、次は本当に殺されるぞ」
確かに、ザイガは光里が変身を解いたから銃撃してきた。耳が痛いがその通りだと、光里はラーメンを食べる手を止め、頭を下げる。他の面子も自ずと暗くなり、リヨモも雨のような音を鳴らす。そんな中、時雨はもう一つ付け加えた。
「それから、どうしてゲジョーを庇った? あいつは俺たちと姿は同じだが、ニクシムなんだぞ。地球人と同列に扱うな。自分が守るべきものは何か、もっと冷静に考えろ」
あの時、光里はわざわざ光弾が飛んでくる前方へと駆け出し、ゲジョーの前に立ってホウセキディフェンダーを発動した。お蔭でゲジョーは無傷で済んだが、自分の生死を賭けてまですることだったのか? 痛烈な指摘に、光里の目には堪らず涙が浮かぶ。
「あの時、自分が何考えてたのかは憶えてないんですけど…。ゲジョーはそんな悪い奴じゃないと思うんですよ。ザイガとスケイリーが首を壊した時、あの子泣いてました。それにリヨモちゃんに化けたブンシンジュに剣を突き付けた時も手が凄く震えてて…。虚勢は張ってたけど、とても殺せる雰囲気は無くて…。それだけが理由じゃないんですけど、思うんですよね。せめて、あの子くらいとは解かり合えるかなって…」
先の戦闘でゲジョーが僅かに見せた優しさのようなものに、光里は希望を見出したいと思っていた。
しかし、時雨の見解は全く違った。
「奴は単なる小心者だ。心優しい訳じゃない。心優しい奴は、ニクシムの片棒を担いで暗躍などしない。奴に過剰な期待をするな」
時雨は何度かゲジョーと接しているので、発言にはそれなりに説得力があった。光里は全否定される形になり、目に溜まっていた涙が頬を伝う。声は出さないよう、光里は必死に堪えていた。
かくして光里を泣かす形になり、時雨は分が悪くなる。
「北野君。私が言うのもなんだけど、言葉を選べないの? 全否定はないじゃん」
真っ先に言ったのは千秋。伊禰がそれに続く。
「そうですわよ。和解の道を目指せるなら、その方が良いではありませんか?」
時雨は言い返そうと思ったが、論戦で千秋と伊禰に勝てる自信が無かった上に、リヨモも加勢しそうな気配があったので、ここは「すいません」と平謝りした。
そして、このままだと時雨がただの嫌な奴になってしまうので、ここは愛作が上手く制した。
「まあ、いろんな見方があるが…。もしこの戦いが、本当にジュエルメンの最終回みたいな終わり方をしたら、それはそれで理想じゃないか? 実現できるかどうかは別として、理想に掲げても悪くないかもな」
光里も時雨も否定しない形で、愛作は話をまとめた。この言葉に双方は「そうですね」と頷き、一先ず修羅場になることだけは避けられた。
ところで真っ先に光里を擁護しそうなリヨモだったが、意外にこの間は黙っていた。雨のような音と、少しだけ湯の沸くような音を鳴らしながら。
(ニクシムの密偵でさえ信じようとする光里ちゃんの姿勢は素晴らしいです。この優しさが、この方の魅力なのですが…。しかし時雨さんの仰ることも解ります。あんな非道な真似をする者たちの仲間ですから、信じない方が良いのかもしれません)
光里を否定する気は無い。しかし、時雨の発言は的を射ている。また、今回は自分の両親の首を破壊された為か、ニクシムとの和解など有り得ないと、怒りが小さな声を上げてくる。リヨモの胸中は複雑だ。
(それでも光里ちゃんはワタクシの理解者。ジュールさんも、ワタクシのことをご自分のことかのように思ってくださっていた。ワタクシは幸せです)
最終的にリヨモはそう思うことで、複雑に絡んだ感情を振り解いた。その間、リヨモはいろいろな音を鳴らしており、この場に居た一同に仄かに心配させていた。
夕食を終えたら、各位は自宅へと帰っていったが、光里だけは寿得神社の離れに残ってリヨモと共に過ごした。
ザイガたちによる両親の頭部の破壊。映像を介してリヨモはこれを見ている筈。だから光里は、リヨモの精神状態が気になって仕方なかったからだ。
「いつもそうですが、今回は取り分け…。本当に感謝しかありません」
皆が帰った後、離れの二階にて二人は喋り始めた。内容は今回の戦いに関してで、リヨモの言葉から話は始まった。
「ついに、ザイガが直々に攻めて来ました。マダム・モンスターもです。おそらく、これから戦いはより激しくなるでしょう。そこで気になるのですが……」
喋りながら、リヨモは耳鳴りのような音を鳴らし続けていた。聞き手の光里の表情も、案ずる様子が強くなる。そんな中、リヨモは語った。
「ジュールさんが気になります。父上と母上の首が壊された時、まるで自分のことかのように怒ってくださったのはありがたいですし、そんな方だからジュールさんは赤のイマージュエルに選ばれたのだと思いますが…」
この話題が上がるのは、やはり必至だった。光里は神妙な面持ちで、リヨモの話に耳を傾ける。
「流石に怒り過ぎかもしれません。今後、また似たようなことが起きた時、ジュールさんがどうなってしまうのか、気になっております。ワタクシが気にしても、何もできないのかもしれませんが…」
リヨモが気にしていたのは、先の戦いで十縷が見せて荒れっぷりだ。その件は光里も気にしていたので、同感という様子で深く頷く。
「確かに、さっきのジュールはヤバかった。それと、よくよく考えたら妙なことがあって、どうしてあんなことができたのか、解らないんだよね…」
神妙な面持ちで光里は語る。
「ザイガが創ったガラスの檻に閉じ込められた時、イマージュエルと交信できなくなったんだよね。変身できなかったし、リヨモちゃんや社長との通信も切れたし。それなのに、あいつが怒ったら檻が壊れた。まるで、あいつの体から爆風が起こったみたいだった。イマージュエルの力が届かないのに、どうしてあんなことができたの?」
十縷が怒った時、まるでその怒りが衝撃波に変わったかのような現象が起き、ザイガの創った檻を破壊した。あの檻には想造力を遮断する効果があった筈なのに、妙な現象だ。
光里に言われて、リヨモは歯車のような音を鳴らす。
「ホウセキブレスもイマージュエルで創られていますから、それに想造力が作用したという可能性はあります。檻の中なら、想造力は通じると思いますし…」
リヨモはあり得る可能性を頭の中から絞り出したが、この可能性は薄い。
「でも、ブレス自体には大きな力は無いよね。ホウセキディフェンダーだってブレスから出すけど、使ってるのは五色のイマージュエルの力だし。だけど、あの時ジュールが力を引き出せるイマージュエルは、ブレスしか無いよね…」
光里は唸り、悩みを露わにする。その彼女が本気で心配していたのは、このことだ。
(まさか憎心力じゃないよね?)
しかし、その単語を肉声にするのは、怖くてできなかった。
次回へ続く!