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社員戦隊ホウセキ V/第109話;気付いたこと

前回


 六月三日の木曜日、来たる八月に予定されている展示即売会に関する会議の後、十縷は愛作に呼び出され、「時雨が稽古を付けたいと申し出て来た」との話をされ、ついでに「近々、デザインから制作に移ってもらう」との話もされた。

 そして定時後、会社の体育館に赴いた十縷は時雨と合流。時雨は十縷に蹲踞などの所作を教えた後、ひたすら素振りをさせた。

 十縷の疲労が頂点に達してへばったところで、時雨は十縷に語り始めた。

「俺はお前を凄い奴だと思っている。どんなに辛くても、投げ出そうとしない責任感がある。そして、他人に対する共感性も高い。他人が受けた仕打ちに対して、あんな風に本気で怒れる奴はそうそういない。お前はイマージュエルに選ばれるべくして選ばれた人物なんだろうと、つくづく思う」

 何かと思えば、時雨は十縷のことを礼賛し始めた。気分の悪い内容ではないが、どういう流れで自分は誉められているのか? 全く理解できず、十縷は首を傾げる。
 この辺りで、時雨はそろそろ本題に踏み込んだ。

「しかし正義感や共感性が行き過ぎて、我を見失ってはいけない。お前はそうなりがちで、そこがお前の欠点だ」

 持ち上げられた後で落とされる形になった十縷。ハッとして、表情が真顔になった。緊張感が増したところで、時雨は最も言うべきことを言った。

「日曜、神明がザイガに撃たれた時、どうしてザイガに向かっていった? 神明の安否を確認するのが先じゃなかったのか?」

 当時のことはまだ記憶に新しく、十縷も鮮明に憶えていた。当時の自分の行動を振り返り、更に持ち前の視覚情報に関する記憶も掘り起こし、十縷はようやく気付いた。

(隊長の言う通りだ。あの時、光里ちゃんが撃たれて頭に血が上って、ザイガを倒そうと思った。隊長は光里ちゃんの方に行ったのに…。ワットさんと祐徳先生も、スケイリーに邪魔されたけど光里ちゃんの方に行こうとしてた…)

 今になって初めて、十縷は自覚した。当時の自分が怒りに我を忘れ、殆ど暴徒と化していたことを。そして、別の記憶も思い出した。

(前に念力ゾウオがゲジョーに攻撃した時も、頭に血が上って…。隊長に止められて、後で祐徳先生に説教された。なのに、何も変わってない…)

 以前に、十縷は念力ゾウオ戦でも同様の暴走をし、時雨と伊禰に諫められた。その時に掛けられた言葉が、彼の脳裏に甦る。

「レッド、落ち着け! 過剰に傷めつける必要は無い!」

「怒りに支配された瞬間、武術は暴力に落ちます。結果的には相手を倒すのですが、目的は倒す為ではなく守る為。そのことを忘れずに、どんな時でも必ず理性は保つよう、お心掛けください」

    

 伊禰の方はかなり丁寧に説明していたが、当時の十縷はそこまで深く理解できなかった。しかし、今になってどういう意味だったのかが解ってきた。十縷が沈んできたところで、時雨は最後の一言を告げた。

「悪い奴を倒すよりも、悪い奴に苦しめられている人たちを助けることの方が大切。ジュエルメンでもそう言ってるだろ。新杜の社員なら忘れるな」

 社長の好きなジュエルメンになぞらえて、時雨は締めとするつもりだった。対して言われた十縷の方は、自分が情けなくなってきて泣きそうな気配すら纏い始めていた。
 このままでは、お開きどころか厄介な状況に陥りそうだったが、この状況を打開してくれるムードメイカーが丁度良いで現れた。

「そろそろ煮詰まってきた頃かと拝察しましたが…予想通りでしたわね。ジュール君、お疲れ様です」

 ムードメイカーとは伊禰のことだ。いきなり現れた彼女は、座り込む十縷と時雨の元まで歩み寄ってきた。十縷は泣きそうな顔で伊禰を見上げる。

「すいません、祐徳先生。前に、怒りに支配されたら駄目だって言われたのに、全然理解してなくて…」

 ギリギリ泣き出さないものの、十縷は伊禰に懺悔の言葉を述べてきた。この反応に対して、伊禰は困った様子で「その顔で見上げないでください」と言ってから十縷と目の高さを合わせるべくしゃがんだ。

「適度に悔いて、適度に受け流してください。でないと、心が持ちませんわよ。私も簡単に申しましたけど、感情なんてなかなか抑制できるものではありませんから。ですから、過度に気にする必要はありませんわ。しかし、目指すべきものではあります。正義感を保ちつつ、怒りを抑制できるよう、目指してください」

 職場の悩み相談を受ける仕事柄か、伊禰はこの手の話が得意だった。非常に的を射た内容で、十縷は明るい表情で伊禰を真っ直ぐ見つつ、「はい」と良い返事をした。その十縷に、伊禰は微笑み返す。

「まだワット君は筋トレ続けられてましたけど、ジュール君から声掛けちゃいましょうか? どういう訳か、光里ちゃんもいらっしゃいますし」

 伊禰は筋肉屋へ行くよう、十縷に促した。十縷は良い顔のまま頷き、伊禰と時雨に深々と礼をしてから剣道場を後にした。
    伊禰と時雨は静かに立ち上がり、その背を見つめた。

「ありがとうな。結局、お前にまとめて貰って…」

 十縷が剣道場から出たら、時雨はすぐ伊禰にそう言った。伊禰は悪戯っぽく笑いながら、これに返す。

「時雨君は励ますのが下手ですからね。まあ、私は叱るのが下手ですけど。持ちつ持たれつですわよ」

 何はともあれ、伝えるべきことを伝え、二人は胸を撫で下ろす。
    一段落ついたところで、時雨はふと伊禰に言った。

「俺たちも夕食に行かないか?」

 この時、時雨は伊禰と二人だけ、というつもりで言っていたのだが、伊禰はそう受け取っていなかった。そして露骨に顔を歪めたので、まずこれで時雨は精神的な打撃を受けた。しかし時雨は余り顔に出ないので、伊禰はそれに気付かない。

「筋肉屋にですか? いえ、ありませんわ。私、一度だけ行ったことがあるのですが、嗜好が合わないと申しますか…。今日は失礼させて頂きます」

 伊禰はそう言って、足早にその場を去っていった。伊禰は時雨と二人っきりが嫌という訳ではなかったが、時雨の気持ちを全く理解しなかった。残された時雨の心境は複雑だった。


 トレーニング室に駆け込んだ十縷は、まだトレーニング中の和都と光里に出迎えられた。

「あ、来た来た。ワットさん、ジュールが来ましたよ」

 腹這いになってレッグカールをしていた光里は、十縷の顔を見るやすぐにこれを止め、和都に呼び掛ける。
 その時、バタフライマシンを頑張っていた和都は、「あと少しな」と言いながらもう少し続けた。

 十縷はトレーニング室の出入り口の前で立ち尽くしたまま。そんな彼に光里が歩み寄ってきた。

「何? なんか暗いじゃん。今日は私も一緒するから、喜んでよ」

 光里は十縷の顔を見上げつつ彼の肩を突き、いつになく、積極的に仕掛けて来る。対する十縷は申し訳なさそうな表情が変わらず、陽気な言葉も出ない。

「こんなに心配掛けてたんだね。僕、そんなにヤバかったんだ…」

 光里と和都もまた、時雨と伊禰と同じく、日曜日に自分が怒り狂った件を心配しているのは確実。そのことを思うと、十縷の口からはそんな言葉しか出なくなった。
 しかし光里は謝罪の言葉を求めていた訳ではない。一度視線を足元に落とした後、また十縷の顔を見上げて微笑んだ。

「あの時のジュール、めっちゃ怖った。だけど、怒ったのはリヨモちゃんのことを大切に思ってる証拠だし、怖かったのもあの時だけだから、私は何も心配してないよ。だから、あんたも落ち込んでないで」

 光里はそう言いながら、十縷の両手を握ってきた。手を握られると十縷の顔は紅潮し、心拍数も確実に上がった。二人がこんなやり取りをしている間に和都はやりたいトレーニングを済ませ、二人の方に歩み寄って来た。

「必要なことは隊長と姐さんに言われただろうから、俺からは何も言わねえ。だから、お前はいつも通りにしてろ。んで、大将の飯、食いに行くぞ」

 和都はそう言って、十縷の顔を叩いた。今度は感極まってきて、涙が出そうになってしまう十縷。嗚咽を抑えつつ、感謝の意を伝える。

「なんか凄く迷惑掛けたのに、気ぃ遣って貰って…。ありがとうございます」

 そう言った十縷の声は揺らいでいた。光里と和都は再び表情を綻ばせる。

「そういう時に、『迷惑しましちゃ』って言うんだよ」

 光里がそう返したところで、一行はトレーニング室を出て筋肉屋を目指した。


 新杜宝飾の体育館から筋肉屋まで、徒歩で二十分掛かる。その間に、三人の会話はいろいろと弾んだが、その中で十縷がこんな話題を出した。

「隊長や祐徳先生から、敵を倒すんじゃなくて、人を助ける為に戦うって改めて教えられて、僕、初心っていうか大切なことを思い出したんですよね」

 右端の十縷は、しみじみと語り始めた。中央の光里と左端の和都は、気にした様子で十縷の方に目を向ける。そんな中、十縷は語った。

「僕、中二の時、池に落ちて死にかけたことあるんですよ。だけど、助けて貰ったんです。その日たまたま初めて出会った女の子に。もう顔は全然憶えてないんですけど、夏休みなのに制服着てた、ちょっと不思議な子で…。その子が僕に言ったこと、どうしても忘れられないんですよね」

 それは十縷が中二の時に遭遇した、不思議なあの事件だ。初めて聞く話に、光里と和都は歩きながら聞き入る。
    そんな二人に、十縷は聞かせた。当時、お礼がしたいと言った自分に、その少女が返した言葉を。

「感謝と称する上辺だけの薄っぺらい言動などいらん。救われたことがそんなに嬉しいなら、次はお前が他の誰かに同じことをしろ」

  

 あれから九年経った今でも、十縷は一語も違わずにあの言葉を暗唱できる。今日はそれを、光里と和都の前で再現した。
     光里と和都は呆気に取られたような表情になった。

 その状況で、十縷は話を続けた。

「だから、イマージュエルに選ばれた時、思ったんですよね。あの子がしてくれたことを、僕が誰かにする番が回って来たって。それは敵を倒すことじゃなくて、人を助けること。このこと、絶対に忘れないようにって、今日思いました」

 十縷は決意表明で話を締め括った。
 話の内容が良いので光里と和都は感心していたが、その表情は【感動】と言うよりは【疑問】の方に近かった。この話、二人にはそれぞれ気になる点があった。

(中二の夏? 私があの女の子に会ったのと同じじゃん! これって、単なる偶然?)

 光里が思い出したのは、中二の時に陸上の全国大会に出る為、東京に体育教師と二人で訪れた時に出会った不思議な少女。その少女は、光里にこんな質問をした。

「もし自分が未来を知っていて、将来この世界を滅ぼそうとする者が目の前に居たとしたら、お前はどうする?」

  

 本当に奇妙な質問で、この言葉がただでさえ印象的なあの少女を光里の中でより印象的にしていた。光里はその少女の顔を全く思い出せないと言うのに。
 十縷の話を聞いたら、光里の中であの少女のことが甦ってきた。

 そして和都の方も、同じようなことを考えていた。

(ジュールが中二ってことは、俺が高二の時か。偶然か? 俺があの女の子に会ったのと同じだ。まさか同じ人じゃないよな?)

 不思議な少女というのは、和都にも心当たりがあった。どうやら十縷と光里と和都は、同じ時期にそれぞれ別々に不思議な少女と遭遇していたらしい。

 一体、これは何を意味するのか?
 今のところ、謎でしかなかった。


次回へ続く!

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