免震構造の普及で住み続けられるまちづくりを

Meiji. net, 2021.11.19

小林正人(明治大学理工学部建築学科)

1.東日本大震災でも機能が失われなかった免震構造の病院

 地震発生のメカニズムは、プレートテクトニクスで説明されます。地球の表層部を覆う硬いプレートは一様ではなく複数あり、それが動き、重なり合うことでプレートの境界や内部で地震が発生します。日本はそのプレートがいくつも重なり合うところに位置しているので、世界的に見ても、地震が多い地域になっているわけです。
 実際、東日本大震災を引き起こした2011年東北地方太平洋沖地震は、マグニチュード9以上という世界でも最大規模の地震でしたし、以後も、震度6弱以上の大きな揺れが毎年のように起きています。
 この地震の発生メカニズムは地球規模のもので、人の力で止められるものではありません。そこで、耐震工学の研究者や技術者は地震による被害を最小限度に抑えるために、様々な技術を開発してきています。例えば、建物と、その中にいる人たちを守るための建築構造があります。それは、ひとくちに耐震建物などと言われることもありますが、「耐震」、「制振」、「免震」の3種類に大きく分けられ、それぞれ構造が異なるとともに、特長にも違いがあります。
 耐震構造は、柱や梁、壁、筋かいなどで建物に高い強度や変形性能を持たせて、地震の揺れに抵抗する構造です。制振構造は、建物の内部や屋上に、振動のエネルギーを吸収するダンパーという装置を組込み、建物の振動を効率よく抑えて被害を最小限に抑えようという構造です。免震構造は、積層ゴムに代表されるアイソレーターという装置を建物の基礎部に設置し、地震の揺れが建物に直接伝わらないようにする構造です。地面がガタガタと揺れても、アイソレーターの効果によって、建物はゆっくり揺れるように動きます。地震のエネルギーを基礎部で吸収することで建物に被害を生じさせず、人命や建物内部のものを守ろうとする構造ともいえます。
 2011年東北地方太平洋沖地震の際、免震構造で建てられていた石巻市の病院が、建物にも設備にも損壊がほとんど生じず、そのまま病院としての機能を維持することができました。さらに、周囲の社会インフラが大きな被害を受けて機能しなくなったため、この病院は災害救助拠点としても機能しました。実は、2016年熊本地震の際も、免震構造で建てられた阿蘇市の病院で同じような状況になりました。例えば、地域一帯が停電する中、病院施設内の非常用自家発電装置はまったく被害がなかったため、40時間後の電力復旧まで、問題なく病院機能を継続することができたのです。このことは、免震構造の大きな特長を示しています。つまり、地震から人命を守るだけでなく、施設の機能を守り、地震後も継続して施設を使用できるのです。
 このような性能は、病院にとどまらず、公官庁施設や放送施設、データセンター、大型物流倉庫など、社会インフラにとっても非常に重要なことです。そのため、近年では、こうした施設が免震構造で建てられる事例が増えています。

2.免震構造の課題とは

 では、免震構造は万能なのかというと、実は、課題もあります。それをクリアし、より信頼性の高い技術にしていくために、多くの研究者や技術者が研究開発を続けています。例えば、積層ゴムは横方向に柔らかい性質を持たせてあり、それによって地震動の横揺れを吸収しますが、縦揺れは吸収できないのです。それは、積層ゴムが建物の重量を支えているため、縦方向には硬く強くする必要があるからです。これに対して、3次元の免震技術の開発が進められるなど、地震動の縦揺れにも対応する免震装置の研究が続けられています。
 免震構造では、建物の周囲を掘り下げて免震ピットという地下室を造り、そこに免震装置を設置します。建物と免震ピットの擁壁の間には、地震で建物が横に動いても大丈夫なように、通常は60cmほどの隙間(水平クリアランス)を設けます。しかし、想定のレベルを超えた地震動が起きたとき、建物が擁壁にぶつかってしまう可能性もあります。そこで、地震動のレベルをどう想定して設計するかは、設計者にとって重要な仕事であり、それを建築主にも理解してもらえるようにわかりやすく説明する必要があります。また、地震動によって建物がどう動いたのか計測するシステム(地震計やけがき計など)が建物に導入されていれば、そのデータが建物の性能の確認やメンテナンスに役立ちます。
 そうしたデータの蓄積が免震構造の技術レベルを上げていくことにも繋がるので、設計者はそうした説明をきちんと行い、やはり、建築主に理解をいただいて、計測システムを導入してもらうことが必要と考えます。
 もうひとつ、免震ピットは免震構造ならではの空間ですが、地下室であるため、例えば、地震にともなう津波などによって冠水する可能性があります。また、台風や豪雨などによって冠水する可能性もあります。その対策として、敷地を盛土して基礎を高くしたような事例があります。こうした対策も、建築主の理解を得て進めることが必要と考えます。
 近年、免震装置などの性能データの改ざんが発覚し、大きな社会問題になりました。免震構造の普及には、建築主をはじめ社会全体の理解と信頼が必要不可欠です。このような不正は絶対にあってはならないことです。
 実は、国内には、実大の免震装置を地震時に想定される最大レベルの荷重・変位・速度で試験できる恒久的な試験施設(※)がなく、必要に応じて海外で試験を実施している状況です。こうした状況を変え、より信頼性の高い技術を社会に送り出すことも、私たち研究者や技術者の役割だと考えています。
※ 2023 年 3 月にE-Isolation(実大免震試験機)が完成しています。

3.免震構造の正しい理解を広めることが必要

 近年、SDGsに対する関心が高まっています。その目標の11は「住み続けられるまちづくりを」です。その達成のためには災害に強いまちづくりが必要です。地震は人の力では止められませんが、地震に遭っても、まちの機能が途絶えることなく持続できる仕組みを、私たちは作っていかなければなりません。免震構造は、そうした社会のニーズに応えていくための技術だと考えています。もちろん、免震技術だけでなく、耐震や制振の技術と組み合わせていくことも必要であり、それによって、目標を達成していくことが可能になると思います。そのためには、研究者や技術者のさらなる努力が求められますし、また、社会的な理解を広めていくことも必要です。
 免震構造はその原理上、地震時にゆっくりと大きく動くという特性があります。このことが居住者に理解されておらず、期待した性能が発揮されなかったという批判を受けることがあります。また、先に述べたクリアランスは地上から見ると、建物の周囲をめぐる溝であり、その溝を覆って建物と地面を繋ぐ部分をエキスパンションジョイント(免震可動部)と言います。皆さんもビルなどに出入りするときに注意して見ればわかると思います。
 実は、この部分が地震時の建物の揺れにうまく追従せず、破損したり、脱落したりする事例が多く報告されています。設計時の配慮が不足していたような事例もありますが、建物の完成後に、免震建物が大きく動くことを全く考慮せず、設置したと思われるものも確認されています。
 このようなことで免震構造は有効ではないという認識が広がることは、社会的な損失と言っても過言ではありません。地震時にゆっくりと大きく動くという免震構造の特性を広く理解してもらう必要があります。
 免震構造に対する正しい理解が浸透していくことは社会的な価値があることですし、それが、SDGsの目標11にも繋がっていくことです。そうなるように努めるのは、私たち研究者や技術者の責任でもあると考えています。

いいなと思ったら応援しよう!