地震動と免震構造:防災数学への期待

数学セミナー2024年3月号(通巻 749号)
[特集1]防災数学—防災を広く捉え,災いから未来を紡ぐ

小林正人(明治大学理工学部建築学科)

1.免震構造とは

 数百年・数千年に一度という大地震に対して,被害を最小限に留め,被災後の即時復旧・事業継続を可能とするレジリエントな建築の実現は,建築学の研究者・技術者に課せられた最も重要なテーマであり,社会からの期待も大変大きいです。
 地震に対する抵抗機構を分類した耐震・制振(制震)・免震という用語は一般化しています。特に免震(図1,2)は,耐震をグレードアップさせた概念として社会に浸透してきています。免震構造は,建物の基礎に免震層という特別な層(階)を設け,そこに鉛直方向には硬く,水平方向には柔らかい免震支承(図3)を配置することで,地震による水平方向の揺れが建物に直接伝わらないようにした構造です。さらに免震層ではダンパー(図4)によって地震による揺れのエネルギーの90%以上を効率よく吸収できるので,大地震時にも建物にほとんど損傷が生じないような設計を行うことができます。すでに多くの地震で免震構造の効果と性能が実証されています。

図1 免震建物
図2 免震建物の表示
図3 積層ゴム支承
図4 オイルダンパー

 2023年は関東地震から100年となる節目の年でしたが,関東地震から60年が過ぎた1983年に積層ゴムを用いた日本最初の免震建物が建設されており,現代的な免震技術にとっても2023年は40年の節目の年でした。建築の歴史は数百年・数千年に及び,特に耐震工学には経験工学の側面があるため,免震構造はまだまだ新しい(若い)構造形式と言えるかもしれません。

2.地震動に対する建物の応答(地震応答解析)

 免震建物を設計するには,設計用の地震動によって建物がどのように揺れるのかを検討し,揺れの大きさが許容値に収まるように適切な免震支承やダンパーを配置する必要があります。免震層は建物部分に比べて水平方向にかなり柔らかいので,建物部分を剛体とみなすことがあります。このような大胆な単純化によって水平1自由度を持つ振動モデルをつくることができます(図5)。建物部分は質量mの質点に,免震支承はばね定数(剛性)kのばねに,ダンパーは減衰係数cのダッシュポットにモデル化しています。なお,ダッシュポットとは速度に比例する抵抗力を持つ要素で減衰係数cはその比例係数です。ここで,地震動によって建物の基礎に水平変位が生じる状態を考えます。地震動の影響により,建物と基礎との間(免震層)にも相対変位が生じるため,建物の原位置からの変位は,これらの和である絶対変位となります。また,加速度も同様に絶対加速度となります。

図5 地震動を受ける建物のモデル化

 続いて,運動方程式を立てていきます。図6の質点には,ばねとダッシュポットの抵抗力が作用しています。運動方程式には,絶対加速度を用いることに注意すれば式(1)が得られます。さらに,式(2),(3)の形に整理し,式(4)の固有円振動数ω(固有周期Tに変換可)と式(5)の減衰定数hを導入すれば,最終的に式(6)の微分方程式となります。式(6)から,地震動の加速度時刻歴のデータを右辺に代入し,微分方程式を解けば地震動に対する建物(質点)の揺れ(地震応答)を計算できること,その応答は固有円振動数ω(固有周期T)と減衰定数hの組合せで定まることがわかります。

図6 運動方程式

3.地震動と地震応答スペクトル

 ここで,二つの設計用地震動を紹介します(図7)。一つ目は,米国で1940年に起こったImperial Valley地震で観測されたEl Centroでの加速度記録(El Centro NS)です。図7では縦軸に300 cm/s/s移動して表示しています。観測当時,世界最大級の強震記録でした。我が国では現在も設計用に利用しています。二つ目は,2016年に国土交通省より公開された大阪圏の設計用長周期地震動の例(OS1)です[1]。南海トラフ沿いで約100~150年の間隔で発生するとされているM8~9クラスの地震を対象に計算された人工地震動です。

図7 地震動の加速度時刻歴

 地震応答の時刻歴は,式(6)から計算できますが,建物の設計上,まず重要となるのは最大値の情報です。そこで,最大値のみ抽出して,固有周期Tとの関係を描いたグラフを作成します。これを地震応答スペクトルと呼びます。図8に加速度応答スペクトルを,図9に変位応答スペクトルを示します。なお,加速度とは,絶対加速度のことです。図には建築基準法が定める地震応答スペクトルのレベルも比較のために示しています。ここで免震構造の仕組みについて説明します。図1のような5階建て建物の固有周期Tは,免震層がない場合には,長くても0.5秒程度です。この条件を図8に当てはめてみると,絶対加速度がとても大きくなることがわかります。一方,免震構造にすることによって固有周期Tを4秒以上にもすることができるので,絶対加速度を大きく低減することができます。これが免震構造の最大の特長となります。他方,図9を見てみると,長周期化によって逆に変位は増加してしまいます。免震支承には変形できる限界がありますし,図1のように建物周辺との距離を空けておくにも限界があります。そのため,図4のようなダンパーを設置することで減衰定数hを増加させて,変位を許容できるレベルに抑えることが行われます。

図8 加速度応答スペクトル(h=5%)
図9 変位応答スペクトル(h=5%)

4.免震技術の発展と防災数学への期待

 免震技術は,要求される地震動レベルの増大に伴って発展してきた経緯があります。しかしながら,近年の地震動レベルの増大は凄まじく,従来の免震技術では,対応が困難な状況にあります。OS1のような建築基準法のレベルを大きく超える地震動を大振幅地震動と呼び,筆者らも日本建築学会等で学術的な対応を検討しています[2]。
 建築基準法は安全の最低基準を定めたものです。これを超える安全の目標を定めようとして,考慮すべき事項の全てに安全側の仮定を設けると,今日の技術では全く対応できないレベルになるかもしれません。しかし,自然は人間の想像を凌駕する厳しさを持ちますから,このような設定が過剰な安全性を求めているものとも言い切れません。
 地震動を確率論的に評価する研究は多くなされおり,これに基づいて地震ハザードマップの作成や耐震設計に求める地震動レベルの策定などが行われています。ここで,発生確率は極めて低いがひとたび起これば甚大な被害を生じさせるような地震動の存在は,設計者を大いに悩ませます。
 自然に対しては常に謙虚であらねばなりませんが,数学的なアプローチによって,この地域にはこれ以上の大きな地震動は発生しないという“極大地震動”を見出すことはできないものでしょうか。もし,乗り越えるべきハードル(極大地震動)がわかるのであれば,それに向かって新たな挑戦(免震技術の発展)がはじまると思うのです。

 本稿執筆直後に,2024年能登半島地震が発生しました。被災された方々の一日でも早い回復をお祈りするとともに,防災数学の取組みが将来の地震被害の軽減に繫がることを願います。

参考文献

[1]建築研究所:長周期地震動対策に関わる技術資料・データ公開特設ページ,https://www.kenken.go.jp/japanese/contents/topics/lpe/index.html
[2]日本建築学会:大振幅地震動に対する免震構造の設計,2020


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