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〔71〕稽古34 加筆5/15

〔71〕稽古34 5/13
 稽古33で、WWⅡの東洋方面ではABCD(米英華蘭)を相手に戦ったJ(日本)がBCDには勝ったもののAの原爆投下で最終的に敗れたことを述べました。
 WWⅡの欧州方面では、G(独)とR(ソビエトロシア)が不可侵条約を結んでP(ポーランド)に侵入したことが発端で、BとF(仏)がG(独)に宣戦して戦線が欧州に拡がり、速攻でFを制したGにAが宣戦する一方、GとI (イタリア王国)が軍事同盟したことでAB対GIの戦いとなりますが、I が早々に敗退してAB対Gとなります。
 Bとの戦局で優位に立ったDが、DR不可侵条約を破ってRに侵攻したことでD対Rの戦いが始まりますが、Dと軍事同盟していたJは一方でRとも不可侵条約を結んでいたためRとの間は戦端を開かず、ABとの講和の仲介を頼むことにしましたが、時すでに遅しです。
 昭和二十(1945)年五月にDがRに敗れたことで、WWⅡはJ対ABになりRは中立のままですが、これに先立つ二月のヤルタ秘密協定で、AとRはDの降伏から九十日以内にRがJに参戦することを密約していました。

 Dの降伏は五月七日ですから、RがJに宣戦した八月九日は九十四日目となります。ARの協定によれば、D降伏の五月初旬からは何時でも可能であった対J参戦をRは三カ月も見送っていたことになります。この意味を洞察しなければ、本当のJR関係は理解できません。
 命理学から少し離れたと思いますが、狸の大運がたまたま日本国家の大運と同期しているのでやむを得ないのです。それにしても長くなりますので、この続きは〔72〕に廻します。
 
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