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2024年7月の記事一覧

虫

 あの子が笑うのは、とくべつ。
 他の子が笑うより何だか嬉しい気がします。
 それはなんというか、視認することのできない特別な美しさを、黒コートのポケットの中で誰にも知られずにぺたぺた触る時のすけべさに似ています。
 あの子と話したことは、ありません。この先も機はないでしょう。けれども、いえ、それで構やしません。それは例えば、通学するとき、朝の横断歩道ですれ違うことがあるくらいの距離、決して近くな

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ポーション・ウィスキーと苔玉の石ころ兵

ポーション・ウィスキーと苔玉の石ころ兵

 夜の酒屋に僕以外の客はおらず、狭い店の棚にところ狭しに並べられた酒瓶の壁に少なからぬ圧迫感を感じて早足になる。低い天井の灯りが大小まちまちの酒瓶に、つるりん、つるりんと丸くひかって眩しく、僕の意識が宝石の箱に入り込んでしまったようにも錯覚する。
 レジ前に腰掛けて本を読んでいた店主は僕が手にしたポーション・ウィスキーの瓶を見て「一六二〇円」とぼそりと云った。彼は僕より三〇くらい年上の男で、背の低

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でっかい冬虫夏草

でっかい冬虫夏草

 向こうの星にあるのは小さくて丸いきのこの星です。星の名前は、忘れました。ただそこは誰もいない、暗くじめじめした星であります。私らが行った時は暗い夕暮れ時で、わさわさした苔の岩岩の脇やら背の低い木の根元に、柄の丸っこいきのこが点々と生えているのでした。きのこは見境なく生えます。岩や根っこに限りません。これをご覧なさい、その星から持ち帰った盾です。この星にもある程度の文明があったのでしょう、重たく立

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鈍感

鈍感

 お盆を過ぎ、駅前の夜はじっとりとした熱気の中にあった。拭えぬ湿気の中に漂うたばこの匂いが鼻に当たり、目前を歩く中年の男が手に差した小さな赤い光に視線が当たる。男が歩くたび、腕が振れて赤い点が暗い中で明滅する。僕はシーツやらTシャツやら何やらがぎゅうぎゅうに詰め込まれたIKEAの青いバッグを手に歩いていた。街灯が道路脇に植った低木の葉々をぼんやり照らし、その景色が歩道を沿っていた。低木の導く先を目

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波の鰭

波の鰭

 十月も半ばを過ぎていた。〈4分ほどお待ちください〉とアナウンスが流れ、彼は窓の向こうに目をやった。電車は成午海岸で停車していた。そこには人気のない風景が広がっていて、伸び放題の草木に、トタン張りの小屋みたいなたばこ屋、その奥に見える竹林には霧が立ち込めていた。朝の五時、外はまだ夜と朝の混じるせいで青白い。
 霧の中に向かって女の子がひとり、歩いて行くのが見えた。形のいいショートヘアに黒のレザージ

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