八本目の槍
かつて世間を席巻した「歴女」と呼ばれる女子の歴史ブーム
そういった表層的なものにカテゴライズされるのは
甚だ不本意であるが私も世間から言うとそのカテゴリの女である
私の「推し」武将は石田三成だ。
きっかけはこの世代ならではの「戦国無双」。
一騎当千の英傑・女傑をコントロールして戦う爽快歴史バトルゲームである。
慇懃無礼な物言いに反しうちに秘めたる熱い闘志と、クールな顔が幼い私の心を射抜いたわけだ。
それからこちょこちょと自分なりに史実を勉強し独自解釈を深めていった。
(思い入れが強すぎて、大河ドラマ「真田丸」では山本耕史氏演じる三成の敗北が受け入れられず
関ヶ原の回から見ることはできなかった・・・)
そんな私に令和になって与えられたご褒美と言って過言ではない一冊がこの本
今村翔吾/八本目の槍
だ。
歴史好きの方ならピンとくるであろう「七本槍」から一つ数が増えたタイトル。
その八本目が石田三成である。
七本槍の目を通して石田三成という男を爽快に描き出す全7章からなる歴史小説。
加藤清正にはじまり、福島正則で終わる構成を聞くだけで
俄然興味のわく歴史好きの方も多いのではないだろうか。
石田三成自身が周囲との軋轢を生み決して人望があったとは言えない人物であり
その仲違いの最たる例が先に挙げた、秀吉温故の子飼い時代より共にした二人だからだ。
彼らを通して、石田三成を爽快に描き切れるのか?
名前を見ただけで疑問がよぎるだろう。
そもそも石田三成は関ヶ原での大敗を喫して以降、徳川幕府による誇張した奸臣像が描かれ続け
現代に至るまでそのイメージは強く残ってしまっている。
(近年は研究も進み、大河ドラマ「天地人」や「真田丸」でも忠義の人物と描かれ人物評は確実に見直されている)
そんな三成を今村氏が全く新しい人物像として描き直すという謳い文句だ。
この小説の妙は、主題である「石田三成」が主人公として一切出てこないことにある。
主人公として据えられることがないので石田三成の一人称で話が進む章がどこにもない。
つまりは心情描写も、三成自身の考えも明言されることなく話はズンズンと進んでいくのだ。
読者の読解力に全ては委ねるためこうなったわけではない。
石田三成の足跡を、作中の発言や行動から七本槍と共に追いかけて明かしていく一種没入型の小説といってもいいだろう。
文字を楽しく追っていたはずが、気づけば石田三成という男に魅入られ彼を理解しようと読者が能動的に読書をしているのだ。
そもそも7人、個性揃いの猛将たちが一人の人物に向けて好悪入り乱れ一人の男を追いかける物語は構成としても十分面白い。
時代設定としては子飼い時代〜三成死後の大阪の陣まで三成がこの世を去っても紡がれる。
序盤に張り巡らされた伏線が、中盤からどんどんと改修されていきストーリーは加速度的に面白くなる。
あえて残された謎にこだわっていてはいけない。何気ない会話でさへ伏線になっている、何度も読み進める手を止めページを戻ったことか。
1600年の封建制度が当たり前の時代に「大一大万大吉」、
つまり「all for one, one for all」の概念にも通づる家紋を掲げた男だからこそあり得なくもない話だな、と思わせるストーリーであった。
ただ一点、皮肉にも石田三成を正義の硬骨漢に描くあまり比例的に
淀君や家康がテンプレート通りの傾国、たぬき親父になっているのはご愛嬌と言ったところか・・・。
家康ファンが手に取る際には注意されたし。
兎にも角にも、石田三成ファンとしては垂涎必死、永久保存版になること請け合いの名著であろう。