もうひとつの世界の物語、21 マリーンと あんこう 4/5
マリーンと あんこう 4/5
海の中は、どこまでもはてしなくつづいていた。
深くくぼんだ溝もあれば、小高い山のように起伏した岩礁もある。
どこまでいっても、そのさきにはしらない海があった。
海草におおわれた海の林、ごつごつした岩場,色とりどりのサンゴが木のように枝を広げている。
またその先へ行くと、明るい海にテーブルサンゴがおおいつくし、小魚が楽しそうにむれてあそんでいる。
―なんて、美しい海なの。
マリーンは、海底をおよぎながら、岩のくぼみで休憩をとり、仲間のタコがいないか、あたりに気を配った。
海底にある大きな岩礁では、海底のオアシスのように小魚がむれている。
しかし、そういうところには、かならずその岩場をなわばりとする、恐ろしい魚がいついている。
マリーンがほっとしてある岩場で身体をやすめると、突然、岩穴から体長一メートル以上もある大きなウツボがとびだしてきた。
タコはウツボの大好物だ。
ねらったように、大きな口をあけてマリーンにおそいかかる。
マリーンはびっくりして、すんでのところで身をかわすと、目くらましの墨をはきだし、岩のあいだをすりぬけて、なんとか逃げることができた。
ウツボはくやしそうに舌打ちすると、すごすごと岩場の穴にもどっていった。
―あぶなかった。
あんなところに、ウツボがかくれていたなんて。それに、水族館ではみんな仲良しで、ウツボにおそわれることもなかったのに。
―やっぱり海はこわい。
アンコウさんがいっていたとおり。
海はうつくしいだけじゃなくて、恐ろしい一面をもっている。
水族館とちがって、ちょっと油断していると、すぐほかの魚におそわれる。
―もっと、しっかりしなきゃあ。
気を引き締めると、今まで以上にまわりに気を配りながらおよいでいった。
どれくらいおよいだろうか、疲れてどこかで休もうとおもったとき、またちょうどよい岩礁をみつけた。
今度は用心深くちかづくと、穴の中にウツボがいないのをたしかめて、ゆっくりとやすむことにした。
しかし、岩場に気を取られ、後ろから忍者のように音もなく忍び寄ってくるサメに、まったく気づかなかった。
岩に身を隠そうとしたその時に、突然、サメがおそいかかってきた。
―あっ、いたい!
あっというまもなく、長い足の付け根をかまれてしまった。
びっくりして、身体をくねらせて、逃げようとしたが、サメはしっかりくわえてはなさない。
もがけばもがくほど、サメの歯がくいこんでくる。
このままでは足が食いちぎられてしまう。
そして今度こそ食べられて死んでしまう。
マリーンは、体を回転させるサメに、必死にへばりついて、ちからをふりしぼって、サメの胴体にかみついた。
―こんなところで、死にたくない。
まだ仲間にあっていないし、卵を産んでいない。
あんこうがいった海のこわさをおもいしりながら、サメから逃れようとひっしにもがいた。
そのとき、とつぜん、べつのタコがあらわれて、サメにかみついた。
ふいをつかれたサメは、びっくりしてマリーンをはなした。そのすきに、マリーンは、素早く岩陰ににげこんだ。
もう一匹のタコも、墨を吐き出すと、つづいて岩陰ににげこんできた。
おこったサメは、なんども岩にとつげきしたが、中まではいってこれない。いまいましそうに岩にかみつくと、なんども振り返りながら、あたりをおよいでいる。
マリーンは、穴の中で身を丸めながらサメが去るのをじっとまっていた。
あまりの怖さに、まだ身体の震えがとまらない。
じっと岩陰に身を寄せている。
しばらくして身体に感覚がもどってくると、こんどは噛まれたところがズキズキ痛みだした。
そのとき、優しい声が、きこえてきた。
「だいじょうぶ、傷はどう、たいしたことがなければいいんだけど?」
心配そうに、マリーンをのぞきこんでいる。
マリーンは、そのやさしい声にほっとすると、やっと身体から力がぬけていった。
「ありがとう助けてくれて。あたしはマリーン。あなたは?」
気持ちが落ち着くと、たすけてくれたタコを見ることができた。
「ぼくはカイト。こわかったけど、きみを助けなきゃとおもったら、身体がかってにうごいて、サメにとびかかっていたんだ。
きみを助けられて、ほんとによかった。」
マリーンは、じっとカイトをみつめた。
「あたし、南のサンゴ礁にいくつもりだったの。あなたは?」
「ぼくもそうだよ。」
マリーンの目が、ぱっとかがやいた。
「よかった。あなたも、仲間をさがしに?」
「そうだよ。」
マリーンにみつめられると、カイトはその目に引き込まれた。
「でも、ぼくは、もう行く必要がないかもしれない。」
マリーンは、カイトをみつめたままたずねた。
「どうして?」
「きみをみつけたから。もし、きみさえよかったら・・・。」
「あたしも、あなたをみつけた。」
ふたりは、一瞬で恋に落ちた。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?