見出し画像

在庫処分の時間稼ぎ

※これはフィクションです。実在の人物・団体とはいっさい関係ありません。


企業が新商品を市場に投入する場合、発売前に必ずモニター調査を行います。一般人希望者を一室に集めて、実際に試作品を使用してもらい、座談会形式で感想を述べてもらったり、細かいアンケートを集めたりするのです。
読者の中には、そうした調査に参加経験のある方もいらっしゃるかもしれません。

例えば、新商品のチョコレートなら、数十人のモニターに試食してもらい、味の感想、売価やパッケージ、キャッチコピーの印象を尋ね、その結果を開発部、広報部などにフィードバックします。
さらには、大量消費が見込まれる都市部に先行して地方(有名なのが、なぜか熊本県)で試験販売を開始し、動向を調査するのです。


さて、数年前の世界的な「ブーム」により、ごく一部の開発メーカーだけが、バカみたいに大もうけをしました。
「ブーム」に乗り遅れたある会社のCEOは、地団太を踏んで悔しがり、今度は先回りをしてやれとばかりに、さらに一歩進んだ(まだ確立しているとはいえない)技術を開発中の海外企業と提携し、新商品の製造に踏み切りました。株主や経営陣を説得し、多額の資金投資を取り付けることに成功したのです。これで出遅れを取り戻せる。

本当なら、面倒な諸手続きを一つ一つクリアしていかなければならず、それほど短期間で販売までには至らないのですが、何といっても今回は、国の強力な後押しを得ることができました。おかげで、手続きの幾つかをすっ飛ばすことができたのです。
くだんのCEOは、自分の有能さに笑みをこらえることができませんでした。

「これで我が社も大儲けができる!」

「俺って、まさに経営の天才だな!」

ところが、肝心の「ブーム」は、たった数年で、あっけなく過ぎ去ってしまいました。
今さら新商品を欲しがる消費者もなく、このままでは多額の投資が全部水の泡。それより何より、「経営の天才」という自身の肩書に決して消えない傷が残ってしまいます。経営陣には責任追及され、部下にも能力を疑われることでしょう。

それだけはプライドが許さない。

あろうことか、世間の一部では新商品に対する不買運動が起こっている様子で、立場はますます不利になるばかり。社運を懸けた一大プロジェクトは大失敗。
こうなったら、少しでも損失を減らすための時間稼ぎをするしかない。それには、不買運動の扇動者を業務妨害で訴えるのが一番。
数か月後、数年後に裁判で負けようが構いません。敗訴したところで、払う金額は微々たるもの。それよりも、不買の声をとりあえず封じ込めさえすれば、判決が確定するまでの間に新商品を売りさばき、在庫を減らすことができるからです。

「想定外の事態にもこうして臨機応変の対応ができるなんて、俺はマジで優秀・有能だ!」

くだんのCEOは、すっかり自身を取り戻し、ワイシャツの袖をめくり上げたとか。

……でもこれって、冒頭のモニター調査の話で例えるなら、せっかくのアンケート結果を改善に何ら反映させずに、新商品の不満な点を指摘したモニターを逆ギレして名誉棄損で訴えるのと同じことなんじゃないの、と私は考えます。
あくまで個人の感想です。

いいなと思ったら応援しよう!