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スペインでの真夜中のフラメンコ


 7年前の3月にスペイン南部の古い街コルドバ市を出張で訪問しました。同市の郊外で開催された小さな会議に出席するためでした。そこで思いもかけない体験をしました。


マドリッドから鉄道の旅


 南部アンダルシア地方の古都コルドバ市へは、首都マドリッドの中心部アトーチャ駅から列車で南へ下ります。アトーチャ駅には、ドーム型の天窓の下に大きな熱帯庭園があります。日本の鉄道の駅とは違う異国情緒があります。列車を待つ間、ヤシやシダ類の熱帯植物を見ながらリラックスというかボンヤリしました。

車窓にはオリーブ畑と羊の群れ


 アトーチャ駅からコルドバへの高速鉄道AVEに乗ると、もう大都市マドリッドより時間がゆっくり流れているように感じます。ここから2時間弱の列車の旅となりました。車窓にはオリーブ畑のある広い丘陵やブドウ畑が広がります。青い空の下、なだらかで広い草原で草を食む羊群が時に現れます。異国の牧畜の景色が広がります。
 オリーブの木があまりに多いので、どうやって収穫するのだろうか、と隣席の親切そうなスペイン人に聞いてみました。なんと木の下に布を引いて、人の手で木を揺らして収穫するというのです。またオリーブ油は地方によって種類が違い、味わいが違うとスペイン人は教えてくれました。
 付属の食堂車両に行って軽食のパンを購入しました。車内で焼いたパンに、付属のオリーブ油をつけて食べると美味しい。パンは日本のコッペパンより平らで、柔らかくなく小麦の味が強い。小麦とオリーブ油はあうようです。

ロバを引いたおじいさんに出会う


 昼食のため立ち寄ったコルドバ市郊外の田舎町のレストラン前では、なんとロバを引いたヒゲのおじいさんに会いました。農作業服を着て麦わら帽子をかぶり、ゆっくりとロバを引いてやってきて、レストランの前の柵にロバの手綱を括りつけました。昼間から軽くワインをひっかけに来たようです。
 違う時代に迷いこんだのか、またはコルドバでは時間が止まっているのかと、しばしおじいさんの動作にみとれました。大都市マドリッドでは見れない景色です。このロバのおじいさんと話してみたいなあ、ここでしばらく住んでこんな風に生きてみたいとも思いました。

ライブハウスへ


 会議が終わったあと、出席していた地元の友人に案内されたのは夜の寺院メスキータ・ツアーでした。ライトアップされたイスラム風の850本の柱と回廊を見て回り、オーディオ・ガイドでアンダルシア地方の歴史と文化を堪能しました。
 もう夜も遅いので、ホテルに帰って寝ようと思っていたのですが、スペイン人は夜に強い。フラメンコ (Flamenco) も見ようぜということになりました。私としては、期待はしていなかったのですが、友人のおもてなしの好意にこたえようという気持ちでした。フラメンコは、日本のテレビ番組で少し見たこともあったからです。スペイン語の歌詞もわからないし、踊りの寓意もよくわからなかったのです。
 コルドバ市のあるアンダルシア地方はフラメンコ発祥の地というのは後で知りました。友人が電話で予約してくれた劇場は、定員50人位で、タブラオ(Tablao)という専門ライブハウスでした。観客は定員の半分くらいでしょうか。

フラメンコ・ショック


 夜も更けて開演時間から少し遅れて、照明が落とされ場内は暗くなりました。ギターが低く鳴り、心の奥底にある情念を押し出すような歌が流れます。造花と白い内装壁に囲まれて明るかった場内のムードが一気に変わります。
 音楽は暗く歌声は低く、強い怒り・悲しみ・苦しみさらに怨念まで感じられます。歌にコブシのような声技も入ります。貧しいスペインの人々の暗い一面を見せるのです。
 そして派手な赤色の服に身を包んだ女性ダンサーが登場しました。濃い化粧を施した彼女の横顔は、厳しく引き締まり笑顔はない。そして手拍子と腕使い(braceo)、床への足踏み鳴らし(zapateado) の音が即興的(improvisational)で激しく、こちらの身体と心にまで響きます。場内は狭く、観客と舞台の距離は短く、彼女は私の目と鼻の先で踊り強い感情を訴え、抑えた息遣いまで聞こえます。あっという間に魅せられました。
 ギターの悲しいメロディーと恨むような歌と相まって、ダンサーの身体と踊りが発する激しい情熱と深く強い感情が、こちらの魂を揺さぶってきます。フラメンコとはこんな舞踊だったのかと、しばし動けなくなりました。
 私の舞踊のイメージにある緻密で正確(precise and accurate)で優雅(graceful)とは真逆のダンスでした。注文していたワインや生ハムの飲食を忘れました。食欲も眠気も吹っ飛び、心の奥底からの快い興奮が長く残りました。

フラメンコ三昧で暮らしたい


 あの体験以後、私の海外で最もやってみたいことは、アンダルシア地方にどっぷりと浸かって、タブラオでのフラメンコを楽しむこととなりました。マドリッドから列車でコルドバ市に行き、そこで長期滞在して、近辺の街、セビリアやマラガやグラナダにも列車で行ってみたい。いろんな種類のオリーブ油をつけたパンで食べ比べたい。そして何よりも、どの街でも毎夜遅くまでフラメンコをたっぷりと味わいたい。
 そして朝と昼の時間に、街の路地や郊外の田舎道を散歩してみたい。ロバを引いたおじいさんにまた会えるかもしれません。

参考文献:地球の歩き方スペイン2016~2017年版、ダイヤモンド・ビッグ社
イラストはMage.spaceでAI生成

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