前立腺がん放射線治療の選択とその5年後
がん患者の選択
がんと診断された患者は大きな選択を迫られます。そしてその選択には結果、つまり再発と余命と生活の質(QOL: Quality of Life)の低下という結果が伴うのです。そこには運や偶然もあります。人生という旅は自分の選択、そして運と偶然で決まってゆくようです。
がんは突然に
毎年の職場の健康診断に3時間、その時間を惜しんでいました。しかし2017年のレポートにPSA(前立腺特異抗原:Prostate Specific Antigen)の値が高いので、専門病院で再検査を、という指摘項目がありました。日々の忙しさの中で、検査値は間違いもある、と思い放置しました。2018年レポートで同じ指摘項目があり、しかもPSA数値は倍に跳ね上がっています。ヤバイと思いました。
近所のクリニックから大学病院へ
クリニック医師からは炎症があるとPSAが多量にでる場合があると言われました。でも抗生剤を飲んで炎症を抑えても、PSAは上がる一方です。
医師は、系列の大学病院を紹介してくれました。その大学病院は患者が多く、予約が取れたのは3週間後でした。まずMRI(核磁気共鳴画像法:magnetic resonance imaging)、そして生体検査を受けました。1日入院しての生体検査では、全身麻酔下で前立腺に12本の針を打ち込んで組織を採取するのです。退院した後、予約を取って検査結果を聞きにいきました。
がん患者になる
「がんの診断が確定です」
大学病院の医師の声が乾いて聞こえました。前立腺針生検からの診断です。12本の針から、7本にがん細胞が見つかったのです。かすかな期待は絶たれました。
次に骨への転移がないかどうかを確認するのに、骨シンチグラフィの画像も取りました。まだ骨への転移はしていないのです。すべての資料がそろって、医師は言いました。
「次回に治療方針について話し合いましょう」
この時点で私のオプションは、前立腺全摘術か放射線治療しかないようです。医師には手術を奨めるような雰囲気がありました。
手術には尿漏れのリスク
自分で調べて、前立腺全摘術(手術)だと、前立腺と一緒に尿管も取ってしまうので、一時的だけでなく永久的な尿漏れのリスクがあることがわかりました。コロナ禍前で毎年複数回の海外出張をしていたので、尿漏れは困るのでした。
数年前の体験もありました。新幹線の列車の中、ある中年男性乗客が横を通るたびに強い尿の臭いがしました。ズボン股間部が濡れています。何らかの理由で尿漏れを頻繁に起こしているようなのです。その乗客の困惑した顔からも気の毒にと思いました。
まだ死にたくはないが、尿漏れで生活の質(QOL: Quality of Life)も落としたくない。放射線治療の中に重粒子線治療という治療法があり、これならピンポイントで行えるので効果が高く、副作用も少ないという記事をネットで見つけました。
どこの施設がいいのか
私は調べました。重粒子線治療の施設はどこも混んでいて順番待ちが長い。待つ間にがんが進行する恐れがあります。
思い切って大阪のできたばかりの重粒子治療施設に電話しました。感心したのは、オペレーターがつないでくれ、担当医師が電話で相談にのってくれたのです。その医師曰く、神奈川県在住なら、神奈川県がんセンターは比較的新しい施設で、他の関東地区の病院より順番待ちが少ないだろうと言われました。神奈川県がんセンターには前立腺がんセンターもあるのです。ただし紹介状が必須なのです。
大学病院から転院
次回診療で治療についての相談で、大学病院の医師に対して
「先生、重粒子線での治療がしたいのです」
と切り出しました。嫌がられるかもと心配していたのですが、F医師は
「千葉県に紹介できる協力施設があります」
と言ってくれました。その千葉の病院までは、自宅から電車とバスを乗り継いで2時間以上もかかりそうです。
「先生、神奈川県がんセンターに紹介状を書いてもらえませんか。千葉は遠いので通院が大変です。がんセンターなら、自宅からそれほど遠くありません」
F医師は少し考えて承諾してくれました。さらに無駄な検査がないように、同病院の検査と診断資料も全て添付してくれました。立派な医師だと思いました。
再発率40%
神奈川県がんセンターは、大学病院に比べると予約が取りやすい。初診で会ったN医師の説明では、大学病院からの資料から、がんのステージは「cT3aN1M0」、つまり前立腺内の浸潤がんで高リスク (cT3a)、所属リンパ節に転移あり (N1)、遠隔転移なし (M0)という説明を受けました。がん悪性度スコア0から10の中で、悪い方で9です。N医師からの重要なアドバイスは2つ。
1)前立腺摘出手術でも放射線治療でも再発率は40%
2)手術の場合の尿漏れの後遺症の発生確率は5%
再発も覚悟する必要があるのです。N医師は、放射線治療から始めると、再発しても手術はできない、手術から始めると再発した場合に放射線治療もできますと説明してくれました。N医師の推薦はまず手術でした。ただし本人の意思が一番大切ともいわれました。
私の選択は、「尿漏れの恐れは避ける」ために放射線治療でした。5%の永久尿漏れの確率は高いと思いました。でもその選択が再発と生存年数という結果にどう影響するかは誰もわからず、運と偶然なのです。
初めてのがん治療
非常にありがたいと思ったのは、N医師は初めてがん治療をしてくれたことです。時間が経つほど転移の確率があがると心配していました。前立腺がんは男性ホルモン抑制剤(商品名:リュープリン)の筋肉注射と錠剤(商品名:ビカルタミド)投与で小さくなるのです。
手術するにしても放射線治療を選択しても、まずは前立腺がんを小さくする必要があるからと説明されました。この治療でPSA値は急速に低下しました。治療がよく効いているのがわかりました。
放射線治療専門医師の判断
N医師は、その日のうちに同センター内の放射線治療専門医のA医師に会うようにセットしてくれました。生検結果とMRIなどの検査データを見てもらって、放射線治療が可能かどうかを確認するためです。
放射線治療専門A医師の答えは
「可能です」
でした。そして重粒子よりIMRT(強度変調放射線療法)を薦められました。私のがんは広範囲だからIMRTがいいともいわれました。IMRTは専用のコンピュータを使い前立腺と付属リンパ節とそれ以外の組織にあたる放射線の強度を変えれるのです。A医師の判断に従おうと思いました。
A医師の治療方針はまず半年間、ホルモン治療で男性ホルモンをゼロにするという、「兵糧(ひょうろう)攻め」でした。がんをできる限り小さくするというのです。前立腺がんにとって男性ホルモンは兵糧なのです。
放射線治療開始は6か月後、開始日と終了日もはっきりしました。2017年10月に疑いありとされてから放射線治療終了は2020年3月となりました。29か月もかかってしまいました。
前立腺がん治療に対して、最大の後悔は、2017年の職場健康診断レポート1回目の警告を、無視する選択をしたことです。その私の最初の選択失敗は、がん再発と生存年数低下という結果となる可能性があるのです。
30回の放射線治療
放射線治療は土日を除く毎日で30回6週間、同じ時間帯で行われました。2020年2月から30回、がんセンターに通いました。朝早く起きて治療時間にあわせて下剤をかけます。直腸内に何もない状態にするためです。大便があると同じ場所に放射線があたらないのです。
平日30日間よく時間が取れたと思います。自宅から近かったのが幸いしました。朝、病院に行き昼から職場に行きました。
放射線治療棟に集まる人たち
がんセンターに放射線治療に来る人は、1階で受け付けを済まして、地下の治療棟に行きます。待合室のがん患者たちは、訳がありそうな人ばかりです。付き添われてきている人、車いすの人、一人で来ている背広の中年、入院しているらしい20歳前後の若い人もいます。みな無口です。どんな人生だろうかと思いました。とくに若いがん患者をみると気の毒になります。
がんセンターから駅への帰り道は、2月から3月へと冬から春へ変わる景色を見ながら、ゆっくり歩きました。小さな旅をしているようでした。自分の選択が自分の人生の結果だ、そして自分はこの年齢まで生きれたんだという気持ちも生まれました。がん患者に死は身近です。
地元クリニックへ転院
がんセンターでは、放射線治療が終わると、地元クリニックへ転院するよう言われました。簡単な治療(筋肉注射と飲む錠剤)は地元クリニックで、と言われるのです。がんセンターでは急場の患者が多いからです。がんセンターと密接な関係のあるUクリニックを選びました。
再発し進行がんの場合は海外治療
放射線治療後にPSA値が2.0 nm/mL以上にあがると再発となると、UクリニックのU医師に言われています。再発すると再度ホルモン治療となると言われています。
調べるとホルモン治療が効かなくなる、つまり去勢抵抗性前立腺がん(CRPC :Castration-Resistant Prostate Cancer)となり、進行性の前立腺がんとなるのです。こうなると、国内ではもう有効な治療がないようです。でもまだ海外治療をするオプションがあるのを見つけました。オーストラリアでは放射性元素ルテシウムを使った標的治療を実施しています。費用は200万円かかるようです。
あの時の選択は正しかったのか
放射線治療後、地元クリニックに転院してもホルモン治療は1年行われました。さらにPSAマーカーの血液検査は半年ごとに4年半続いています。朝早くクリニックに行き採血し、翌日の検査結果からオンラインで医師と話します。PSA値は低く推移していて、放射線治療は成功したようです。
ホルモン治療をしてくれたN医師、放射線治療をしてくれたA医師には感謝です。快く紹介状を書いてくれた大学病院のF医師にも感謝です。がん患者にとって、よい医師との出会いは人生がかかっています。そして医師は患者の感謝の中で生きていると思いました。
でも常に再発の恐れはあります。がんは突如キバを向くのです。6か月ごとの採血時はいつもどきどきです。死ぬまで検査することになるようです。
人生は選択の旅
医師が奨める手術でなく放射線治療を選択し4年半が経ちました。人生の選択には変更可能なものもあります。例えば、勤めている会社、通学している大学などです。失敗と思えば変更できるのです。しかしがん治療での変更は不可能でした。
運と偶然を覚悟しつつ、自分の選択した道を進む以外になかったのです。そして再発したら、またオプションを探して、生活の質と生存の長さを天秤にかけて選択するのです。人生の選択の旅は続くのです。その終わりが来るまでは。
参考:
がん・統計白書2023 https://ganjoho.jp/public/qa_links/report/statistics/2023_jp.html
がん情報サービスhttps://ganjoho.jp/reg_stat/statistics/stat/cancer/20_prostate.html
セラノスティクス横浜 https://www.psma-jp.com
イラストはmage.spaceでAI生成しました。