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急にタヒチに行く夢ができた

「今日外国の人が入院しました。でも、きさくで良い人。通訳アプリで大丈夫だから、明日よろしくね。」
と夜の8時に看護師長さんからメールが届いた。

(な、なんですと!)

次の日は日勤であったが、不安で夜中の3時頃に目が覚め、もう寝付けない。

外国の人の看護なんてしたことがない。っていうか外国の人とコミュニケーションをとるなんて何十年と記憶にない。どんな人なんだろ。本当に通訳アプリでいけるもんなの?とにかく不安しかない。

とりあえず、お医者さんのおすすめの通訳アプリとやらをダウンロードしておいた。


通訳アプリ voice Tra

朝になり、緊張しながらスマホ片手に病室に入る。
「エクスキューズミー」
「OK」
部屋にいるフランス人男性は目が合うとニコッと笑顔を向けてくれた。不安が少しほどけた。出会った瞬間に、「あ、この人は多分いい人」だと感じた。

詳しい入院経過は書けないが、ざっくりいうと、お腹に管が入っており、痛くてベッドから動けない状態。めちゃくちゃ痛くて仕方ないはずなのに、目が合うとニコッとしてくれた。

「アイム アツロウ」
「ヤー アイム アダン」
「・・・」

さぁ、ここからが勝負。僕は情けないほど英語が話せない。しかも、向こうの母国語はフランス語ときいている。マジで頼むぞ、通訳アプリ!

通訳アプリに少し大きめの声で、
「今日担当します看護師です。何か困ったことがあれば教えてくださいね」と音声を入れてみる。2、3秒時間をあけフランス語の音声が流れる。

アダンは笑顔で嬉しそうにしている。どうやら伝わっているようだ。そして、アダンも自分のスマホの通訳機能を使い、「こちらこそよろしくお願いします」と返してくれた。

通訳アプリ凄え!ここ数年で一番の驚き。何度か読み込み間違いをすることはあるが、時間をかければ問題なくコミュニケーションがとれた。

なんという時代の進歩。これがあればどこの国の人とでも繋がれる。凄い時代になったものだなぁと感動した。アダンの表情をみているとお互いにそう感じているように思えて嬉しかった。

アダンは僕が部屋に訪れるたびに、「アツロウ」「アリガトウ」に名前と感謝を言ってくれた。細かいことは通訳アプリが必要だが、大体のことは英単語とジェスチャーでもコミュニケーションがとれた。

 異国の国で色々と不安が大きいだろうに、アダンは明るく振舞ってくれた。「昼からは日本語の勉強しますね」と通訳アプリで話し和ましてくれた。

体調がいい時には住んでるところや家族の話を通訳アプリを使って教えてくれた。
「私は今タヒチに住んでいます。あなたが、もしタヒチに観光に来ることがあれば歓迎します。ぜひ来て下さい」

「アイ ウォントトウ ゴートウ タヒチ(タヒチに行きたいです)」と何故かこの英文だけはスムーズに話せた。

何とか日勤が無事に終わり、次の日は夜勤だった。

アダンの母国語を話してみたい。


家に帰るとYouTubeで「フランス語、初心者」と打ち込み何度も聞いた。

ボンジュール(こんにちは)
サバ(元気?)
メルシー(ありがとう)
メルシーボク(ありがとうございます)
ボンニュイ(おやすみ)
ダッコー(分かりました)
シルブプレ(お願いします)
ドリヤン(どういたしまして)

おそらく業務上よく使うであろうフランス語を覚えた。通勤の車の中でも、繰り返し練習した。

夜勤が始まる16時、
「エクスキューズミー」と言って病室に入ると、アダンは笑顔をみせてくれた。

「ハイ、アツロウ」
(名前を覚えてくれている、嬉しい)

「ボ、ボンジュール」
アダンはさらに笑顔になった
(やった、うけた)

体温計を渡す時に
「シ、シルブプレ?」
アダンは笑顔で親指をたてた。

他のフランス語も色々言ってみたかったが、さすが一夜漬け。知らぬ間にどこかに吹き飛んでしまった。

アダンは夜勤の時も色々話してくれた。
「タヒチでも生のマグロを食べます。日本の寿司みたいですね。」
「タヒチには色々な種類の果物があります。」
「ぜひ、タヒチに観光に来て下さい。」
痛いはずなのに、明るく振舞ってくれた。

夜勤明けに採血があった。
ここは一発で成功したいところ。
ただ、アダンの腕には簡単に取れそうな血管が全くなかった。何度もトライするも採れない。
「ソーリー」と謝ると、
「ノープロブレム、問題ないです。生まれた時から、そうなんです。僕の体は変です」とアダンは笑顔で話してくれたが、申し訳なかった。結局採血はとれず、ベテランの先輩に代わり、3回目でやっと採血が採れた。

夜勤明けの挨拶に行くと、
「あなた方はとても親切にしてくれて感謝しています。アリガトウ」と話してくれた。

次の出勤日でも色々話せたらいいな。

夜勤明けの夜に看護師長さんからメールが来ていた。

「明日アダンは違う病院に転院が急に決まりました。アツロウ君に会いたがっていたよ。住所と電話番号を書き残しておくからタヒチに遊びにおいでって。」と教えてくれた。

そっか、もう、会えないのかと淋しくなった。

僕は看護師長さんに、「いつか家族でタヒチに遊び行きますとお伝え下さい」とメールを送ると、すぐに「伝えたおいたよ」と返信がきた。

2日後仕事に行くと、アダンはおらずメモだけが残されていた。

僕はそのメモと通訳アプリを頼りに、つたないフランス語の手紙を書いてタヒチ宛に送った。またアダンに会いたい。一期一会だけで終わらせたくない。

急にタヒチに行く夢ができた。


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