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ふとした表記に漏れ出る本音

新人教育を丸投げされそうになったとき、わたしは絶望しました。

せっかく、地味で暗くて向上心も協調性も個性も華もないパッとしないおばさんでも、粛々と業務をこなせば月々の薄給がいただける正社員の口を得たと思ったのに、ノープランで丸投げされたら主導権を握らねばならなくなるではないか。

人の痒いところに手が届く働きは我ながら得意だと思うけれども、自ら決定を下し全責任を持つような仕事は、したくないのです。

普段は自由にさせてくれるから楽だけれども、何かっていうとこちらに面倒ごとを押し付けてくる体制はこれからも恐らく変わらないのだろうな…もうこんな思いするの嫌だな…

そう思ったとき、「転職」という文字がわたしの脳裏をかすめました。

なんだかんだで新人教育が落ち着いてはきたものの、一度かすめた誘惑はわたしの脳裏から消え去る気配がありません。

転職サイトにも登録しっぱなしで求人情報がちょくちょく来るので、一応目を通します。

ほう、定時16:00か。最高だな。
「一言でいうならアットホームな社風です!」

…無し。

あ、この会社、家から割と近いな。
「社員同士が仲良しで、この間はみんなでバーベキューに行きました!」

…無し。

紹介文からプライベートに踏み込んでくる系の雰囲気を感じ取ったら即座に削除。

最低限のコミュニケーションで
わたしは生きていきたいの。

ふと
「大学の研修者をサポートする仕事」
という求人が目に留まりました。

ほう。

求める人材欄に「よく気が付く人、先回りして手助けできる人」とあります。

「人の痒いところに手が届く働きは我ながら得意だと思うけれども、自ら決定したくない」わたしにピッタリなんじゃないの?
と思い読み進めていくと、仕事の紹介欄に

「研究者の方々の業務が滞りなく進むよう
 書類やデータを準備するなどして
 サポートを行います。」

ということが書かれていました。
一見、何ということもない文章です。

ここでわたしが引っ掛かりを覚えたのは、研究者の「方々」という表記です。

求人を出しているのは大学なのですから
研究者もろとも「身内」の筈。

それなのにわざわざ
「方々」と敬称を付けているからには
普段からサポート役と研究者の間には
著しい上下の隔たりがあるのではないか。

ちょっと無理なお願いごとをされても
断りにくいのではないか。

研究者の「方」の意に染まぬ言動をしたら
叱責されるのではないか。

「君、気が利かないね。
 前の人はもうちょっと気がついたけどねえ」
なんて嫌味を言われるのではないか。

その業界の「当たり前」は、募集要項の細部に現れる、気がします。
「方々」という2文字だけでここまで想像を膨らませたわたしは、応募画面をそっと閉じたのでした。

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