神様を見た、かもしれない話
ほとほと疲れていた。
一人暮らしの父親がサービス付き高齢者住宅に入って3か月たったある日、勝手に荷物をまとめて自宅に帰ってしまった。
認知症のある父親には車を運転しないで欲しいと伝えていたが、今の彼にはそれが伝わらない。
タクシーを使い自宅に帰り、自分の車を運転して施設に戻り、荷物を自ら持ち帰った。
車の鍵は全部私たち娘が預かっていたので、そのつもりだったので、呆れるやら虚しいやら、途方に暮れた。
どこに鍵があったのかも分からない。
もう施設には帰らないと言い張る父親に、姉妹みんなが徒労感を感じていた。
父親が自宅に戻ってから数日たった夏の日。
この日私はライブに行く予定だった。
父親は頑なに施設に帰ることを拒み、なんでこんな時にと、心配と腹立たしさでモヤモヤしていた。
しかし、この日はどうしてもライブに行きたい。
7年間推しているグループがコロナ禍を経て、とうとう日本にやってくるのだ。
姉妹に事情を話し、飛行機に乗った。
私の住む街は一年を通して曇りがちだ。
晴天!と思えるのは夏の間だけかもしれない。
快晴のフライトだった。
眼下に砂場が見える。
機内から見ると砂場にみえるが、日本最大の砂丘だ。
遠くに目をやると、細長い海の向こうに山々が見える。
四国、そしてあれは淡路島か。
眼下に大きな湖が見えてきた。
空は晴天。
白いベールがかかっていない青空。
私の人生でこんなにベールのかかっていない空が何回あっただろう?
抜けるような青い空。
眼下には様々な形の雲が浮かんでいる。
雲の先生に一つ一つ種類を説明してもらいたいな、と思いながら、ずっと窓の外を見ていた。
琵琶湖を過ぎた頃、遠くに大仏のような巨大な雲が現れた。
湧き立つような巨大な雲。
大仏の後ろにはもっと巨大な雲の塊。
青い空にくっきりと、宮殿のような白い雲の塊がいくつもいくつも連なっている。
大仏も宮殿も、真ん中あたりがうっすらとオレンジ色にも虹色のようにも見える。
神様なのか?
こんなに美しい、神々しい雲と青空を見たのは初めてだった。
何度も飛行機に乗っているが、こんな経験をしたことがない。
ただ青空と雲を見ていた。
見惚れていた。
圧倒されていた。
神様を見たのかもしれない、と思った。
この世ではない、どこか違う時空にいるような感覚だった。
宇宙に行くと人生観が変わるとか言うが、
宇宙飛行士の人ってこんな風に感じているのかも、などと思った。
東京に近づくと空は薄曇り。
羽田空港に着陸したとたん、豪雨と雷がやってきて、機内で1時間半の足止めとなった。
普段の自分なら、この状況は耐えられないはずだが、心は穏やかだった。フライトの至福の余韻があったから。
スマホで映画を見ていたら、扉が開いた。
雨雲が去った空港内に入ると、いつもの風景。
滑走路に離陸を待つ飛行機。
長い廊下を歩く人々。
私は穏やかだった。
嵐の中機内で1時間半も過ごしたのに。
確かなのは、
硬く固まっていた心が緩んだことだ。
空の上で神様を見た?
からかもしれない。