「本当の文章」って何だろう
noteを書く人の多くが、直面しているであろう「文章で伝えることの難しさ」。
かくいう私も、noteを始めてから人に伝えることの難しさ、自分らしい文章って何なんだろうと思うようになりました。
「世の中にはこんなに面白い文を書ける人がいるんだ!」と他のクリエイターの方の記事を読むたび思います。
今回は、作文が、「ある意味」特技となってしまった私の、過去の経験や日々の気づきから「本当の文章」を考えてみようと思います。
1作文が嫌いだった過去
元々、私は作文が苦手で嫌いでした。それは、自分の思ったこと、言いたいことをうまく言語化できなかったからです。私は大人に囲まれながら育ったので、自分でうまく言えなかったとしても言わんとしていることを汲み取ってもらえる環境にいた、という環境要因が大きいとは思います。
そういった"甘え"から、なんでわざわざきちんと説明しなきゃいけないんだろう。その時感じたフィーリングを大事にすればいいじゃん、と思っていて、作文といっても「〇〇ちゃんと遊んだ。こんなことをした。楽しかった。」くらいしか書けませんでした。
そんな私に転機が訪れたのは小学校2年生に上がる頃。学校で、私が感想文を書けなかったことを知った親が、半ば強引に作文の添削教材を持ってきたのです。「ちょっと試しにやってみない?今回だけ」と。
正直、嫌でした。なんで、苦手なことばかりさせてくるんだろうとも思いました。ですが、「これだけはやれ」という親の圧に負けて、しぶしぶ取り組むことになりました。
そこで、習った手法を使って、課題をこなしました。完成形を見た親の感想は、「わかんない。何が結局言いたいの?」
このとき、思考を整理することの大切さを思い知らされました。文章を書くということは、自分の思いや考えを可視化していくこと。言葉にしていくこと。
だからこそ、自分の感じたことを一旦違う角度から見ることができるよう、様々なテクニックを使っていくのだなあと今は感じています。
また、自分の言いたいことを言語化していくためには、”言葉”を知らないといけません。語彙が多いにこしたことはないし、それを自分の言葉として使いこなせる能力も必要です。
私は読書によってそれを補っていきました。きっかけとしては、クラスで孤立したこと。
クラスメイトたちと仲良くできるわけもなく、休み時間が暇だった私は、図書室に行って本を借りるようになりました。
とにかく、人と話さない分、言葉を自分の中に取り入れていきました。時には同じ作品を何度も読み返して新しい気づきを得ることもありました。
そうこうしているうちに、私はちょっとした作文では困らなくなったのです。
2面白さとスキル
ある程度作文が上達してきた私は、次にこのようなステップに陥りました。自分のスキルに頼って、中身のない文章をそれっぽく書くことができるようになりました。
本当はあまりにもつまらなくて眠かったけど、講演に来てくださった方へ、”面白かった風”の感想文を書いたり。
このようなことをしていると、見透かされるものです。
高校に進学してから、とある授業にて提出した課題文に対して、「中身がない」「リアリティを感じない」と言われたのです。
なんとなく付いたスキルに甘えていたのを、先生にさっくりと指摘されてしまって。
そのころから、スキルだけではない、その人のパーソナリティも文章構成する重要な要素であると強く思うようになりました。
ただわかりやすい、だけでも面白みに欠けるし、かと言って、面白さを追求するために構成も何もかもめちゃくちゃな文章を書いていいか、と言われればおそらく違うと思います。
難しいんですけど、スキルと伝えたい思いのバランス、その塩梅が重要なんだろうと思います。その時々、必要に応じて。毎回悩みます。それでいいんだと今は思います。悩むことによって、きっと自分を見つめ直すことになり、いつしか成長の種となり得るのだから。
3おわりに
noteには、色々な人がいます。色々な人が、色々な目的でこのサービスを使っています。
ブログのように日々思ったことを書き記している方も、作品を公開している方も。
文の上手い、下手を問わず様々な文章を目にしました。
気づいたのは、人の心を打つ、素敵な文章は、自分を偽らず、背伸びせずに自分の言葉で語っている文章であると。
もちろん、下手よりは上手い方が得をすることの多い世の中ですが、不器用に自分と向き合いながら紡がれていく言葉には魅力を感じます。引き込まれていって、どんどん読みたくなるのです。
実用書や学術論文などを書くときは、いかに情報を整理し、その上で考えを他人にわかりやすいように言語化するかがフィーチャーされがちですが、それらの一見”感情の入らない”ように見える文にも、きっと書き手の価値観や人間性が反映されています。
「本当の文章」とは、書き手が、自分自身と向き合いながら、伝えたいことを伝えるために全力で努力した文章だと私は考えました。
私自身、まだまだ文章力が足りないですが、今ある力を精一杯出し切りました。どうか、思いが伝わっていますように。
長々と書いてしまいましたが、ここまで読んでいただきありがとうございました。