見出し画像

劇団四季、ジーザス・クライスト・スーパースター初観劇。

※ネタバレ要素含みます。

劇団四季、ジーザス・クライスト・スーパースター、盛岡公演に行ってきました(^^)

イエス・キリストの最後の7日間とのあらすじに惹かれ、セリフの無いロックオペラという敷居の高そうな演目にチャレンジ(^^)

出だしから70年代っぽい渋いギターがわななき、調子っぱズレの歌で劇が進んでいきます。正直違和感だらけでナゼこれがウケるの?と思ったのはたしか。
一緒に行った嫁さんはキリスト教の知識も少ないのでさらについていけてなかったとか(T_T)

と、ここまでは散々なことを書いていますが、このスタイルに慣れてくるとようやく話が見えてきます。

劇は多くの人が知る福音書の場面が次々と現れ、イエスの苦悩をコレでもかと表わしながら進みます。
マグダラのマリアの香油のくだり、神殿での両替屋、商いへの叱責、ゲッセマネでの弟子たちの居眠り、ユダの裏切りと転落。
後ろに多くの意味するものがあることを感じさせますが、初見でわかるには矢継ぎ早な印象。
(欧米では皆が知ってる事柄なんでしょう。)
また、舞台は奥に向かって高い斜面でつくられ、傾斜を上手に使いこなし、キリストが高みにいる表現、ユダが地獄へ転落する様が見事に表現されていて、舞台演出の洗練に感心。
理想の革命家としてイエスを見るユダ、理想を追う傷つき疲れた男としてイエスを愛するマグダラのマリア、自らの救い、欲望を遂げるためにのみイエスを信じる民衆。
パリサイ派、カヤパの人気者への嫉妬と異端へのさげすみ。
ピラトの無関心。
それぞれがイエスのことを自分の希望を写す鏡として見ていることも伝わってきます。
しかし、彼らの期待、欲望をなげうち、神の導きを信じ、襤褸切れのように、敢然と磔になるイエス。
物語はイエスの死をもって終わり、復活もその後の語りもありません。逆にそれが磔刑になったイエスが鮮明に脳裏に残る演出となります。
ミュージカルなのに、残るのは歌よりも美しい映像美。

観ていて私が思い出したのは遠藤周作さんのイエスの生涯という小説でした。
その小説のイエス同様、「人間」として、神の手に身を捧げる揺るぎない信仰を持ち、周囲の欲望、誤解、差別から生まれる暴力に必死に耐え忍ぶイエス。
今、この世を生きる私たちにとってもイエスは一緒に苦しみを背負う「友」としてここにいるな、と改めて思った次第。

マグダラのマリア役の守山ちひろさん、三人のソウルシンガーさん、歌声素晴らしかったです!

良いもの観させてもらいました(^^)

いいなと思ったら応援しよう!