【記者日記】『50歳からの性教育』を読んで思ったこと
かわすみかずみ
日本の性教育が大変遅れていることは、最近よく知られるようになってきた。多くの場合、性教育が遅れているために、性が支配の道具になったり、暴力になってしまうことがある。
この本は、そういう場面を実際によく知る7人の著者が合同で書いた、おとなのための性教育の本だ。
村瀬幸浩さんは保健体育の教師だった。国の指要領が、妊娠のメカニズムは教えてもいいがセックスについては教えてはならないという「歯止め規定」を行っており、子どもたちが十分な知識を得られない状態が続いていると感じ、自ら一般社団法人「人間と性 教育研究協議会」を立ち上げた。
性教育はセックスだけではなく、互いの人格尊重を含む広義の人間関係を意味するという思いから、様々な場所で人間関係と性を伝えている。
高橋怜奈さんは産婦人科医として、更年期障害について語っている。更年期について、多くの人が誤解していたり、知らずにいるために、苦しんでいるという。例えば、更年期障害の症状がひどく、仕事を辞めざるを得なくなった女性がいることや、治療によって症状を軽減させることもできるということ。
男性の更年期が周知されず、理由も分からずに苦しんでいる男性たちもいることを紹介している。
性教育の誤りによって「閉経した女性はオンナでなくなる」という偏見にさらされたり、いつまでも性的に元気でないとオトコでないという圧力があったり、不当に扱われることも多い。自分の身体のしくみさえ知らされていない私たちは、偏見によって自分をも、他者をも傷つけている。
宋美玄さんは産婦人科医として、セックスにおける思い込みを捨てようと呼びかける。男性器中心主義のセックスからの脱却(挿入中心主義からの離脱)を訴える。更年期以後の女性の多くは、もうセックスから卒業したいと思っている。これは男性器に支配されたセックスを負担に感じているからだ。本来性とは、お互いに心地よさを追及すべきもので、支配の道具ではない。性教育と人権教育が立ち遅れた結果、お互いの尊重と対話の上に成り立つ性的関係ができないという。
太田啓子さんは弁護士として、多くの離婚訴訟に関わった。その中で、男性と女性の心のすれ違いを沢山見てきたという。DVによる離婚であっても、加害者側は「いい男ができたのか」「親に引き込まれたのか」と、自分の過ちを認めないケースや、加害者側が号泣して謝っても、被害者は信用しないというケースもあったそうだ。太田さんは、男女のこうしたすれ違いの背景に、「男性は仕事、女性は家事」といった価値観に代表される社会構造的差別が横たわると考える。そこで、「アンラーン(unlearn)」を行うべきだと主張する。「アンラーン」とは、学びなおしや学び落としを意味し、今までの価値観を捨てて、新しい価値観を学ぶこと。
社会進出する女性たちが、いまだに多くの家事労働を背負わざるを得ない日本で、比重が女性に傾いている。その上、男性支配の構造の中で生きることは大変な軋轢である。
松岡宗嗣さんは、自らをゲイであると公表して活動するライターだ。一般社団法人fairの代表理事として、LGBTQの人々のことを知ってもらう活動を行う。面白いと思ったのは、講演などに行くと参加者から「私は同性を好きになるという感情が理解できません」と言われるということだ。これに対して松岡さんは「私は異性を好きになるという感情が理解できません」と答えるという。同じ目線に立てばすぐに分かるこのことを、今まで理解できなかったのは、自分たちが普通だと思って生きてきたからだろう。
特権を持つ人間は、特権に気づかない。私もおそらく、そのひとりだ。これから、アンラーンと反省の上に、多くのことを考えねばならないと思う。
斎藤章佳さんは精神保健福祉士、社会福祉士として性暴力の加害者の再加害防止プログラムに関わっている。性暴力を行う男性の典型例を、斎藤さんが「四大卒、会社員、既婚の男性」とまとめたところ、驚きと納得の両方の声があったという。
斎藤さんが加害経験者から聞き取ってまとめたものだそうだ。性暴力加害者は「モンスター」ではなく、どこにでもいる普通の人だと分かる。また、加害性は誰でもが持っていて、加害の意識すらない行動も多いという。「抵抗しないことは嫌がっていないということ」と思い込んでいたり、相手ももっと望んでいると勝手に思うことが、その行為を助長する。加害者にならないためには、人権意識と性教育の学び直しが重要だ。
田嶋陽子さんは元法政大学教授。女性学の研究家だ。1941年生まれの田嶋さんは、女性であることで縛られてきた母親の姿を見て育った。本当は自由に生きたかったという思いと、当時の女性観の間で葛藤した母親の言動によって、田嶋さんのアイデンティティは揺らいでいく。皆さんもご存知のように、テレビや言論の場で、男性主義と闘ってきた勇敢な女性としても有名だ。彼女は「穴と袋」としてしか見られなかった女性を解放せねばならないと訴え続けている。
全体を通して、男性への性教育の圧倒的な足りなさ、女性が自分の身体を知らないこと、学校教育における歯止め規定のおかしさなど、日本社会の多くの課題を感じた本だった。
「七生養護学校事件」を覚えている方もいるかもしれないが、この学校で、優れた性教育を行ってきた教員を他校に転勤させ、性教育を潰していった。日本の教育がタブー視する性教育は、海外では当たり前に行われている。コンドームやピルの使い方まで、学校教育で教えている国もある。もちろん、日本より立ち遅れた国もある。しかし、性教育をきちんと行うことで、性犯罪や夫婦間のいざこざのある程度は減っていく可能性があると、この本を読んで感じた次第だ。皆さんはどう思われるだろうか。ぜひ読んでいただきたい。